第7話 グーパンチってどういうこと
「どうしたんだい?レベル上がったんじゃないのかい?」
「上がったよ。それはいいんだけど、特殊スキルのステータスに追加があったんだよね」
「どんな追加だい?」
「それが、『スマッシュ』ってなってるんだけど」
「スマッシュってあんたがやってる、上から打ち下ろすやつじゃないのかい?」
「そうなんだ、もう使える技なんだけど、威力が増すとか、そういうことかな?」
「わからないね。試してみるしかないさね」
「だよね!次行ってみよー!」
テンション上がるわー。早よ来いゴブリン。ダンジョン入る前は心配でしょうがなかったけど、楽しくなってきちゃってるよ。
間も無くゴブリン2匹を発見。走り出したい気持ちをグッと抑え、ポントの後ろで素振りをする。打ちたくてしょうがねぇよ。
木の棒を持った2匹がポントの盾を攻撃し始めたところで、サイドステップからのスマッシュ。
「オラァ!!」
1匹の頭に命中。頭を押さえて蹲る。あれ?威力上がってる?立ち上がったゴブリンは、怒り狂って木の棒を振り回す。すぐさまマグフィが間へ入り、ショートソードであしらってくれる。
もう1発スマッシュ。肩の上を通過、外した。声に出して3数える。
スマッシュ、見事にゴブリンの胸へ命中、ゆっくりと後ろへ仰向けに倒れた。頭の中でピロンと鳴る。
3発だったのが2発で倒せたけど、スマッシュの威力が特別上がってるのか、レベルアップでステータスが上がったからなのかがわからない。
もう1匹はポントが倒してくれた。
「特段スマッシュの威力が上がったようには感じなかったけどな」
「そうだね、あたしも違いはわからなかったね。…ふむ。詠唱してみたらどうだろう?」
「詠唱?」
「魔力を使う技はだいたい詠唱が必要だからね。剣技にしたって技の名称を口にしないと発動しないんだよ」
「ってことは、『スマッシュ』って叫びながら打つってこと?」
「そうだよ」
「ハズい」
「なにが恥ずかしいんだよ。当たり前のことだろ」
いやいや、恥ずかしすぎるだろ。想像しただけで、顔が赤くなっちゃうよ。
「ほら、ゴブリン来たよ。ものは試しだ、やってみな」
えー、やるのー?ハズい。でも、やんないと怒られそうだしな。
素手ゴブリン2匹だ。1匹はポントが、1匹は俺の方へギッギッと変な声を出しながら、両手を上げてペタペタと走ってくる。
しょうがない、やるか。恥ずかしさを堪え、声に出してスマッシュを打つ。
「スマッシュ!」
インパクトの瞬間、通常はボヨンという鈍い音だったのが、バシッという衝撃音とともに、光を帯びたシャトルがゴブリンを襲う。
胸を狙ったシャトルは少しズレて肩に当たったが、ゴブリンは弾き飛ばされ、空中を切り揉み状に2回転ほどして地面に落ちた。頭の中でピロンと鳴る。
「凄いじゃないか!もう1匹もやってごらん。ポント、そいつから離れな」
ポントが盾を突き出すと、ゴブリンは尻餅をついた。
「スマッシュ!」
同じように、光を帯びたシャトルが射出され、ゴブリンを一撃の元に倒した。ピロン。
すげぇ!明らかに威力上がってる。上がってるっていうか、全く別の攻撃魔法のようだ。
『スマッシュ』って叫ぶのはちょっとハズいけど、それ以上に使える技だな。
「やっぱり特殊スキルは違うねぇ。レベル5でこれかい?期待以上だよ」
「うん、すごいんだな」
「ありがとう、自分でも驚いてるよ」
スマッシュの興奮で忘れてたけど、ピロンて鳴ってたな。ステータスチェック!
トミー Lv.7
HP 20/35
MP 20/35+10
ちから 21
防御力 19
素早さ 19
魔力 21+6
スキル
アイテムボックス 逃げ足Lv.1 精神力Lv.1
レベルアップ!ありがとうございます。2つも上がっております。ありがとうございます。
どんどん強くなる。楽しい。なんだよ簡単じゃん。
あっ、MPが減ってる。たしかMP26あったはずだから、6減ったのか。2回『スマッシュ』使ったから、1回あたりMP3消費するってことかな。
「レベルが2つもあがってるよ。あと、さっきの『スマッシュ』はMPを消費するみたい」
「そうだろうね。明らかに魔法的な技だからね。これからは使い所を考えて打たなきゃいけないよ。あと何回使えそうなんだい?」
「たぶん、あと6回かな」
「そうかい、じゃあ今日はあと1回〜2回だけにしとこうか。あたしが『スマッシュ』って言ったら、打ってくれるかい」
「え?そんだけ?もうちょっと打ってもよくない?」
「MPはね、できるだけ温存しといた方がいいんだよ。今からその癖をつけといた方がいい。ダンジョンは何が起こるかわからないからね。それに、ダンジョン出た後も街までの道でモンスターが出ないとも限らないしね」
「はーい」
ちぇっ、めっちゃ『スマッシュ』打ちたいのにな。
打球の手応えが気持ちいいんだよ。こう、バシッとくる感じ。このボヨンボヨンのガットでは味わえなかった感触があるんだよなぁ。
すぐにギッギッと声が聞こえる。エンカウント率が高いと思って聞いたら、誰も1層で活動しないから増えちゃうんだってさ。レベルも上がらないし、お金にもならないらしい。だったらスタンピード起こっちゃうじゃんって言ったら、こんなのがいくら増えたって、どうってことないだろって笑われたよ。なんだよ。勝手に『スマッシュ』打っちゃうぞ。
「おっ!ハグレだね」
ハグレ?見ると、剣を持ったゴブリンがいた。今までのゴブリンよりも肉付きがいい。剣を持っているが、刃はかけて錆びついている。
「3層で出るゴブリンだよ。時々下の階層のモンスターが現れることがあってね。そいつをハグレって呼ぶのさ。ポント、あんたは下がってな。トミー、合図したら『スマッシュ』打ちな」
「了解」
なんだ、もう打っていいの?
錆びた剣を振り回すゴブリン。木の棒よりはるかに緊張感がある。俺、当たったら死ねるな。
マグフィは鮮やかな剣さばきで、余裕を持って対応している。素人目に見ても、格段の技量の差があることがわかる。マグフィ姐さん、カッコいいっす。
マグフィはゴブリンの剣をかち上げ、一回転すると、斬るのではなく、剣の腹でゴブリンの膝をぶっ叩く。叩くと右へすり抜ける。
「トミー!」
「あいよ、スマッシュ!」
光を帯びたシャトルは、ゴブリンの右手をかすめ地面を抉ると消えた。くそっ、外した。
マグフィに当たらないようにと、気にし過ぎたかもしれない。
ゴブリンが俺の攻撃に気を取られた隙に、マグフィはまた剣の腹でゴブリンの頭を叩く。
「トミー、もう一回だよ」
「はい!」
次は絶対に外さない。集中だ集中。丁寧にテイクバック。
「スマッシュ!」
今度はゴブリンの下腹部へヒット。ギャッと声を上げて、股間を押さえながら、内股で前のめりに倒れた。なんかゴメン。ピロン。
「まあ、こんなもんかね。こんな感じで、連携の練習もしていくからね」
「…外しちゃってゴメン」
「何言ってんだい、2発目は当たったじゃないか。百発百中なんて相当な高レベルでもなきゃ無理だよ。今でも命中率が高くて驚いてるくらいだよ。いいかい、戦闘中はね、当たった外れたで一喜一憂してたらダメだよ。当たっても外れても、常に次の行動を考えながら動くんだよ。わかったかい」
「はい」
ビシッと右手を挙げて返事をする。マグフィ姐さんは頼りになるねぇ。一生ついてきます。
ピロンて鳴ってたな。
トミー Lv.8
HP 20/40
MP 14/40+12
ちから 23
防御力 23
素早さ 21
魔力 23+6
スキル
アイテムボックス 逃げ足Lv.1 精神力Lv.1 集中Lv.1
「またレベル上がったよ。めちゃくちゃ順調だ」
「そりゃそうさ、10歳の子供よりレベルが低いんだから。これくらい当然さ」
ぐっ、10歳の子供より下か。そうですよね。まだまだ頑張ります。はい。
「今日はもう『スマッシュ』は打ち止めだね。ハグレが出ても使わないようにしなよ。レベルが上がったんだから、通常攻撃も確認しないとね」
「了解です」
もう敬語で話した方が楽だよ。姐さん貫禄ありすぎです。
ん?ステータスになんか増えてないか?集中Lv.1が追加されてる。よしよし。
この辺のスキルは後天的に獲得できるってことだよな。後で、姐さんに聞いてみよ。獲れるスキルは積極的に獲らないと損だし。そう、積極的にいかないとね、何事も。
次は俺から積極的にいってみるか、そういうパターンもありだよね。
岩影からヒョッコリとゴブリンが1匹、顔を出した。素手ゴブリンが1匹だけだ、チャンス。
俺は駆け出す。
「トミー、行きまーす!」
後ろからマグフィの待ちなという声が聞こえる。心配しなくても大丈夫ですよ、姐さん見ててくだせぇ、俺はやってやりますよ。カッコよくキメてやりますよ。
眼前に迫ったゴブリンへ、走りながらのスマッシュ。
打とうとした瞬間、石につまずき、空振り。シャトルは地面に落ちると消えた。
ゴブリンと目が合う。首を傾げたゴブリンに、ニコッとスマイル。してる場合か!
ゴブリンに組み付かれ、押し倒されると、左肩をガブっと噛まれた。
「痛い、いたい、いだい」
歯が肉に食い込んでるのがわかる。
追いついたマグフィがゴブリンの頭を掴み、俺の肩から引き剥がすと、後ろへ投げ捨てた。
カッコよくキメるはずが、恥ずかしい。HPも4減っている。左肩からは少し血も出ている。
「こけちゃいました。アハハ」
恥ずかしさを誤魔化しながら立ち上がると、マグフィの右フックが俺の左頬をとらえた。
平手のビンタではない。おもいっきりのグーパンチだ。
「ぐはぁ」
俺は地面に転がる。マグフィは拳を握りしめ、綺麗な顔が歪むほど怒りをあらわにしている。怖い。
「勝手な行動するんじゃないよ!1人の勝手な行動がパーティ全員を危険に晒すんだよ!」
ひどい、父さんにもぶたれたことないのに。そんなに怒ることないじゃないか。HPが5減ってる。ゴブリンの噛みつきよりダメージがデカい。
「今日はここまでだよ。戻るよ」
「え?でも、レベルがまだ…」
マグフィは無視してズンズン歩いて行ってしまった。
「大丈夫?」
ポントが助け起こしてくれる。
「ありがとう、ポント」
「か、勝手に飛び出しちゃいけないんだな」
「でも、あんなに怒らなくてもいいじゃん」
「仕方ないんだな。大事なことなんだな」
「でも、殴らなくったっていいじゃん」
「た、大切な友達が大怪我したんだな。それで、オイラ達は2人になったんだな。パ、パーティの連携は大事なんだな。マグフィは教えてくれてるんだな」
大事なのはわかるけど、言葉で伝えればいいじゃん、殴ることないじゃん。
地上への階段に到着すると、マグフィは振り返る。
「あたし達はもう少し稼いでいくから、あんたは宿に帰ってな」
俺の返事も待たず行ってしまった。ポントは何か言いたげだったが、言葉が見つからなかったのか、そのままマグフィの後に続いた。
めっちゃ怒ってるな、マグフィ。しかたなく階段を上がり地上へ戻る。外は雲一つない晴天で、太陽は燦々と輝き、元気を出せと言っているかのようだった。