九話 コンプレックスの遭遇
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月曜日がやってきた。
「お兄ちゃん……どうして月曜日ってこんなにも憂鬱なんだろうねぇ……」
「そりゃあ、平日の頭だからだろ」
社会人なら仕事。学生なら学校。
月曜日というのは、とにかく憂鬱になる要素が多い。
制服の袖に腕を通し、歯を磨いている俺はふと視線を下に向ける。
俺の視線の先には、そんな月曜日を前に……制服を着ていない学生が未だ布団の上でゴロゴロしている姿が映った。
なんでこいつエブリデー日曜日のくせに、一丁前に月曜日を語っているんだろう……。
朝からうちのクソダメでも可愛い妹にイライラしつつも、家を出て学校に向かう。
俺は通学の時間を有意義なものにすべく、この時間に勉強をすることにした。
別に、ガリ勉というわけじゃない――いや、ガリ勉になったというべきか。
今まで、勉強なんて赤点を回避できるくらいにしかやっていなかったが、両親がいなくなって志穂子さんに引き取ってもらい、朱音と2人暮らしを始めてから、勉強を頑張ろうと思い立った。
理由としては大きく2つだ。
まず、志穂子さんやその旦那さんへの恩返しだ。勉強して良い大学に入って、あまり負担をかけないようにしたいのだ。
そして、2つ目の理由は朱音のことだ。
あの妹はダメダメだ……まごうことなきダメ人間だ。その妹を養っていくためには、良い大学に入って返済不要の奨学金とバイト代で朱音を養い、将来的には新卒でも給料の良い職に就いて朱音を養う予定だ。
そう――すべては朱音を養うためである。
そのためには、授業料が安い国公立と、返済不要の奨学金を得るために学業特待を受ける必要がある。だから、俺はとにかく勉強をしなければいけない。
差し当たっては、近々行われる全国模試で上位10位以内が目標だ。
しばらく、参考書と睨めっこしながら歩いていると、校門前で人だかりができているのに気がつく。見ると、肩に「風紀委員」という腕章をつけた数人の生徒が、登校している生徒たちの荷物検査をしているようだった。
女子にいたってはスカート丈の長さまで検査されているようす。
都内の学校にも、こういうのあったなあ……と、俺は懐かし気持ちで荷物検査の列に並んだ。
その間、俺が犯罪者であることが周囲でヒソヒソとうわさされ、大変居心地が悪かったのは言うまでもない。
やがて、俺の番がやってきた。
「よし……次の者!」
「はい」
俺は風紀委員の前に出て、鞄の中身を見せる。
俺の担当は、とても美人な女子だった。
カーディガンを着た長身の美少女で、髪は美しい黒髪のロングのストレートで、郁乃の髪と正反対だなと、少し郁乃を気の毒に思う。
あいつならさぞ羨ましがりそうなほど、本当に綺麗なストレートだ。
切れ長な瞳で、目尻には泣きボクロがある。
残念な点と言えば、あまりにも胸がないことくらいだろうか。断崖絶壁だ……だけど、大丈夫ですよ。女の価値は胸じゃないから!
「ん……?」
と、そこで黒髪風紀委員は俺の顔を見て顔を顰めた。
「君は……小藤翔太……」
「ん? はい?」
名前を呼ばれたのでつい反応すると、周囲の空気が変わった。他の生徒の鞄をチェックしていた風紀委員たちの手が止まり、一斉に俺を警戒してこっちに目を向ける。
なんだろう。この剣呑な雰囲気は。
「あれがうわさの……」
「ああ……なんでも常にナイフを隠し持っているとか……」
「危ない薬とかもやってるってうわさよ……」
などなど、風紀委員の話し声が聞こえてきたため、この剣呑な空気の訳も理解した。
あーはいはい、なるほど。
いや、どんだけ俺のうわさに尾ヒレついてんすか……。
俺が頬を引きつらせていると、黒髪風紀委員を心配してか、周りの風紀委員たちが彼女に声をかける。
「平田委員長……だ、大丈夫ですか? うわさ通りなら近づかない方が……」
「ダメよ。むしろ、うわさ通りなら彼こそ風紀を乱す元凶じゃない。それに、今この場でナイフを所持していたり、危ない薬を持っているのなら……職員室に突き出して、退学にしてやるわ」
平田委員長――多分、風紀委員長であろう平田と呼ばれた黒髪風紀委員は、不適に笑ってそう言った。
まあ、たしかに。この場に、そんな物騒なものを持っていたらすぐに退学だろう。持ってないけど。
平田は「それじゃ……」と、俺の鞄の中を漁り始める。
「ふむ……変な物は入っていないわね……というか、参考書が多いわね……意外と勉強熱心なのかしら……」
「まあ」
「なんて騙されないわけないでしょ! この犯罪者! どこに隠し持ってるのよ!」
なんでだよ。いいじゃんもう勉強熱心ってことでさぁ……。
それから、平田はしばらく鞄の中を漁るが、特に怪しいものが見つからなかったからだろう、親指の爪を噛んで悔しげにしている。
ふと、ここで平田は何かに気づいたようすで、俺の鞄から筆箱と弁当箱を取り出した。
「あと、調べていないのはこの中身……この中に危険物が入っている気配がするわ」
「危険物の気配ってなんだよ……まあ、調べるだけ無駄だけど、調べるならさっさとしてくれ」
「わ、分かってるわよ! ええい……! こうなったら意地でもあんたの尻尾を掴んでやるわ!」
平田はなにやらやる気を出して、まずは筆箱の中を漁る。すると、平田は目をクワッと開き、筆箱から何かを勢いよく出した。
「なっ……こ、これは! あったわ……! ナイフが!」
「いや、それはカッターだろ。目ん玉ついてんのか己は」
「見れば分かるわよ! けれど、どうしてカッターなんて持ってるのよ!」
「いや、鉛筆削るようだけど……」
俺が素直に答えると、平田は思い切りバカにしくさった笑みを浮かべた。
「ふっ……苦しい言い訳ね? 小藤翔太! このご時世にシャーペンではなく、鉛筆を使ってる高校生がどこにいるのよ! 百歩譲って存在したとしても、なぜ鉛筆削りじゃなくてカッターなのよ! どんだけ文明が遅れてるのよ!」
酷い。美術系のやつなら、鉛筆とか持ってるだろ多分。知らんけど。
というか、別にいいだろなんでも。昔から鉛筆をカッターで削ってたから、シャーペンには慣れないんだよ!
平田はどこか勝ち誇ったような顔で、続いて弁当箱を開く。開けてすぐ、平田は再び声を張った。
「なっ……あ、あったわ! 危ない薬が! 小藤翔太! 危険な刃物のみならず薬まで……!」
「いや、それ別に薬じゃないし……」
「じゃあ、この白い粉みたいなものはなによ!」
「塩だよ」
「はい? 塩? なんのための?」
「茹で卵にかける用」
「はいダウトよそれ。茹で卵に塩をかけるなんてバカじゃないの? 茹で卵はそのまま食べた方がおいしいじゃない」
「もうそれお前の好みの問題じゃん……なんならもう舐めて確かめろよ……」
「なっ……そうやって私を薬に嵌めようというのね!?」
なんだこいつ。
しかも、周囲の視線が俺に突き刺さっているあたり、平田の話を信じているらしい。
カッターは……まあ、百歩譲って危ない刃物かもしれないけど。塩は別に危なくないだろ……。
完全に、周囲の雰囲気から俺を悪者に仕立て上げようという空気が感じられる状況――正直、絶体絶命かもしれない。
さて、どうしようかと思考を巡らせていた折――群衆を掻き分けて、1人の少女が正門に現れた。
ざわざわと周囲が騒がしくなり、反射的に振り返ると……郁乃が泰然と正門に向かって歩いてきていた。
途中、風が吹き郁乃は慌てて髪を抑える。そして、髪を手櫛で直しながら不機嫌そうに顔を顰めた。絶対、風邪でセットした髪が崩れたからだろうなあ……と、俺は呑気に思った。
郁乃は俺のところまで歩いてくると、平田の前で立ち止まった。
「おはようございます。平田さん。騒がしいですね」
「あ、あら……おはよう! 郁乃さん! 今、風紀委員による荷物検査中よ……ちゃんと列に並んでもらえるかしら?」
「荷物検査……」
郁乃は俺を一瞥し、平田の手にあるカッターと塩の入った袋を見てため息を吐いた。まるで、一目見ただけで状況を理解したかのようだった。
「……それはご苦労様です。しかし、どうやら無駄に時間もかかっているようですし……そもそも荷物検査って、無意味ではないでしょうか」
「なっ……そ、そんなことないわ! これは学園の風紀を守る立派な行いよ!」
「そうでしょうか。なら、もっと効率的にされては? カッターがどうのだとか、塩がどうのだとか……そんなことで一々止められていては、いつまでも進まないでしょう? 行列が見えていないのですか?」
「でも、彼は要危険人物……よーく注意しなければいけないの」
「なら、別室に移動して、じっくり見たらいかかでしょうか。はっきり言って迷惑です。交通の妨げですし」
バチバチと、郁乃と平田が火花を散らしている。
しかし、俺は妙な違和感を覚えてて――気づいた。郁乃も平田も、眼を合わせていない。
互いに睨んでいる視線の先は異なり、郁乃は上、平田は下を見ていた。そして、俺は2人がお互いのどこを見ているのか検討がついてしまった。
「あー……」
こいつらお互いの髪と胸を見てやがる……。
郁乃は平田の綺麗な黒髪のストレートロングを、平田は郁乃の豊満な胸を、それぞれ凝視していた。
「またやってるよ……」
「そうだな……風紀委員長と高嶺の花は、なぜか仲が悪いことで有名だからな……」
と、周りからそんな話し声が聞こえて来て、俺は嘆息した。
そりゃあそうだろうな。2人とも似たようなタイプで、お互いがお互いのコンプレックスの仇みたいなものだから、馬が合わないんだろうな……。
「……ストレート」
「……巨乳」
ぼそっと、郁乃と平田が呟き合い、2人してにっこりと笑みを浮かべる。
なんという醜い争いなのでしょう。
こうしてなんやかんやと一悶着あった朝を終えることとなった。
幼馴染といえば悪友系幼馴染っていいよね。
どうも。幼馴染マイスターの青春詭弁です。
冒頭にもありますがら、悪友系幼馴染っていいよね。これはパターン的に、昔からずっと仲が良いパターンで、主人公に自分の恋心が伝わらず負けヒロインになりやすい儚い立ち位置にいます。
もう可愛いですね。
悪友系幼馴染のいいところは主人公との距離が近いから、めちゃくちゃプライベートな話までできるって点なんですよね。初っ端から友達以上恋人未満的な。
だから僕はアマガミの薫が好きです。