第5話 アイテムボックス
「飯でも食いに行くかね」
マグフィがポントの背中を叩きながら提案する。
「あっ!もう一つ聞きたかったんですけど」
「なんだい?」
「これって、売れたりしますか?」
俺はアイテムボックスから角ウサギを出す。
マグフィは一瞬ギョッとした表情を見せたかと思うと、いきなり俺に抱きついてきた。
え?何?急になに?求愛?この世界の求愛なの?やだぁ、答えはOKだよ。
「あんた、アイテムボックス持ちかい?」
マグフィは耳元で小声で話す。
「へ?は、はい」
「すぐに、それしまいな」
角ウサギをアイテムボックスにしまうと、離された。いい匂いが名残惜しい。
マグフィはさりげなく周りを見回すと、引き続き小声で話す。
「なんで先に言わないんだい」
「何をですか」
「アイテムボックスだよ」
「アイテムボックス使えます」
「今、言ってんじゃないよ」
「そんなに怒らなくても」
「怒ってるわけじゃないよ、とにかく急いで場所を変えるよ」
俺達3人はマチルダを出ると、場末の酒場に入った。
「アイテムボックスって何かまずいんですか?」
俺は念のため小声で話す。
「そうだよ、まずいんだよ。特にあんたみたいなのはね。アイテムボックスのスキルを持ってるのも多くはなくてね、そりゃあ重宝される。どのパーティだって両手を上げて歓迎されるさ。でもね、弱いアイテムボックス持ちはだいたい荷物運び専用にさせられるんだよ。下手に戦って死なれたら困るしね。つまり、戦いに参加させてもらえず低レベルのままさね。バイゴウのパーティみたいな所に入ってみな、一生お小遣い程度の金で使い潰されるのがオチだよ。弱いから逆らうこともできない、鎖で繋がれて逃げられないようにされたりもするよ。それこそ奴隷のようさ」
「でも、アイテムボックス持ってる人が強くなった方が便利じゃないですか」
「そうでもないんだよ。強い上にアイテムボックスまで持ってると、パーティの中での発言力が強くなる。当然、分け前の取り分も多くなる。だからアイテムボックス持ちには、ただのカバンでいて欲しいんだよ」
「そんな…」
「たぶん誰にも見られてないだろうから大丈夫だよ。この子の体が壁になって見えなかったろうしね」
怖い、地球の倫理観なんて通用しないよな。頭ではわかってるけど、こうして聞くと、より現実味が増すな。
「大丈夫かい?私達はそんなことしないから安心をし」
固いパンとシチューのようなスープで軽く食事を摂る。マグフィとポントは一緒にワインを飲んでいる。昼間っから酒とは、そういう文化なんだろうな。
「腹ごしらえしたら、街の外に行こうかね。あんたのスキルを見せてもらわないと連携も取れないからね」
「はい、わかりました」
「あと、その堅苦しい喋り方はなんとかなんないのかい?もっと楽にしな」
はっ!いつの間にか敬語で喋ってた。このお姉さんの貫禄に無意識で敬語を使ってたのか。俺、精神的にも弱いな。
「そ、そうだね。もう同じパーティの仲間だしね。よろしく」
「そうそう、そうこなくっちゃね。それじゃあ行こうか」
そう言うと、マグフィはコインをテーブルの上に置いて立ち上がる。奢ってくれるらしいが、女性に払わせるわけにはいかない。
「いや、俺も払うよ」
俺は、銀貨を取り出した。
それを見たマグフィは、険しい表情で俺の肩を掴んできた。
アイテムボックスから取り出したけど、他の人にはわからないように、銀貨は手の中に出したのに。
「あんた、その金どうしたんだい?まさか盗んだんじゃないだろうね」
「え?あっ!違う違う。借りたの、借りただけです」
「借りたってあんた、勝手に借りたら、そりゃ泥棒って言うんだよ!」
「泥棒はいけないんだな」
胸ぐらを掴まれ、壁に押しつけられた。
「違う違う!西門のバンドーヤさんが貸してくれたんだよ」
俺は早口で、門番の詰所での出来事を聞かせる。
「なんだい、そうかい。悪かったね、あたしゃてっきり盗んだもんかと思っちまったよ。その衛兵さんも相当なお人好しだね。ちゃんと恩返ししないとね」
マグフィ怒ったら怖ぇよ、もうこの世界に来てからずっと怖いことばっかりなんですけど。あーぽっちゃり小学生、次会ったら絶対ぶっとばす!
他の客はまったく気にしていないようだ。こんな喧嘩は日常茶飯事なんだろうな。
「その金はとっときな。ここの支払いは仲間になった記念だよ。気にしなさんな。それに、とうぶんの間はアイテムボックスは使わない方がいい。念の為にね。それじゃ、行こうか」
北側の門から街の外に出た。もう日が傾いている。
「街の北側は人があまり来ないから都合が良いんだよ。日が沈むまでそんなに時間も無い。早速スキルを見せてくれるかい」
「はい、いきますよ」
俺は右手にラケットを出し、シャトルを空中に出すと、渾身のスマッシュを打った。我ながら完璧なフォームだ。美しい。ボヨンという打球音がたまに傷だが。
ドヤ顔で2人を振り返ると、微妙な顔をしていた。
ん?拍手したっていいんだよ。
「なるほど中距離攻撃なんだね…」
「え?役立たずな感じ?」
もう俺の自信なんてものは、プレパラートと同じだ。すぐに割れる。
「いやいや、そんなことはないよ。連携を考えていたんだよ」
良かった。やっぱりいらないって言われたらどうしようかと思った。
「今度はポントの盾に向かって打ってくれないかい」
薄々感づいてはいたけど、やっぱりあの板、盾なんだ。分厚い大きな木の板に、持ち手を付けただけの盾だ。持ち手の横には、長柄のハンマーやナイフなどがぶら下げてある。
「了解」
俺は木の盾に向かってスマッシュ。バシンと音がしてシャトルは消える。
「あんたレベルは3て言ったね」
「うん、そうだけど」
「そんな低レベルの割には威力がある気がするね」
「ホントに?!」
「ああ、期待できそうだよ」
お世辞でも嬉しい。
「それは、連続で打てるのかい?」
ドキッ、痛いとこついてくるな。
「あ、いや、一回打つと、次打てるまで3秒くらいかかります。はい」
「やっぱりリキャストタイムがあるんだね」
「リキャストタイム?」
「こういう魔法的なスキルはだいたい連射できないんだよ。特にレベルが低いとね。大丈夫、レベルが上がればリキャストタイムは短くなるのが一般的だからね」
「良かったぁ。あ、あとこのラケットでも攻撃できるんだけど、すぐ壊れちゃって、これにもリキャストタイムがあるんだよね。たぶんシャトルよりも長いと思う」
「そうかい。それなら、やっぱりポントが前で敵を押さえて、後方からトミーが狙い打つ感じかね」
「マグフィは?」
「基本的にはポントのすぐ後ろか横にいて、ショートソードで攻撃する型だね。だけど、そのままだとあんたの邪魔になっちまう。だから、あんたが打った後、リキャストタイム中にあたしが攻撃をして時間を稼ぐのがいいんじゃないかと思うよ。でも、こればっかりは実践してみないとわからない部分もあるけどね。とにかく先にスキルを見せてもらっといて正解だったよ。こんなスキル見たことも聞いたこともなかったからね」
マグフィは少し嬉しそうだ。マグフィの笑顔は、それはそれは綺麗だ。綺麗なお姉さんは好きですか?はい、大好きです。
「それじゃ、明日に備えて宿に戻るよ」
「はーい」
もう夕日も隠れそうだ。北門をくぐり、街に戻る。
宿屋は入り組んだ路地にあった。これまたボロっちい安宿だ。軋む階段を上がり、二階の部屋に入る。
「稼ぎが少ないからね、それでもベッドがあるだけマシってもんさ」
マグフィはショートソードを外し、革鎧を脱ぐ。ポントも木の盾を壁に立て掛ける。
「さっきの角ウサギ出しな。明日の飯代が浮くし、宿代の足しにもなるよ」
「了解」
俺はアイテムボックスから角ウサギを出すと、マグフィに渡した。マグフィはそれを持って部屋を出ていく。
部屋は小さなテーブルと、ベッドが二つ並んでいるだけだ。殺風景だな。
あれ?この2人、一つの部屋に泊まってるの?やだぁ、やっぱり2人はそういうご関係ですか?なんだよ、ちぇっ。
でも、どうするの?ベッドは二つしかないけど、俺達は3人ですよ。マグフィとポントが一緒に寝るってこと?
やめてよ、隣でおっぱじまったら寝るどころじゃないんですけど。
と、しょうもないことを考えていると、マグフィが戻って来た。
「今日はあたしが床で寝るから、あんたはベッドを使いな」
「それは悪いよ。新人の俺が床で寝るよ」
「あんたダンジョンは初めてなんだろ。だったら今日はゆっくり寝て、明日に備えな」
「いやでも、なんか申し訳ないよ」
「オイラが床で寝るんだな」
そう言うとポントは床に布を敷き、ゴロンと横になった。おれが戸惑っていると、あっという間にイビキをかき始めた。寝るのはや!たくましいな。
「あんたも早く寝な」
「はい」
ポントに感謝しつつ、空いてるベッドで横になった。
今日は目まぐるしい1日だった。身も心もヘトヘトだ。
なんにしろ安心できる寝床と、仲間を見つけられてよかった。
一つだけ確実なことは、あのぽっちゃり小学生は絶対にぶっとばすってことだな。
そんなことを考えながら、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。