第6話 『スマッシュ』
……ミー、トミー。
…誰かが呼んでる。トミーって誰だ?…俺だ。
「トミー、起きな。朝だよ」
目を覚ますと、すでに革鎧を着込んだマグフィがいた。
「おはよう」
「おはよう、朝飯食って出発するよ」
「はーい」
着替えなんて無い。そのまま起きるだけだ。靴下とパンツは洗わないと臭いがヤバイよな。自分で匂いを嗅ぐ勇気はない。今日帰ったら手洗いしようかな。でも洗い替えないしな。バンドーヤさんに借りた金で買うか。
そうだ、ステータスどうなってるかな。寝たら回復するのか。
トミー Lv.3
HP 20/20
MP 26/20+6
ちから 13
防御力 12
素早さ 12
魔力 13+3
スキル
アイテムボックス 逃げ足Lv.1 精神力Lv.1
良かった。回復してます。ただでさえ少ないのに回復しなかったらシャレにならん。
一階に下りると、マグフィとポントはすでにテーブルについている。この宿屋は、入って正面に受付カウンター、向かって左手に小さな食堂スペース、右手に二階へ上がる階段がある。昨日はすぐに二階へ上がってしまったから食堂スペースには気付かなかった。
食堂といってもテーブルが二卓と椅子が六脚あるだけだ。狭い。
「あんたの角ウサギのおかげで、今日は朝から肉が食えるよ。ありがとね」
「ありがとうなんだな」
「どういたしまして、いろいろ教えてもらってばっかりだから、喜んでもらえて嬉しいよ」
3人で肉入りのシチューを食べ終えると早速出発だ。
外はまだ薄暗い、朝霧が立ち込める中、颯爽と歩き、東門をくぐる。俺のイメージの中ではドラマのワンシーンのようだ。俺達カッコいい。
見送る彼女がいれば最高なんだけどな。「いってらっしゃい」なんて言ってくれて、キスをする。我慢できずにそのままベッドに逆戻り…。
「あんた、この辺の地理には明るいのかい?」
「は?え?あ、いや、まったくわかりません」
いかん、妄想に持ってかれてた。
「だろうと思ったよ。今のうちに説明しといてやろうかね。この街はヨウラン、エンシンの中でも東方に位置していて、4番目か5番目に大きい街らしい。あたしも他の街には行ったことないから比べようがないけど、そうらしいよ。近い街だと西のブゼンと南のコチクだね。この街の西には山があるからブゼンに行くには、南に迂回しないと行けないけどね。だから南門はいつも賑わってるよ、ブゼンとコチク両方から人や物が行き来してるからね」
「西っていうと、丘の上に大きな木があるよね」
「そうそう、良く知ってるね。あれはラーネの大樹って呼ばれてるよ」
「北側には昨日一緒に行ったね。見た通り野原だよ。その先には雑木林が広がってて、狩りに行ったりすることもあるね。そんでもって、東門を出て1時間ほど歩くとダンジョンがあるんだ」
「ダンジョンについても教えてもらっていい?」
「あんたは本当に何にも知らないね。世間知らずにもほどがあるよ」
「面目ない」
「トミーは世間知らずなんだな。ハハッ」
「あんたも大して変わんないだろ。ったく、ヨウランのダンジョンはゴブリンのダンジョンだよ。地上に開いた穴から地下へ下っていくんだ。下に降りれば降りるほど強いモンスターが出てくる。下に行けばゴブリンメイジやらゴブリンソルジャーやらが出てくる。あたし達は7層までしか行ったことはないけどね。2人だと安全を考えて5層までにしてるよ」
そうこう話していると壁が見えてきた。高さ4mはあろうかという街の外壁のように立派な壁だ。
「あの壁はなに?」
「あれがダンジョンの防御壁だよ」
「防御壁?」
「そうだよ、スタンピードが起こった時にそれを食い止めるためさ。だからここには領兵が常駐してんだよ」
「スタンピードってよく起きるの?」
「起きないように、あたし達が掃除してんだよ。ダンジョンの中でモンスターが増えすぎると、外に溢れ出してくんのさ」
「もしスタンピードが起こったら、どうなるの?」
「全力で逃げる。それだけだよ」
「それだけなの?!」
「大丈夫だよ。あたし達がいるような上層に来る前に、他の奴らが逃げてくるからわかるんだ。それに、あんたがレベリングするのは1層だよ、なんにも心配することないよ」
心配だ。ここまでついて来ちゃったけど、レベル3の俺が入って本当に大丈夫か?
ズンズンと進むマグフィに、ちょっと待ってとは言えず、後に続く。
街のように大きな門は無い。人が通れるだけの扉があり、その前に領兵と思われる2人組が立っている。軽い挨拶をかわすと扉を開けてくれる。
扉を入ると、中央に穴の開いた大きな岩があった。あれがダンジョンの入口か。入口の前にはパーティだろうか、10人くらい人がいる。
この外壁はその岩を取り囲むように丸く築かれているようだ。壁の内側にはぐるっと堀が作られていて、扉の前だけ堀を渡る板がかけられている。
なんか厳重じゃない?ダンジョンへの警戒感半端ないんですけど。
「何してんだい、行くよ」
ボーッと眺めていたらマグフィ達はもう堀を渡り終わっていた。慌てて俺も渡る。
入口に近づくと、マチルダで声をかけてきた金髪イケメンのブレンがいた。どうやらこの団体さんはブレンのパーティのようだ。
「マグフィじゃないか。どう?決心はついたかい?」
「だから、ずっと断ってるだろ。しつこい男だね。行くよ」
「あれ?君は昨日の逃亡奴隷君じゃないか。もしかしてマグフィ、この子を仲間にしたのかい?お人好しだね。でも、そんな所が君の魅力なんだけどね」
逃亡奴隷じゃありません。ムキになって反論してもしょうがないから、聞いてないフリ。
そんなことより、ブレンはマグフィを口説いてんのか。そんで相手にされてないと、そういうことか。プププ、ざまあ。
ふとポントを見ると、全然違う方を向いている。てっきりブレンに敵意剥き出しかと思ったら、そうでもないんだな。ポントの見ている先にはマグフィに似た革鎧を着た男がいた。まだ若いが勝気な面構えからプライドが高そうなのが窺える。
ポントと目が合うと、フンッと鼻で笑った。ポントは鼻息も荒くその若い男を睨みつけ、今にも飛びかかりそうだ。これが敵意剥き出しというんだろうな。
「ポント、行くよ」
マグフィに言われても、ポントは若い男を睨みつけたままだ。
「ポント!行くって言ってんだろ!」
「でも、あいつが…」
「早くしな!」
ポントは渋々といった感じで、穴に入っていく。
「1層でその子のレベリングかい?そんなことしてたら今日の宿代も稼げないじゃないか。僕のところにおいでよ。今日はこれから11層に行くつもりなんだ、バイゴウのパーティ『ボルドバ』に次ぐ実績になるね。お金には困らせないよ。いつでも待ってるからね」
マグフィは無視して、俺の背を押しながら穴へ入った。
入ってすぐは、くだりの階段だった。螺旋状におりると、そこには洞窟が広がっていた。
ゴツゴツとした岩が入り組んでいて、1人で歩いたら迷子になりそう。だからダンジョンていうのか。
「さあ!気を取り直して行くよ!」
「おー!」
ノリで元気よく返事したはいいけど、大丈夫か?
「ここから左に行くと2層への階段があるからね。あたし達は反対の右の方へ行くよ。階段への道はゴブリンいないからね」
「なんでいないの?」
「そりゃあ、下へ行く奴らにやられちまうからさ」
なるほど、そりゃそうだ。
ギッギッ。少し歩くと、変な音が聞こえてきた。ギッギッ。なんだろう?虫か?やめてよ巨大な虫とか。
「いたね。まずはあたし達がやるから、あんたは見てな」
マグフィはショートソードを抜き、ポントは左手に木の大盾、右手に長柄のハンマーを構える。
ギッギッという音が近づいてきたと思ったら、岩影から2匹のゴブリンが現れた。
緑色の皮膚に、俺の胸の高さくらいの身長で、知性のかけらも感じられない小さな目。1匹は素手で1匹は木の棒を持っている。
ポントが前に出て、木の盾でゴブリンの攻撃を受ける。マグフィが横から隙を見て攻撃、危なげなくゴブリン2匹を屠る。
楽勝だ。ゴブリン弱い。いけるかも。
「ね、心配ないだろ。ポントが前に出て攻撃を受けてくれるから、あんたはどんどん打ちな。あたしはあんたの横にいて、向かって来るゴブリンをガードしてやるから安心をし」
「はい」
2人はゴブリンの死体を確認すると、小さな石を拾う。
「これは魔石だよ。体のどこかに魔石がくっついてて、死ぬとコロンと落ちるんだ。これが金になるからね、忘れずに回収するんだよ」
「了解しました」
次に遭遇したゴブリンは1匹だった。しかも素手。チャンス!
ポントがゴブリンに近づき、ハンマーを一振り。ゴブリンは頭をかち割られ、倒れた。へ?
「ポント、あんたがやっちゃダメじゃないか」
「あっ!ご、ごめんなんだな」
ごめんじゃねーよ!お前がやってどーすんだよ!もう!守ってもらってるから声に出しては言えないけどね!頼むぜポント君よー!
次も1匹で来いと思っていると、2匹来た。しかも2匹とも木の棒を持っている。くそっ。
「大丈夫。あんたには近づけさせないから、どんどん打ちな」
「押忍」
例によってポントが前に出て、2匹を食い止めてくれる。ゴブリンは角ウサギよりも的がでかい。動きも遅い。絶対外さねぇぞ。
空中に出したシャトルを渾身のスマッシュ!
胸を狙った打球は、かろうじて腕に当たる。あぶねー、外すとこだった。なんとか当たってよかったよ。
ゴブリンはシャトルの当たった左腕を押さえて蹲ると、攻撃した俺を睨んだ。立ち上がると、木の棒を振り上げて俺に向かってくる。
うぉぅ怖ぇ。助けてマグフィ姐さん。
俺の数歩手前で、横からマグフィの靴底がゴブリンの顔面を捉えた。プロレスラーのようなキックだ。マヌケにも倒れたゴブリンに追撃のスマッシュ。
お腹にヒットすると、ゴブリンは木の棒を離して、お腹を押さえ苦しんでいる。
マグフィが足で押さえつけてくれる。
俺はわかりやすいようにリキャストタイムを声に出して数える。
「いーち、にー、…さん!」
至近距離からのスマッシュ!
シャトルはゴブリンの胸に当たり、俺の頭の中でピロンと音がする。
ゴブリンのこめかみにくっついていたホクロみたいな石が、コロンと地面に落ちた。死んだってことだな。3発か、2人が1撃で軽々と倒しているから、まだまだなんだろうな。
それより、モンスターといえど二足歩行の生き物を殺すのはちょっと抵抗があるな。
「やったね、その調子だよ。ポント、そっちはやっときな」
ポントは頷くと、ハンマーひと振りでゴブリンをやっつける。
「あんたレベル上がったんじゃないかい」
「確認してみる」
トミー Lv.4
HP 20/23
MP 26/22+6
ちから 14
防御力 13
素早さ 14
魔力 14+3
スキル
アイテムボックス 逃げ足Lv.1 精神力Lv.1
「うん、上がってる。レベル4」
「よしよし、次行くよ」
魔石を拾っていると、むこうから棍棒を担いで走ってくるゴブリンが1匹。
ポントがゆっくりと盾を構える。走ってきた勢いそのままに、ゴブリンは棍棒を盾に叩きつけた。どうだと言わんばかりの勢いだが、ポントが盾を前に突き出すと、ゴブリンはひっくりかえる。ポントがチラリとこちらを見た。わかってますよ、スマッシュいきます。
シャトルがゴブリンに当たった瞬間、光った。ピロンと音がする。
ゴブリンはピクリとも動かない。やった、1発で仕留めた。
「おっ!クリティカルだね」
「やっぱり今のクリティカルなんだ。1発だったよ」
またレベル上がったんじゃない?
トミー Lv.5
HP 20/25
MP 26/25+7
ちから 15
防御力 15
素早さ 15
魔力 15+4
スキル
アイテムボックス 逃げ足Lv.1 精神力Lv.1
よっしゃあー!上がってるぜ。連続レベルアップ!
レベル5、キリのいい数字だ。特殊スキルのバドミントンのほうに何か変化は…。
バドミントン
ラケット E
攻撃力 F
速度 F
リキャスト F
命中精度 F
クリティカル F
属性 ー
『スマッシュ』
変化無…っ!下に『スマッシュ』って出てる。どういうこと?スマッシュの威力が増すとかかな?
ヤバい、期待がハンパない。