第3話 優しい衛兵さん
「ヒィィ」
思わず悲鳴をもらしてしまった。
ウサギはしつこく追ってくる。
ストーカー被害で訴えてやる。接近禁止命令だ。
おまわりさーん!裁判所はどこですかー!
…ダメだ、そんな妄想に逃げる余裕は無い。
残る力を振り絞って逃げる。
門が見えてきた。あとちょっと、街は高い外壁で囲われている、あの中に入れば安全だ。
後ろを確認すると、さっきよりも距離が縮まっていた。
ウサギの方が足が速い。追いつかれる。
どうする?やるか?でも怖い。
くそっ!でもやるしかない。
俺は足を止め振り返った。
「あぁぁぁ!!やってやんぞ!ボケー!かかってこいやぁぁ!!」
ピロンと頭の中で音がした。
またラケットで殴るか、でも折れたらシャトルと同じように一定時間経過しないと出てこない。当たりどころが悪くて、さほどダメージを与えられず、ラケットだけ折れたら終わりだ。
ラケットでの直接攻撃は最終手段として、できればシャトルで攻撃したい。でも一度上に打ち上げてから落ちてくるのを待っている時間は無い。
ウサギは目の前まで迫っている。
どうする?せめてシャトルが手の上じゃなく空中に出てくれたらそのまま打てるのに。
すると想像していた通りの空中にシャトルが現れた。
俺は慌ててラケットを振る。
飛びかかってきたウサギにカウンター気味にヒット。ウサギはキャンッと声を上げて地面に落ちた。
やった!なんだよ、空中にシャトル出せるのかよ。早く言ってくれよ。
いけるぞ!やれる!
足を引きずりながらも急いで離れる。次のシャトルが出るまで3秒、時間を稼がなければ。
ウサギはまだまだやる気まんまんで襲いかかってくる。
「1…2…3、いけー!」
空中に出したシャトルを全力でスマッシュ。このラケットとシャトルにも慣れてきた。
バシンッと音を上げてウサギを撃墜。ウサギは地面にひっくり返って動かなくなった。同時にピロンと音がする。
「っしゃーーー!!!なめんなこのヤロー!っしゃー!!」
怖かった分、喜びも2倍だ。良かった、俺は生き延びた。周りを見ても、もう何もいない。街はすぐそこだ。
危なかった。安堵が押し寄せてくる。へたり込み休憩をとりたかったが、それでもまだ不安だ。街に入るまでは苦しくても足を止めちゃダメだ。
「これ食べれるのかな」
念の為、死んだウサギをアイテムボックスに収納しておく。
「そういえば、何度かピロンって鳴ってたな」
歩きながら、ステータスを確認する。
トミー Lv.3
HP 6/20
MP 16/20+6
ちから 13
防御力 12
素早さ 12
魔力 13+3
スキル
アイテムボックス 逃げ足Lv.1 精神力Lv.1
特殊スキル
バドミントン ▼
よし!レベル上がったよ。
気になってたけど、このMPの+6と魔力の+3てなんだろう?ぽっちゃり小学生のせめてもの罪滅ぼし的なバフ効果とかかな?めっちゃ微力、もっと超絶チート効果が欲しかった。
…まぁマイナスよりはいいんだけど。
スキルに逃げ足と精神力ってのが追加されてる。逃げ足って人聞き悪いけど、逃げる時に足が速くなったりするのかな?あって損はないか。
バドミントンのステータスは?…変わりない。まだLv.3だしな、大丈夫大丈夫。うん…大丈夫のはずだ。
MPが5減ってるな、なんだろう。魔法なんか使ってないしな。使ってないっていうか使えないし。せっかく魔法のある異世界来たのに魔法使えないってなんだよ!クソぽっちゃり小学生め。
勇者じゃなくても賢者的な、大賢者的なキャラとかでもよかったのに。魔法をドッカンドッカンぶっ放して地上最強とかでもよかったのに…ハァ…。
…MPの消費だったな。あっ!ラケットか?ラケット壊れてもう一回出すとMP減るのかな?他に思い当たることないしな。MPが少ない時には注意しないとラケットが出せなくなっちゃうってことだな。まぁ魔法使えないからMP減らないんだけど。
そうこう考えているうちに、ようやく門にたどり着いた。門は開かれており、衛兵らしきお揃いの軽鎧を着た人が3人立っている。
「君、大丈夫かね」
よほどひどい顔をしていたのだろう、衛兵の1人が声をかけてくれた。
「はい、なんとか」
「足を怪我してるじゃないか。手当てしてあげるからこっちに来なさい」
ここはご好意に甘えよう。優しさが身にしみる。泣きそうだ。
週間抱かれたい男ランキング急上昇1位です。
門をくぐるとすぐの詰所のような簡素な建物に入る。ズボンを脱ぎ傷を見せる。
「うん、それほど深刻な傷ではないな。この傷薬ですぐに治るよ」
「ありがとうございます。グフゥ」
我慢できず泣き出してしまった。
だって怖かったんだもん。やっと安心できたんだもん。
衛兵さん優しいんだもん。この世界で初めて人とお話ししたんだもん。
衛兵さんは傷薬を塗りながら聞いてくる。
「何に襲われたんだ?この辺りはそんなにモンスターもいないはずだが、まさかゴブリンでも出たか?」
おお!ゴブリン!
やっぱりゴブリンとかいるんだな。
「いえ、ゴブリンではないです。角のはえたウサギにやられました」
「ん?角ウサギ?にやられたのか?」
角がはえてるから角ウサギ、そのままだな。でもそんなに不思議そうにしなくてもいいのに。
「そうです、角ウサギにやられました」
「いや、そんなはずはないだろう。角ウサギだぞ」
「はい、角ウサギです」
「ハハハ、冗談はこれくらいにして、本当は何にやられたんだい?」
しつこい人だな。
抱かれたい男ランキング、ツーランクダウン。しつこい男は嫌われるぞ。
「冗談じゃなく角ウサギにやられたんです」
衛兵さんはため息をつくと、真剣な顔で言う。
「君ね、もし厄介なモンスターがいるのなら即座に討伐に動かなければいけないんだよ。こうしている間にも他の人が被害に遭うかもしれない。わかるね。本当は何にやられたんだね」
「本当の本当に角ウサギにやられたんです」
「そんなわけないだろ!角ウサギなんて子供でも怪我しないだろ!なぜ隠すんだ」
ええ?急にブチ切れてるんですけど。
何?本当のこと言ってるのに。子供でも怪我しない?俺、20歳ですけどなにか?怪我してますけどなにか?
「隠してません。本当に角ウサギにやられたんです」
「君、レベルはいくつだ。Lv.10にもなれば角ウサギなんかにダメージは受けないだろう」
「レベルは3ですけど」
衛兵さんはわざとらしいくらいに大きなため息をつく。
「じゃあこっちに来なさい。ここに手を置いてみなさい」
そこには机の上に白い石板がある。俺は言われた通り手を置くと、石板が淡く光り、空中にステータスが映し出された。
おお!異世界っぽいぜ。
「なぜ君がそんな嘘をつくかはわからんが、こうしてすぐにバレてしまうんだよ。レベル3なんてことがあるはずが…な!…え?!」
お手本のような、見事な二度見をした衛兵さんは、目をひんむいてステータスを見ている。そんなバカなと呟きながら俺の顔とステータスを交互に見る。
衛兵さんは腕を組み、少し考えると、努めて穏やかに話しだした。
「声を荒げて悪かったね。本当にレベルが3だとは思わなくてね。それで、君は今、1人なんだね」
「はい、そうです」
「そうか。詳しくは聞かない。もう君は自由だ。たいしたことはできないが、困ったことがあったら相談にのるくらいはできるから、いつでも来なさい」
いや、急にどうした。
なんか勝手に納得してるっぽいな。それに憐みの目で見られてる気がする。まあ、あれこれ聞かれるよりはいいんだけど。
「ありがとうございます。それなら聞きたいことがあるんですけど、どこかお金を稼げるところはないですか?無一文なもんで」
衛兵さんはウンウンと頷いた。
「そうだろうな。わかった。この道を真っ直ぐ行くとマチルダがある。大きな建物で看板も出てるからわかると思う」
「マチルダ?ですか。マチルダってなんですか?」
「ああ、そうか。うん、そうだな。マチルダというのはね、仕事を紹介してくれる所だ。雑用や素材収集、ダンジョンの管理代行までしている、とにかくマチルダに行けば、何かしら仕事を見つけられるはずだ」
ダンジョン、今ダンジョンって言ったな。ダンジョンあるんだ。男の浪漫だ。
でもまだ怖いな。レベル上げればいけるかな。いつか行けたらいいな。
「ありがとうございます。マチルダですね、行ってみます」
「それから、少ないけどこれを持って行きなさい」
衛兵さんは懐から巾着袋を取り出すと、銀貨を3枚渡してくる。
「え?いや、でも」
「いいから持っていきなさい。これで数日は宿に泊まって、飯が食える。稼げるようになったら返してくれればいい。私は西門の隊長をやっているバンドーヤだ。昼間はだいたいここにいるからいつでも来なさい」
「じゃあお言葉に甘えて、あざーす!」
「うん、強く生きるんだよ」
そういうと俺の肩に手を置いて、力強い眼差しで頷く。痛い痛い、そんなに力を入れて肩をつかまなくても。
バンドーヤさんの親切に、若干の疑問を感じながら門番の詰所を後にした。
そしてバンドーヤさんは、抱かれたい男ランキングの殿堂入りをはたした。