番外編 ~喝采~
「鬼」との死闘を終えた三人の日常と、一人の少女との出会い。BABYMETALの三人にインスパイアされた伝奇アクション、番外編です。
番外編 ~喝采~
記憶の中にある母さんの顔。
ほっぺたが丸くて、全体に丸顔。
右のあごのところに、ちょっと目立つほくろがある。
髪の毛はサラサラの直毛セミロング。
ちょっと眉が下がっていて、困ったような顔。
垂れ目がキュートで、それが一番自慢のチャームポイント。
5年前に見た、母さんの顔。
今の母さんの顔がどうなっているのか、私は知らない。
「優がね」萌が言った。
「それ以上言わないで」菫が言った。「これ以上トラブルは御免です。」
途端に、ギターアンプから大音響が鳴り響いて、菫は耳を覆った。萌が、こっちを睨みながら「バーン」のリフを弾いている。
「分かった、分かったから、今度は何?」菫が大声で叫んだ。リフが止まった。
「ダンス部でもめてるらしいの」萌が、アンプの音量つまみを調整しながら言った。
「ダンス部のことに、うちら軽音楽部が口出せないでしょうが」菫が言った。
「なんか、優が、ちょっと無理難題持ち込んじゃったみたいで」萌が言った。
「だから、私にどうしろっての」菫がため息をつきながら言った。
「そりゃきついなぁ」菫が言った。昼休みに足を踏み入れた隣のクラスで、みんなの視線が自分に集まっているのを感じる。最近かなり慣れてきたけど、それほど気分のいいものじゃない。
「でしょ?」杉本奈々が目を吊り上げて言った。奈々はダンス部の部長だ。今は隣のクラスだが、一年生の時は同じクラスだった。以前と変わらず菫にため口をきいてくれる、いいやつだ。
「学園祭まで、あと1週間しかないんだよ」奈々が息も継がずにまくしたてる。「全体のプログラムも、MCも照明も全部段取り決まってるんだよ。プログラムももう印刷所にまわしちゃって明日には上がってくるんだよ。2人だけのペアダンスだから、他の人は踊らなくてもいいんです、なんて言ったってさ、今から、それもダンス部員でもない人を、学園祭のステージに乗せるわけにはいかないでしょうが!」
菫は黙って奈々の早口を聞いていた。全く優のやつ、なんだってそんなこと言いだしたんだか。
「だったら、奈々どんからNG出せば済む話なんじゃね?」菫が言った。「私が間に入らなくても。」
「そういうわけにいかないでしょ?」奈々の目がさらに吊り上った。「優ちゃんが言ってきたことに、私が簡単にNG出せると思ってるの?」
「だって、奈々どんは部長だし」菫が言った。
「優ちゃんは今や全国区のスーパーヒロインでしょうが!」奈々が言った。「しかもうちのダンス部のエースなんだよ。優ちゃん抜きじゃ、うちのダンス部なんか田舎の田吾作ダンス部なんだよ。優ちゃんも、それが分かって言ってきてるから、こっちが頭抱えるんでしょうが。」
「いや、多分、優はそこまで考えてないと思う」菫は薄ら笑いを浮かべて奈々の権幕を受け流そうとしたが、奈々はさらにここぞとばかりに、ずずいと迫ってきた。
「考えてほしいわけよ、そういう立場をさ。中学時代から県下指折りのオールラウンドダンサーとして鳴り物入りで入学してきた天才少女だってだけで十分こっちは扱いに困ってるのにね、その上、未確認巨大生物を倒した超能力少女トリオとしてTVにまで出ちゃうとか、そういうちょーすごい後輩を持ってしまった先輩の私の立場とかさ。いろいろ考えてモノ言ってほしいわけ。」
「はい、ごめんなさい」菫は言った。なんで私が謝る。
「菫はいいのよ」奈々が言った。「あんたは適当に抜けてるし。」
「はあ、ありがとうございます」菫は言った。なんで礼を言う。
奈々がため息をついた。「また、優ちゃんが連れてきた子ってのがさ。」
「優のやりたいことは分かる」菫が言った。「でも、学園祭はちょっと厳しそうだ。」
「やっぱりそうだよね。無理かなぁとは思ってた」優が言った。「杉本先輩も、直接私に、ダメって言ってくれればいいのに。」
「奈々どんからは言いにくいみたいだよ」菫が言った。
「なんでかな」優が言った。
「あんたが、こうだったら素晴らしいっていう理想論を言うからだよ」菫が言った。「理想論とか、正論って、時々人を傷つけるんだって。パパが言ってた。そんなの無理だって否定しようとすると、理想を実現することができない自分の能力のなさを認めることになっちゃうから。」
「難しいね、世間って」優が言った。
「また世間ですか」トンビが呟いた。
「その子、来るの?」菫が言った。
「萌が連れてきてくれる」優が言った。
二人が立っている、禊川の土手の上流の方から、二つの人影が見えた。萌と、もう一人の女生徒と分かった。萌が、その子の手を引いている。
「こっちだよ!」優が手を振って、萌が手を振りかえすのが見えた。
「どこで知り合ったの?」菫が言った。
「郷土史博物館の前の広場でさ」優が言った。「私、自主練やってたんだよ。あそこ、博物館の窓ガラスが鏡代わりになるから、ダンスの練習する人結構いるんだよね。練習終わって、帰ろうと思って、イヤホン忘れたのに気が付いて戻ったら、あの子が一人で踊ってたの。」
「あの踊りはすごかったな」トンビが言った。「あんなの、見たことなかった。」
「天才ダンサーをご紹介いたしまーす」萌が、手を引いてきた女生徒を菫に向かって押し出した。
「はじめまして」菫が手を出した。「中里 菫です。」
「はじめまして」萌の隣の女生徒が、手を出した。「岡乃 里歩です。」
里歩の差し出した手が、菫の出した手の少し手前で止まった。菫から、その手を取って、握りしめた。
「優の友達ね」菫が言った。「だったら、私たちの友達。」
「橋の下に行こうか」優が言った。「あそこで、二人のダンスを見せるよ。」
「ラジカセないけど、スマホで大丈夫?」萌が言った。
「大丈夫。手拍子取ってくれれば」優が言った。
「私、合わせて歌うよ」菫が言った。
「すごいね」優と里歩のダンスを見終わって、菫が呟いた。
「感動」萌が言った。目に涙を浮かべている。「ダンスで泣いちゃうなんて、初めて。」
「あのさ」菫は、少し言葉を選ぼうとして、でも、思い切って言った。「本当に、見えないの?」
「ぼんやりした輪郭と、明るいか暗いか、だけかな」里歩はにっこり微笑んだ。「小学校六年生の時に、交通事故で。」
「私も距離感調整してるんだけど」優が言った。「でも、里歩の空間感覚はすごいよ。眼じゃなくて、全身で感じてるのが分かる。」
「ほんとに、すごいシンクロ率」菫が言った。
「音楽があるし」里歩が笑って言った。「優ちゃんのこと、信じてるから。」
「目が悪くて、ダンス部に入れなかった同級生を、学園祭のステージで踊らせてあげたい、なんて言われたら、そりゃ奈々どんもパニくるよね」菫が言った。
「理想論だもんね」優が言った。「でも、実現は難しい。」
「ちゃんと段取りを踏まないと」萌が言った。「今年からでも、ダンス部に入ればいいじゃん。そしたら、来年の学園祭には間に合うよ。」
「だめなんだよね」里歩がニコニコしながら言った。「私、来月、東京の盲学校に転校するから。」
菫も、萌も、黙ってしまった。
「一年だけでもいいから、普通の高校に通わせてほしいってお願いして入学したんだけどね。進学とか考えると、やっぱりしんどいって、親が決めたの」里歩は笑顔のままだ。「だから、今年の学園祭が、最後のチャンスだったんだけど。」
「なんとかならないかな」萌が言った。「私が、杉本先輩に頼んでみようか。」
「萌が頼めばOK言ってくれるだろうけど」里歩が言った。「いいよ。入学の時に、ダンス部に入部しなかった私が悪いんだ。入りたかったけど、思いきれなかった私のせいだよ。」
「もうこんな時間だ」菫が言った。「萌と優で、里歩ちゃん送っていける?」
「任せて」萌が言った。「世界最強のボディーガード二人だよん。」
その晩、菫が自分の部屋のベッドで、天井を見上げていると、携帯が鳴った。
「大変いいこと思いついたんですが」受話器の向こうで、萌が言った。
「あんたのそのセリフは信用できない」菫が答えた。
翌日の放課後、菫、萌、優、里歩の4人で、平坂駅前広場に集まった。萌はギターとアンプを抱えている。駅前ビルの壁面に埋め込まれた大型液晶モニターが、夕方のニュースを流している。
「ストリートパフォーマンスで、二人のダンスをアピールするの」萌が得意げに言った。「菫の歌と、私のギター、それに、二人のダンス。それで人がいっぱい集まって盛り上がっているのを、スマホで撮って見せれば、先生を説得できる。」
「どう説得するの?」優が言った。
「菫と私が出るバンドのライブで、二人に踊ってもらうんだよ」萌が言った。「学園祭のバンドライブで、ダンサーの参加って、前例がないらしいんだけどさ。それなりのクオリティなんだったら、認めてあげてもいいって、小早川先生が言ってくれて。」
「クオリティが問題なんだったら、学校の教室でビデオ撮ってもらえばいいと思うんだけど」菫が言った。
「沢山のお客さんがノリノリになってる映像の方が説得力あるじゃん」萌が言った。
「萌がやりたいだけではないかと」優が言った。
「そんなに人が集まるかなぁ」里歩が言った。
「そこは菫ちゃんの出番」萌が、ギターアンプを調整しながら言った。「菫、ちょっとだけ、『声』使える?」
「軍事技術の平和利用だね」イブキが言った。
「イブキ、最近、やけに難しい言葉使うなぁ」菫が言った。
「誰かさんと違って勉強熱心なんです」イブキが言った。
「うるさい」菫は言って、息を吸い込んだ。
夜のニュースを流していた大型モニターの音声が、突然、ぶつっと切れた。何事、と数人の通行人が見上げると、ニュース映像はそのままに、菫の声がモニターのスピーカーから流れた。
「平坂駅前をご通行中の皆様、只今より、駅前広場にて、METALFOX&RIHORIHOのライブパフォーマンスを行います!『鬼』を倒した超能力三人娘と、天才ダンサーのコラボレーション、お時間のある方は是非お立ち寄りください!」
「超能力三人娘、とか言っちゃうんだ」萌が言った。「菫も、なかなかあざといなぁ。」
「目的のためには手段を選ばない」菫が言った。「萌に教わりました。」
「ひどーい」萌が言った。
「METALFOXって」優が言った。「私たちのこと?」
「FOXは『狐』だったよね」マドカが言った。「METALって?」
「ヘヴィメタルっていう音楽のジャンルがあって、そのメタル」萌が言った。「鋼っていう意味だよ。」
「いい名前だ」イブキが言った。「METALFOX。」
「あおりすぎたかな」菫が言った。「ちょっと、人集まりすぎ。」
「駅員さんが来る前に始めちゃおう」最前列に立ったお兄さんに、スマホの撮影を頼んでから、萌が言った。
萌のギターソロから始まる。力強いリフレイン。優と里歩が、菫を挟んで等間隔に並んで、すっと背筋を伸ばした。二人の間の空気がぎゅっと凝縮する。聴衆が息を止めるのが分かる。ギターソロが終わり、ピアニッシモから、力強いビートを萌のギターが刻み始める。優と里歩の間にある空気が、そのビートに合わせて振動する。ギターのリズムと、優と里歩の身体のリズムが急激にクレッシェンドし、菫はゆっくり肺に空気を満たした。マイクは使わない。生声で勝負だ。萌と視線を交わして、頷いた。シャウトする。「1,2,3,4!」
ギターの超速リフが弾けると同時に、優と里歩がダッシュする。全速力で位置を入れ替えると、ぴたり、と元の等間隔に戻って、激しいステップ、その動きが作りだしたうねりの上に、菫の声が飛ぶ。萌のギターと菫の声が絡み合うメロディーを、優と里歩のステップのビートが刻む。聴衆がそのビートに合わせて上半身を揺らし、手拍子を始める。優の腕、脚、手のフォルムが、里歩のそれとぴったりシンクロしながら、激しいリズムに合わせてキレよく決まる。そして完璧に線対称の軌跡を描きながら、二人の身体が左右に交錯する。
楽しい。里歩が笑っている。やっぱり、楽しい。こうやって踊るの。本当に楽しい。
なんでこの子はこんなに嬉しそうに笑うんだろう。菫は歌いながら思った。優もきっと、この笑顔にやられたんだな。
何かを失くしても、人は笑える。
そうじゃない。
何かを失くしたからこそ、その人の笑顔は輝くんだ。
一曲演奏が終わって、喝采が巻き起こった。気が付くと、駅前広場が人で埋まっている。100人以上、いやもっとか。
横に立っていた駅員さんが声をかけてきた。「君たち。」
「ごめんなさい」萌が言った。「これで終わりです。」
「今度やる時はちゃんと事前許可取ってね」駅員さんが言った。
「すみません」菫が頭を下げて、集まっている聴衆に向き直った。「今度の学園祭で、ライブやります!是非いらっしゃってください!」
聴衆から拍手が起こった。スマホで撮影している人も多い。
「学園祭って、いつなの?」駅員さんが小声で言った。
「楽しかったぁ」里歩が言った。満面の笑顔だ。「ありがとう!」
「学園祭、頑張ろうね」菫が言った。
「先生の許可出るかな」優が言った。
「大丈夫、萌ちゃんに任せなさい」萌が言った。
「あの」と、中年の女性が声をかけてきた。「みなさん、ありがとうございます。里歩の母です。」
「あ」と、菫が頭を下げた。「お世話になってます。」
「こちらこそ」里歩のお母さんが頭を下げた。「本当に、里歩がお世話になって。」
「お母さん、どうだった?」里歩が言った。
「すっごくかっこよかった」お母さんが言った。
「優ちゃんと踊ると、すごく気持ちいいんだよ」里歩が言った。「身体全体で、優ちゃんの動きを感じるんだ。それにね、萌ちゃんのギターもすごい。あんな速弾き聞いたことない。菫ちゃんの声、とっても綺麗で伸びるし、合わせて踊ってると、空を飛んでるみたいにふわっとするんだよ。」
里歩が、興奮して喋り続けながら、手を伸ばして、お母さんの顔に触れた。手のひらを押し当てるようにして、顔全体をなぜる。「お母さん、笑ってるね。」
「だって、里歩、本当にかっこよかったもの」お母さんが言った。
「お母さん、笑ってるのに、泣いてるよ」里歩が笑った。
「ねぇ」マドカが言った。「里歩ちゃんに、プレゼントしたいんだけど。」
「何を?」優が言った。「まさか、目を?」
「いや」マドカが言った。「怪我をした直後ならまだしも、今となっては私たちの『技』でも治せない。でも、優の『眼』を心で飛ばすことはできるんじゃないかな。」
「里歩!」優が言った。「こっちに来て、手をつなごう。」
「何?」里歩が近づいてくる。
「私と手をつなげば、私の見るものを、里歩も見ることができるよ」優が歩み寄って、言った。「ほら、手を。」
里歩が、固まった。両手を背中に回して、首を横に振った。
「どうしたの?」優が言った。
「いいの」里歩が言った。「見えないままでいいの。」
優が差し出した手が、宙に泳いだ。「そうなの?」
「また見えるようになったら、もっと見たくなる」里歩が言った。「そうしたら、見えないことを呪ってしまうから。」
「そうだね」優が言った。
「ごめんね、里歩ちゃん」マドカが言った。
「いいの」里歩が笑顔で言った。「ありがとう。」
「ねぇ、METALFOXのサインとかないの?」萌に頼まれてスマホで撮影していたお兄さんが、菫に話しかけている。
「優」里歩がおずおず言った。「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、手をつないでもいい?」
「いいよ」優が言った。「どうして?」
「一つだけ、見たいものがあるの」里歩が言った。
「何?」優が言った。
「お母さんの顔」里歩が言った。
優は、里歩のお母さんの顔を見ながら、里歩と手をつないだ。里歩の心が、おずおずとつながる。
「お母さん、ちょっと老けたね」里歩が言った。「でも相変わらず、垂れ目が可愛い。」
里歩のお母さんが、里歩を抱きしめた。優は、そっと手を離した。
「優と里歩は何やってるの?」菫が萌に聞いた。
「軍事技術の平和利用だよ」萌が言った。「LOVE&PEACE。」
(番外編 了)
基本はヲタ小説だよなーと思いながら書き始めてみたら、なんだかてんこ盛りのお子様ランチが出来上がってしまった・・・という感じです。ヲタ小説ではあるし、お子様ランチではあるんですが、色んな所に自分なりの願望やら、自分が昔から好きだったものへのオマージュやらが盛り込まれてきて、結局こういうデジャヴのような感覚が、BABYMETALに胸熱くなってしまう50代のオジサンの深層心理なのかもなーなんて思っています。
3年前、BABYMETALに出会った時に勢いで書いた小説ですが、最近の動向なども踏まえて少し書き直してみました。
ここまでお付き合いくださった読者の方、特にMATEやさくら父兄の方がいらっしゃったら、本当に嬉しいです。ありがとうございました。