第31話 モロスの教育
モロスは額に冷水を絞った布をあてがって執務室でまたもや眠っていた。
おぼろげな意識の中に、小さな足音が二つ。
今は顔を見たくもない状態だったが自分の主君とその婚約者。気持ちを入れ直して体を起こすと、心配そうな王子と王女が花を持って部屋に入って来た。
「モロス……もうよいのか? 大丈夫か?」
「大丈夫でございます」
王子はその回答にニコリと笑い、小さな背を伸ばして花瓶を掴んで持って来た花を挿し込んで元に戻す。
いつものように可愛らしい子どもの姿だが、昨晩は二人で寝たのだとモロスの胸が冷たくなる。
「早く元気になれよモロス。うるさいがいないと寂しいからな」
王子はそういうとモロスに微笑んで、王女を伴って出口に向かおうとするのをモロスは止めた。
「殿下、お待ち下さい」
「ん?」
しばらく沈黙。王子はモロスが何を言うのか待っていたがモロスの方ではなかなか言葉にすることができない。モロスは心を落ち着かせて、大きくためいきをつく。
「愛する方と一緒にいると本能が働くのかしらね……」
そうポツリというモロスの言葉は、王子も王女も意味が分からずただ立ち尽くした。
「クローディアさま」
「え? なにかしら」
「そのぅ。殿下と……王太子殿下さまと、ベッドの中で……」
「え?」
その言葉にクローディアは赤くなる。なぜか恥ずかしい気持ちが王女の心の中を支配した。
「その……。男女の愛の行為をなさいましたか……?」
「え? ……あのぅ。そのぅ。はい……」
もちろん王女が言ったのは、キスをしたことだ。だがモロスは自分の想像だけで卒倒しそう。
「モロス。クローディアは関係ない。ボクがやったことなんだ。叱るんならボクを叱ってくれ!」
かばう王子にますます確信を深くする。
モロスは額にあてられたすでに熱くなってしまった布をゆっくりと取り外した。
「一命をとして、お二人に申し上げます」
「な、なんだ」
「お二人が、小さいながらも愛し合っているのはモロスを含め、多くの国民もわかっている周知の事実でございます。しかしながらお二人の行動は危ない。昨晩のようなことを若い頃からするべきでありません。なぜなら子どもを宿すかもしれないからです。お二人が大人になって子どもが産める年齢になってからならなんの問題もございません。しかし、面白半分に愛の行為を致しまして、子どもを宿してしまわれると……」
いつものモロスの癇癪ではない。
冷静な忠告に二人とも息を飲んだ。
話しながら閉じられていったモロスの目が開き、言葉を続ける。
「若すぎるクローディア王女には妊娠は耐えられないのです。命を失う可能性もあるのです」
そこまで言ってモロスはもう一度ためいきをつく。
あまりの気迫に、王女はなきべそをかいてしまい、王子にも罪悪感がのしかかったのだった。
「そ、そうか。あんなことはダメなのだな。子どもを……。ボクたちが子どもなのに、たしかにそれはいけないな。ありがとう。よく教えてくれた」
「……いえ。お分かりになって頂ければ恐悦至極にございます。さすが未来の国王さまです。物わかりが大変宜しいですわ」
二人は、背中にぐっしょりと汗をかいて侍従長の執務室を出た。
階段を上って自分たちの部屋に向かう頃、王女はまたも泣きべそをかきはじめた。
「……赤ちゃんができてしまったかしら」
そう心配そうにいうが、もちろんできるはずがない。
だが二人にとっては大事なことだ。
「すまん。クローディア。ボクの不明だ。君をベッドに誘ってキスをしてしまったばかりに」
「そんな! ……わたしがいけないのですわ。雷をガマンすればよかったのに。それに殿下の赤ちゃんが出来てもわたしはちっとも怖くないです」
「そうか……」
「ええ。だから殿下、心配なさらないで」
「いや、クローディア。もしもキミを危険に晒したらボクはもう生きてはいけない。愛しているんだクローディア。将来は絶対に結婚しよう。そしてその時こそ昨日の晩と同じことをするんだ。それまではガマンしよう。──な」
「はい」
モロスの性教育はこれをもって終ってしまった。
そして王子が抱き合ってキスをすると妊娠すると間違った知識を得たのはこの頃だった。




