第26話 王者の帰還
重騎兵の中程から一つだけ槍を落とす音が聞こえた。
みな一斉にそちらを向くと、その者は兜を脱いでそれも地面へと落とした。
「私は王子へ槍は向けぬ。王子万歳!」
その言葉が終らぬうちに、次々に重騎兵は槍を地面へと落として敵意がないことを示した。
たじろぐタイライノ。そこにワルドラスが近づき、握られた指揮棒をゆっくりと取り上げた。
「馬鹿者め。不肖の息子。こうなっては殿下に許しを乞うのだ。タイライノ公爵を捕縛せよ!」
宰相ワルドラスが手を挙げると、先ほどまで自分の配下だった重騎兵がタイライノへと縄をかける。
タイライノはその場にひざまずいた。
その時、タイライノの遥か背後に砂煙が立っている。
馬が渇いた砂を蹴って出来る砂煙。
それは徐々にこちらに近づいてきた。
やがて馬蹄の音が一つだけこちらに来る。
そして、重騎兵の間を抜けて王子の元へ。
その者は国章が入った封筒を携えていた。
封筒というと、紙の袋と想像するかも知れないがそうではない。文字通り封がされた筒だ。我々で言う卒業証書を入れるものを想像すればいいかもしれない。
国章が入った封筒。つまり、国王からの使者。
まわりは騒然となった。使者は状況を把握できずにいた。
「なんとも物々しいですな。王都に行きましたら、殿下はこちらの方と聞きましたので」
「う、うむ。父上は……陛下は無事なのか?」
「御意にございます。フローニア地方はハニアンナ地方ほどひどくはありません。ですが道が寸断してしまったので、陛下は大きく迂回して王都へ向かわれております。王妃さまはそのままフローニアに留まり静養されております」
「そうか。よかった。ああよかった」
王子から数十時間ぶりに安堵の息が漏れた。
そして馬車の座席に深く座り直す。
「さて帰ろう。あとは宰相ワルドラスに任せよう」
「御意にございます」
ワルドラスが頭を下げたその横を王子の馬車がすすむ。
王子は兵士たちから馬車が離れ、心をおけない者たちだけになると大声で泣き出した。
それはそれはみっともないほど大声で。
無理もない。両親への心労と悲惨な現場の実情で心が張り詰めていたのだ。それが一気に緩んだのだ。
しかしみんな聞こえないフリをして、王女だけは王子の手を強く握っていた。
やがて馬車は城へ戻り、王子も自室へ戻って久しぶりの休息を取ったのだ。
城に入り数日経つと、国王が帰って来た。
王子は久しぶりの肉親に会えてようやくホッとした。
国王は宰相と災害の復興計画を練ったが、その息子のタイライノ公爵謀反の報を聞き、宰相ワルドラスは解任した。しかし今までの功績もあるので、公爵家の名はそのままとしタイライノとともに国境付近の小さな領地に移動させ、都に上がることは禁止し、外出も制限させた。
また、タイライノに味方した家臣たちも降格し、人事の刷新が計られた。
そして王子を最後まで見捨てなかった侍従長モロスと警護騎士の二人。また近衛兵や侍女たちには新しく新設された王子を守護する王国の守護者である白鷲を象った栄誉あるフレデリック白鷲章を王子の手から賜ったのだった。
タイライノが今までの領地から辺境の土地へと馬車や荷車を並べて出て行く。
国王は係に命じて途中で荷車をあらためさせると、そこには世界に一つしかない珍宝の数々と金銀財宝は一つの国家を作れるほどだったので、呆れてほとんどを没収させたのであった。




