第4話 目に見えるもの
王太子は大きな窓から美しき庭園を見ながら尋ねた。
「侍女は……他にはいないのか?」
「ええ。ソフィアとレダの二人だけです」
「では召使いは……」
「いえ。我ら三人の他は誰もおりませんが」
「そうか……」
見間違い? そんなはずはない。あの神々しい存在感を見間違うはずなど。王太子はまさか自分の捜しているものが目の前に居るとは知りようもない。
ローズの方では初めての王太子の来訪にただニコニコと微笑んでいた。
「キミが作った庭園が美しすぎて女神が降臨したのかも」
「え?」
「……いや何でも無い」
王太子は自分の発言が馬鹿らしくなりお茶をまた一口すすり目だけで庭園に美女を捜す。
「殿下が初めて私に下さったものですもの……」
「ん?」
王太子が顔を上げると、可愛らしく微笑んでいるローズの顔。
それに何故が息を飲んでしまう。
「殿下。いつもどんなお仕事をしてらっしゃいますの?」
弾むような声の質問に王太子の顔も次第に緩み、軍事の教練や政治学の勉強。領内の視察などを話してやると、それも興味深そうに聞くので、王太子も時間を忘れて話し込んでしまった。
気付くと柱時計が0時を知らせる。その音に二人とも驚いてしまった。
「なんだもうこんな時間か」
「本当に。殿下のお話が面白くて聞き入ってしまいました」
「いやぁ。シンディはいつもつまらんと言うぞ? キミは本当に聞き上手だな」
「まぁ勿体ない」
「昼間は……済まなかった。キミを傷つけることを言ってしまって。あれはウソだ。本当にスマン」
そう言うとローズはまた涙をこぼしたが、顔は笑っている。王太子はその姿に何故か心を打たれた。
なぜ許してしまったのだろう? いや彼女を追い出しては侍女かも知れない女神のような彼女も出て行ってしまうかも知れないと思ったからだ。きっとそうだと王太子は心の中で思った。
「じゃ部屋に戻るよ」
王太子が立ち上がると、ローズは侍女のレダを呼んだ。レダは灯りを持って現れると王太子に一礼した。
「レダ。殿下がお部屋にお戻りになります。貴女は最後まで送り届けなさい」
「はい。姫様のお言葉なら」
レダは灯りを片手にバラ園の石畳の上を、王太子を後ろに連れて進む。王太子は思い切って尋ねてみた。
「あの部屋にもう一人、女神のように美しい人がいるであろう?」
それを聞くとレダは振り返って答える。
「さぁどうでしょう。玉有りと雖も磨かざればその光無し。嘉肴有りと雖も食わずんばその旨きを知らず。殿下の前に毛嫌いをしているお茶を出せば旨いとおっしゃる。はてさて美しい基準が分かりませぬ。殿下は表面しか分からないお方ゆえ」
これには王太子も「むぅ」と唸るだけ。
「……主君を主君とも思わんやつめ」
「あら。レダの主君はローズ様をおいておりませぬ。姫に忠誠を尽くすために国からくっついてきたのです。その主君を5年もほったらかしにする方を主君などと思いませぬ」
「くっ!」
王太子は、この無礼者をどうにかしてやろうと思ったがバラの影から、あの美女が現れたらバツが悪いと思い切ったことが出来ない。
レダは思った。おそらく王太子はローズ姫の本来の姿を見て恋に堕ちたのだと。そこで一計を案じ、すまし顔で続ける。
「殿下がもし、女神に会いたいのならばレダは仲介して差し上げられますよ。ひと月後にこの庭園に正装して参りなさいませ」
「ほ、本当か?」
「ええ。本当ですとも。しかし素晴らしいお方ですので身を慎み、誰にもこのことは仰ってはいけません。姫様にも、お妾様にも」
「も、もちろんだとも! はは……やった……」