第4話 大爆笑されたんだけどどういうこと
詰所を出ると、マチルダとやらを目指す。
冒険者ギルド的なことだよね。バンドーヤさんにお金をもらったけど…いや、借りたけど、まずは収入を得て生活の基盤を作らないと。
まだ足も痛いから、軽作業的な仕事ないかな…あれ?足の痛みがかなり引いてる。バンドーヤさんが塗ってくれた薬のおかげかな、こんなに早く効果が出るなんてやっぱり魔法的な何かなんだろうな。ありがたや。
これなら普通に働けそうだ。
オイシイ日雇いのバイトとかあったらいいな。
綺麗な未亡人のお宅でお手伝いとかないかなぁ。
「お茶を入れましたわ。ちょっと休憩なさって」
「ありがとうございます」
「あら、見かけによらず、たくましいのね。素敵」
「奥様こそお美しい」
「奥様なんてやめて、下の名前で呼んで」
そのままリビングで…ハァハァ、奥さん、奥さん凄いです。
…いかん、妄想が暴走してしまった。
道を進むと右手に3階建ての大きな建物が見えてきた。立派な看板も掲げてある。念のため街行く人に訊ねると、やはりそうらしい。礼を言いマチルダに入る。
正面にカウンターがあり、受付の女性が4人並んで座っている。
右手には酒場なのかテーブルと椅子が並び、昼間から酒を飲んでいる人がけっこういる。
俺は正面のカウンターに向かい、空いている窓口のお姉さんに挨拶をする。
「こんにちは。あのー、仕事を探しているんですけど」
「いらっしゃいませ。マチルダのご利用は初めてですか?」
「はい、初めてです」
「かしこまりました。まずご登録をいただき、会員カードを発行致します。では、こちらにお手をどうぞ」
カウンターの上に白い石板がある。
知ってますよ、ステータス出るやつでしょ。
俺はなぜか得意げに手を置く。石板が淡く光った。
だが、先程の門番の詰所とは違い、空中にステータスが表示されることはなかった。
あれ?出ないな。俺なんか間違えた?手を置くだけだよな。
首を傾げていると、受付のお姉さんが目の前の何かを、食い入るように見つめている。そうか、カウンターの中に表示されてるんだね。
お姉さんはバンドーヤさんを彷彿とさせる目のひんむき方だ。
そんなに変なのか?俺のステータスは。
「少々お待ちください」
そう言って裏に消えていく。お姉さんは平静を装っているが、動揺しているのがバレバレだ。
なんだ、どうなってるんだ。何かおかしかったのか?
それともあれか、俺に一目惚れしてしまったのか、緊張をほぐすためにトイレにでも行ったか。あんまりタイプじゃないけど、どうしてもってい言うならデートくらいしてあげてもいいよ。
「おう、登録か?俺はブレンだ」
高価そうな鎧を着た金髪のイケメンが握手を求めてきた。
「あっ、トミーです。はい、登録です」
「お前、特殊スキル持ちだろ。受付嬢の反応でわかるぜ。攻撃スキルか?」
なるほど、特殊スキルは珍しいのか。だからお姉さんビックリしたんだな。
「はい、いちおう攻撃スキルです」
「そうか!良かったらうちのパーティに入らないか。慣れるまでは全面的にサポートするし、取り分も最初からちゃんと1人分渡す。どうだ?」
キラキラした目でグイグイくる金髪イケメンの後ろから、これまた立派な鎧を着た大男がグイッと金髪イケメンの肩を掴み割って入ってきた。こめかみから顎にかけて大きな傷痕のある厳つい顔が怖い。
「ちょっと待てブレン。抜け駆けはよくねぇな。おい坊主、うちはパーティランクBで12層まで行ってる、この街で1番のパーティだ。入るならうちにしとけ。こいつの所の分け前は定額制だが、うちは歩合制だ。強いやつがより儲けられる。最初はキツイがちょっとレベルが上がれば、すぐに誰よりも稼げるようになるぜ」
「バイゴウ、お前の所は新人がよく死ぬらしいじゃないか。初めから無理させすぎなんだよ。その点うちはしっかりサポートするから大丈夫だ。取り分だって、君が成長して更に下層に行ければ、確実に1人当たりの取り分は増える」
やめて私を取り合って喧嘩しないで、のやつだな。悪い気はしない。フッフッフ、くるしゅうない、よきにはからえ。
俺が悦に入っていると、お姉さんが戻ってきた。
「お待たせ致しました。このレベルですので、念の為確認させていただきましたが、問題ありませんでした。それでは、カードを発行致します」
「ん?このレベル?おい、嬢ちゃん。こいつのレベルはいくつなんだ?」
「それは、お教えできません」
大男のバイゴウがお姉さんに聞き、ダメだとわかると、チッと舌打ちをして俺の方を向くと、厳つい顔を近づけてきた。
「坊主、お前レベルはいくつだ?」
顔近い近い近い、顔怖え、恐え、こえぇ。
「さ、さんです」
「あぁ?聞こえねえ、もっかい言ってみろ」
「レベル3です」
「「はあ?」」
バイゴウとブレンはあからさまにガッカリする。
ブレンは受付嬢の表情を窺い、嘘ではないことを察する。
「なんだよ、逃亡奴隷かよ。期待させんじゃねぇよ」
「痛い!」
バイゴウに頭を叩かれる。
勝手に期待したのはそっちだろうが、叩くことないだろ。っていうか奴隷ってどういうこと?
替わってブレンが質問する。
「ちなみに君の特殊スキルは何ていうスキルなんだ?」
「バドミントンです」
後ろで聞いていた他の人達が揃って爆笑。え?何?なに?バドミントンのなにがそんなにウケるの?
「逃亡奴隷でクズ特かよ」
バイゴウは吐き捨てるように言うと、苛立ちを足音に変え立ち去った。
ブレンはなおも聞いてくる。
「足怪我してるみたいだけど、どうしたの?」
「ああ、これはちょっと角ウサギにやられまして」
マチルダ内は大爆笑に包まれる。何人かは転げ回って笑っている。角ウサギにハッハッハッハッハッハッハッハ、スライムにも殺されちまうんじゃねぇか、ヒィヒィ腹がちぎれる、とか聞こえてくる。
俺は恥ずかしいやら、悔しいやらで泣きそうだ。なんだよ、ちくしょぅ。
「まぁ、頑張れよ」
ブレンも半笑いで立ち去った。
「トミー様、こちらが会員カードになります」
受付のお姉さんがカードを差し出す。再発行やらランクやら説明されるが、全然頭に入ってこない。
「他に質問はございますか?」
「え?あ、あの、俺にできる仕事はありますか?」
「あちらの掲示板に貼り出してこざいます。ご確認ください」
「え?お、あの俺…」
「本日はご登録ありがとうございました」
これ以上は話したくないという言外の圧力を感じ、俺は口をつぐんだ。
なんだよこれ、なんでこんなに惨めな思いをしなきゃいけないんだよ。
しょうがなく掲示板に向かう。掲示板というよりも壁一面に紙が貼り付けられている。
立ち尽くし、呆然と壁を眺める。
これからどうすればいいのか、考えようとしても思考が前に進まない。改めてバンドーヤさんの銀貨のありがたみが身にしみる。
「あんた、ちょっといいかい」
振り向くとそこには男女の二人組が立っていた。女は革の鎧を着込み、腰にショートソード、肩には弓を掛けている。そしてなにより、綺麗なお姉さんだ。
綺麗なお姉さんは好きですか?はい、大好きです。
男は縦も横も大きく、左手に大きな木の板を持っている。
「私はマグフィ、こっちのでっかいのがポント。ちょっと話を聞いてくれないかい?」
「な、何?騙そうったってそうはいかないぞ。レベルが低いからってバカにすんじゃねぇぞ」
せいいぱっいの強がりだった。綺麗なお姉さんだからって騙されないぞ。
「落ち着いておくれよ。騙そうともしてないし、バカにもしてないよ。話をしたいだけさね。その様子だと、わからないことも多いんじゃないかい?知りたいこともあるだろう。どうだい、私達の話を聞いてくれたら、代わりに知りたいことを教えてあげようじゃないか」
…怪しい。詐欺師は弱ってる時に甘い言葉をかけて来るっていうしな。でも、ここでボーッと立ってるだけじゃダメなことはわかる。話を聞くだけならいいかな。お金とか要求されたら逃げればいいし、俺逃げ足スキル持ってるし。
「じゃあ、話だけなら」
「そうこなくっちゃあ。どうする?場所を変えようか」
「いや、ここでいいです」
変なとこに連れて行かれても嫌だし、警戒してることも伝わるだろう。
「そうかい、じゃあ端の方に行こうか。ここは邪魔になるからね」
俺たち3人は人の少ない角の方へ移動する。
「改めて、マグフィとポントだよ、あんたの名は?」
「トミーです」
「よろしくね、トミー。聞きたいことがあるなら、そっちからどうぞ」
「え?俺からいいの?それじゃあ、なんで俺が奴隷になるの?俺、奴隷じゃないんだけど」
「違うのかい?!」
「違うよ!なんで奴隷になるんだよ」
「じゃあ逆に聞くけど、なんでそんなにレベルが低いんだい?」
「逆の逆に聞くけど、なんでレベルが低いと奴隷なんだよ」
「は?」
「は?」
「…はぁ、こりゃあ長い話になりそうだね」
マグフィはやれやれといった感じでため息をつくと腕を組んだ。
ポントはマグフィの後ろで黙っている。まだ一言も声を聞いてない。
「どっから話せばいいんだろうねぇ。…1から話すかね。えーとね、普通はね、子供の頃から親と一緒にレベル上げをするんだよ。レベル5を超えれば、まずスライムの攻撃でダメージをくらうこともなくなる。もちろん個人差はあるけどね。10歳までにレベル10になってるのが一般的でね、年齢よりもレベルが低いとバカにされるくらいだよ。角ウサギならレベル10もあれば大丈夫だろうね。ちなみにレベルが上がれば、スライムや角ウサギなんかは寄り付かないどころか、一目散に逃げ出すよ。狩りも難しいくらいにね」
年齢よりもレベルが低いとバカにされる…。20歳でレベル3は超絶恥ずかしいってことか。だからバンドーヤさんも最初信じてなかったんだな。
「親のいない孤児だって.レベルが上がるか死ぬかどっちかだ。あんたみたいに大人になってもレベルが低いのは滅多にいない。それこそ奴隷くらいのもんさ。このエンサンには奴隷制度はないけどね、隣のチョウジンやカンジンの貴族は奴隷を所有しているそうだから、そこから逃げてきた逃亡奴隷だってことさ。受付嬢が何かを確認しに裏に行っただろう?あれはお前が指名手配されていないかの確認だよ。逃亡奴隷はだいたい貴族のもとから逃げ出しているから、金を盗んだり、最悪は主人を殺したりしている場合もあるからね。有力な特殊スキルが出た時も支店長に報告するから、ブレン達はそれと勘違いしたんだろう」
「なるほど…」
すげぇ納得した。今更ながら恥ずかしい。でもあんなに笑うことないじゃないか。
でも、どうする?奴隷じゃないし、異世界から来ましたなんて信じてもらえないだろうし。なんて説明すれば…。
「まぁ、奴隷だったら世間の常識を知らないのも無理はないよ。恥ずかしがることはない。なーに、これからレベルを上げて見返してやりゃーいいんだよ」
「は、はあ…」
奴隷ってことになってるよ、違うのに。
…でも、待てよ。別にいいか。わざわざ真実を説明する必要なくない?そうだよ勘違いされてても問題ないよな。むしろ親切にしてもらえる分お得かな。
「他に何か聞きたいことはあるかい?」
「はい、あのー…なんだっけ、逃亡奴隷と、クズ何とかって…」
「あぁ、クズ特かい?」
「そう!それ!何ですか?」
「クズ特殊スキルを略して、クズ特っていうんだよ。特殊スキルってのはね、誰でも持ってるもんじゃないんだよ。それこそ1万人に1人ってくらい珍しいもんなんだ。だから強力で戦いに有利なスキルが多い。戦いの為のスキルだけじゃなくて、錬金や記憶、芳香なんてのもあったね。その中でもごく稀に、なにが何だかわからない特殊スキルがあるんだよ。それをクズ特って呼ぶのさ。あんたのみたいにね」
「いや、バドミントンはわけわかんなくないですよ」
「いやいや、なんなのさ、そのバドミントンってのは」
っ!そうか。この世界にバドミントンなんてあるわけないか。
「でも攻撃スキルなんだろ?」
「はい、それは間違いないです」
「良かった。そろそろ、こっちの話もいいかい?」
きた。怪しかったら即逃げよう。俺は頭の中で逃げる時のシミュレーションをする。
「どうぞ」
「まずはあたし達の状況を聞いてもらった方がいいだろうね。あたし達は2人でダンジョンに潜っているんだけどね、やっぱり2人では限界があんのさ。そこで一緒にダンジョンに潜ってくれる仲間を探しているんだよ。このポントは防御力は高いんだけど攻撃がイマイチでね。私も手数はあるんだけど、攻撃力が弱くてね」
「じゃあ、さっきの人のパーティに入れてもらえばいいじゃないですか」
「それがね…、ダメなんだよ」
「オイラのせいなんだな」
マグフィの後ろからポントが話だした。
こいつ初めて喋ったな。
「マ、マグフィだけならどのパーティでも入れるんだな。でも、でもオイラはノロマだから入れてもらえないんだな」
「私達はブレンの所も、バイゴウの所もクビになったんだよ。ポントは連携が苦手でね。でも、このレベルにしては防御力は高いんだ。レベルさえ上がれば強力なタンクになれるはずなんだよ」
「オイラはいいから、マグフィだけでも、他のパーティに入れてもらえって、言ってるんだけど、マグ…マグフィは、やさ、スン、優しい、スン、スン、から」
おいおい、でっかいのが泣き出したよ。
「泣くんじゃないよ。トミーもビックリしてんじゃないか。すまないねぇ、この子はすぐ泣くもんだから」
「いえいえ」
なんか悪い人達では無さそう。これが演技だったらアカデミー賞ものだ。
「ってことは、俺を勧誘してるってことですよね。知っての通り、俺レベル3の超絶ザコですけど」
「そこなんだよ。あんたは、どこのパーティにも入れてもらえない。でも、特殊スキル、それも攻撃スキルを持っている。つまり、レベルさえ上がれば強くなる可能性が高いってことさね。だから、私達がレベリングを手伝ってやる代わりに、強くなったら一緒にダンジョンの攻略を手伝ってもらいたいんだよ」
悪い話じゃなさそうだ。レベリングを手伝ってもらえるなら、願ったり叶ったりだし。俺を騙してるようにも思えない。
「でも、いいんですか?俺が強くなったら、他のパーティに乗り換えるかもしれませんよ」
「それは、いけない事なんだな!」
ポントは突然激昂すると、木の板を床に叩きつけた。大きな音にマチルダ中の人間がこっちを振り向く。
「ポント!落ち着きな!」
マグフィは、フーフーと肩で息をしているポントをなだめる。
「すまないねぇ、いろいろあってね。…実はついこの間、レベリングを手伝ってた新人が他のパーティに引き抜かれちまってね」
「そうなんですね」
なんの拘束力もない口約束なんて、そんなもんだよな。
「引き抜かれたんじゃないんだな。あいつは最初からそのつもりだったんだな」
「もうその話はいいんだよ。終わったことさね」
「でもオイラ、許せないんだな」
「いつまでも過去にこだわってちゃ、先に進めないよ。それに、あんなことは想定してたんだよ。何度か損してでも、このやり方でやってくしか、あたし達にはないだろ」
「オイラが、オイラがノロマなばっかりに、ゴメンよぉぉぉ」
「泣くんじゃないよ。まったくしょうがない子だねぇ」
うん、絶対悪い人達じゃないね。見事に騙される側の人達だね。害が無いなら、この話受けた方がお得だよね。この世界のこともいろいろ教えてもらえそうだし。
「わかりました。俺を仲間に入れてもらえますか」
「本当かい?!ありがとう。よろしく頼むよ」
「うわぁぁあ」
「いつまで泣いてんだい、あんたは」
こうして俺は、マグフィとポントのパーティに加わった。