第2話 スライムとウサギ
「バドミントンてどういうこと?」
特殊スキルバドミントン…。確かに中学高校と6年間バドミントン部だったけど。だから何?
よく見るとバドミントンの横に「▼」がある。これに意識を向けると更にステータスが表示された。
バドミントン
ラケット E
攻撃力 F
速度 F
リキャスト F
命中精度 F
クリティカル F
属性 ー
「なんか出た」
項目に攻撃力があるということは攻撃スキルなのかな。
ラケットのランクはE。
「Eってどんなラケットなんだよ」
すると、右手にラケットが現れた。
「おお!ラケット出た!…いや、木製?!昭和かよ!」
フレームが木でできている、写真でしか見たことのない古いラケットだ。
掌の付け根辺りをガットで叩いて張り具合をみる。ボヨンボヨンと鈍い音がする。
〔ガットとは、シャトルを打つあみあみの部分である〕
「ガットもゆるゆるだな」
何度か素振りをしてラケットの感触をつかむ。風切り音もどことなく野暮ったい。なんて頼りない武器なんだ。これでどうやって攻撃するんだ。
「ラケットが出たってことは、シャトルも…」
左手にシャトルが現れる。もう驚くこともない。
ラケットもラケットだがシャトルもシャトルだ。オモチャのバドミントンセットに付属してるプラスチックのショボいやつだ。
「あのぽっちゃり小学生、やってくれたな」
こんな貧弱な武器でどうやって戦うんだ。不安がえげつない。
とりあえずシャトルを打ってみる。下から真上に軽く打ち上げる。ぼよんと鈍い手応え。
落ちてくるシャトルに、不安をぶつけるように大木に向かってスマッシュを打つ。
左手を高々と上げ、しっかりとテイクバック、膝のバネを使いながら全力で、打つべし!
やはりボヨンと打球音は鈍いが、シャトルが木に当たった瞬間、バシっという衝撃音とともにシャトルが消えた。
木を見ると、樹皮が剥がれ傷がついていた。
「これは、いけるのか…?」
武器として使えるのかな。普通シャトルでこんな傷はつかない。
木を観察しながら思案していると、太ももに衝撃を受けた。
「いて!」
飛び退くと、そこには青くてドロドロしたものがウニョウニョとうごめいていた。
「え?何?もしかして、スライムってやつか」
生で見るとグロい、全然可愛くない。絶対ぬいぐるみなんかにはできない。
ステータスを見ると、HPが1減って14になっていた。
「ってことは、今の攻撃をあと14回受けたら死ぬってこと?」
急に怖くなってきた。
スライムは攻撃しようと近づいてくる。
シャトルを出し、真上に打ち上げ、落ちてくるシャトルをスライムに向けてスマッシュ!
シャトルはスライムの横30cmの地面に着弾し消えた。
「くそっ。2年半のブランクか」
部活を辞めてからは全くラケットを握っていなかった。狙ったところに打てない。
「数打ちゃ当たる。次だ」
もう一度シャトルを出す。…出ない。
「え?なんで?おいおい、出ろ!出ろよ!」
冷や汗が流れ、何度目かの「出ろ」でやっとこさシャトルが手の上に出てきた。
ホッとしたのも束の間、バシっとお尻に衝撃を受ける。
「いてぇなぁ!ちくしょう」
シャトルに気を取られている間にスライムの攻撃を受けてしまった。お尻を押さえながら距離を取る。
ステータスを確認するとHPはやっぱり13に減っている。ヤバイ。
またシャトルを真上に打ち上げ、落ちてきたところをスマッシュ。
今度はスライムの手前10cmに着弾。くそっ。
すぐに次のシャトルを出そうとするが、やっぱり出てこない。
スライムとの距離を保ちながら、大樹の周りを回る。
よくよくスライムを観察してみれば、動きは遅く、見ていればまず攻撃を受けることはない。こんなやつから二回も攻撃を受けてしまったのか。俺のバカ。
ちょっとへこんでいるとシャトルが出た。次のシャトルがでるまで3秒くらい時間がかかるようだ。
たったの3秒、されど3秒。モンスターを前にすると、1秒だって気が遠くなるほど長く感じる。スライム相手じゃなきゃ無理じゃない?使いにくいスキルだな。
「やってくれたな、ポッチャリ小学生!」
俺は天に向かって叫んだ。
「プププ」
ん?!クソ小学生神様の笑い声が聞こえた気がした。
スライムの触手が伸びてきた。飛び退いてかわす。
とにかく今はこのスライムをどうにかしなきゃ。
今度は全力スマッシュではなく、当てることを重視して、頭上ではなく、顔の前辺りで軽めにシャトルを叩く。スマッシュとは言えない。言わばプッシュだ。
シャトルがスライムに当たると、スライムの3分の1ほどが消しとんだ。
「よし!いける!」
また、のらりくらりとスライムの攻撃をかわしながら、シャトルが出るのを待つ。
3秒後、出てきたシャトルで、さっきよりも強めにプッシュ。
見事ど真ん中に命中。スライムは水のようになって、土へと吸収されて消えた。
「よっしゃ!モンスター退治完了!」
俺は西部劇のガンマンのようにラケットをクルクルと回し、腰あたりに収納するかのように消した…。
「ん?ちょっと待てよ…スライムって…普通…最弱だよな。
…俺、弱くね?」
おいおい、チートスキルでウハウハ勇者ライフのはずだったのに、なんてこったい。
「ぽっちゃり小学生のバカヤローー!」
バカヤローと木霊が返ってくる。
はぁ…ため息を一つ。
文句言っててもしょうがない。まずは人のいるところに行かないと。この世界の情報も、食べ物も、安全な宿も必要だ。
もう一度大樹の周りを回り、あたりを眺めてみる。目を覚ました場所とは反対側に来ると遠くに街が見えた。丘の下には薄っすらと道もある。整備された道ではなく、人や動物が通ることで自然とできたけもの道のようなものだ。
選択肢は無い、街を目指してこの道を行くしかない。
丘をくだり、道を辿る。
そういえば、俺金持ってないけど大丈夫か?いや、考えてもしょうがない。なんとかなる。行くしかない。
歩いていると音もなく草むらからスライムが這い出てきた。
「おぁぅ、気持ち悪いなぁ。慣れんわ」
スライムといえばドラ◯エを連想するけど、あんな可愛かったら楽しいのにな。テイムとかしたりして、可愛いスライムちゃんキッカケに女の子と仲良くなったりして、それから、あんなことや、こんなことを、ハァハァ…。
「いて!」
足に攻撃をくらった。
いかん、妄想が暴走してしまった。
シャトルを出して、強めにプッシュを当てる。2発で倒せることはもうわかっている。3秒待てばいいだけだ。このオンボロラケットとシャトルにも慣れてきたこともあり、さっきよりも高い打点でスマッシュ気味に打てた。
シャトルがスライムに命中すると、わずかに光り、スライムは水となって消える。
次の瞬間、頭の中でピロンと音がした。
「なんだ?」
辺りを見回すが、何も無い。
ステータスを確認してみる。
トミー Lv.2
HP 12/18
MP 21/17 + 4
ちから 11
防御力 11
素早さ 11
魔力 12+ 3
スキル
アイテムボックス
特殊スキル
バドミントン ▼
「イエス!」
やった。レベルが上がった。ステータスも上がってる。よしよし。なんかすげぇ嬉しい。テンションもぶち上がる。
だったら特殊スキルはどうだ。絶大な期待を持って特殊スキルバドミントンのステータスを確認する。が、まったく変わりはなかった。ラケットとシャトルを出してみても、変わらずしょぼい。がっかり。俺、しょぼん。
「ラケットとシャトル、ずっとこのままじゃないよな」
そんなわけないよね、ないない、ないと言ってくれ。
「レベルが上がれば大丈夫なはずだ」
落ち着け俺。
スライムは余裕で倒せるようになった。レベルももっと上げられるはずだ。
ポジティブシンキング!
もう一度声に出して。
「ポジティブシンキング!」
そうですよ、自分に言い聞かせてますよ。
そういえば、さっきは1発で倒せたぞ。シャトルが当たった瞬間、光ったように見えたけど、あれはなんだったんだろう?
クリティカルか?会心の一撃だったってことか?バドミントンのステータスの中にクリティカルって項目があったよな、Fだったけど。
もう一度試してみたい、ちょっと戦いたいかも。
道を歩きながら、スライムを探す。日が暮れる前に街に着きたいが、今はなんだかシャトルを打ち込みたくてしょうがない。
「おーい、スライムやーい。出ておいでー」
草むらでガサガサっと音がした。
スライムきたー!と思ったら額に角をはやしたウサギだった。
なんだスライムじゃないのかよ。
ってか、ウサギでもいいじゃん。ウニョウニョの気色悪いスライムに比べたら、ウサギは可愛らしいしな。
よし、俺様の必殺スマッシュの餌食にしてくれよう。フッフッフ。
例の如くシャトルを上に打ち上げ、落ちてくるところを、打つべ…。
「いだい!」
太腿あたりにウサギの角が刺さっていた。
俺がシャトルを打とうと上を向いている隙に、飛びかかってきたってことか。スライムと違って動きが速い。当たり前か。レベルが上がって調子に乗ってた。
ステータスを確認するとHPは6になっていた。さっきまでは12あったってことは6もダメージをくらったことになる。ヤバイヤバイヤバイ!
足を引きずりながら、距離を取ろうとしたが、ウサギはピョンピョンと飛びかかってくる。ダメだ、逃げきれない。
「ちょ、ま…」
咄嗟にラケットで、飛びかかってきたウサギをぶっ叩いた。
運良くウサギの左目に直撃したが、ラケットは折れ、光の粒子となって消えてしまった。
ウサギが怯んでいる隙に、足を引きずりながらも、全力で逃げる。
怖い痛い辛い重いキツいしんどい厳しい激しい荒々しい凄まじい……ちょっと何言ってるかわからないけど。
「誰か助けてー」
叫んでみても誰もいない。
俺は泣きながら走った。涙も鼻水も垂れ流しながら走った。
折れたラケットはもう出てこないのか?何か武器になるものが、身を守るものが欲しかった。
「ラケット!ラケット!」
何度も叫ぶが、ラケットは出てこない。恐怖と不安がどんどん膨らむ。
必死で走った。意を決して後ろを振り返ると、そこにウサギはいなかった。
「ハァハァ、助かった…、のか」
倒れ込みたいほど苦しいが、足を止めることはできない、ゆっくりでも街への道を進む。まだウサギが追って来るかもしれない。
太ももから出血している。急げ、街まで、急げ。
そうだ、ラケットはどうなった。もう出ないのか。そう思うと、右手にラケットが現れた。
「はっ!出た。ラケット…」
こんな頼りない木製ラケットでも今は心強い。ラケットを杖代わりに歩くスピードを上げる。
やっと街の外壁が見えてきた。助かったと思ったその時、ガサガサと草むらで音がする。
俺はそれが何かを確認することもなく走り出した。息が苦しくても、足が痛くても、そんなこと構わない。死にたくない。その一心で街を目指す。
ピロンと頭の中で音がする。でも今はそれどころじゃない。
チラリと後ろを見れば、角のはえたウサギが前歯を剥き出しにしながら、ピョンピョンと俺を追いかけて来ているじゃないか。
「ヒィィ」