八話 尾ヒレ
「……いや、なんで今罵倒された?」
女って急に怒るから訳が分からん。
とにかく、郁乃に追いつくために小走りする。
ふと、途中で郁乃が立ち止まった。
郁乃に追いつくと、彼女の前に人が立っていた。体格のいい同い年くらいのイケメン男だった。ここらで同い年となれば、琴吹学園の生徒だろう。
男の隣にはギャルっぽい見た目をした女子が、2人並んでいる。ギャルっぽいというのは、いわゆる東京にいるような現代ギャルではなく、一昔前に流行っていたガングロギャルだったからだ。
ここ田舎だから、流行が遅いのかもしれないなあ……と俺は半笑いを浮かべる。
「よぉ……郁乃。こんなところで会うなんざ奇遇だなぁ」
「ええ、そうですね的場くん。それじゃあ、私は用があるのでこれで」
「まあ、待てよ……」
的場と呼ばれた男は、横を通り過ぎようとした郁乃の肩を掴んだ。
郁乃はキッと、的場を鋭く睨む。
「……気安く触らないでください」
「くっくっくっ……いいねぇその目。やっぱり、お前は良い女だなぁ……。なぁ、やっぱり俺と付き合おうぜ?」
「お断りです。あなたのような節操のない人。タイプじゃないので」
郁乃は肩に触れる的場の手を振り払い、両隣にいる女子に目を向ける。女子2人はムッとして唇を尖らせる。
「わーこいつマジ生意気なんですけどー」
「亮介、マジやっちゃってよ〜」
と、前時代ギャル2人は的場にそう言った。流れ的に、亮介というのは的場の名前だろうか。
「まあ、いいじゃねぇか。俺はこういう気が強い女がよがるのが好きなんだよなぁ」
的場はそう言って、おもむろに郁乃の頭に手を伸ばす。その瞬間――俺は口を開いた。
「おい、触るな」
別に意識していなかったが、無意識にドスの利いた声が出てしまった。
的場はやや肩をビクッと震わせると、ようやくそこで俺の存在に気づいたのか視線を下に向けた。
「な、なんだお前……って――こ、小藤翔太っ……!?」
的場は俺を見るなり、無駄にでかい体を硬直させて後ずさった。それはギャル擬きも同じで、俺を見て目尻に涙を溜めている。
「ひっ、ひいいい!? あの……殺した100人の血を啜り、生首を部屋に飾ってるって噂の!?」
「あ、あの……警察も手に負えなかったヤクザグループを1人で壊滅させたっていう!?」
なんだろう……俺の噂に尾ヒレがつきまくっている。
全く身に覚えがないんだが。俺、そんな化物じゃないんですけど。
ま、まあいいや……これはこれで活用させてもらおう。
俺は咳払いして、わざとらしく声を低くする。
「おい……俺を怒らせたらどうなるか……分かってんだろうなぁ!?」
「ひ、ひいいい!? ご、ごめんなさいごめんなさい!」
的場はガクガクと脚を震えさせると、とにかく頭を下げてきた。俺は、「分かったらさっさと失せろ! でないとお前の金玉潰すぞ!」と言ったら、脱兎の如く逃げていった。
女子2人も一緒になって逃げていく。残ったのは、周囲の痛々しい視線と、呆然としている郁乃からの視線である。
振り返って郁乃に目を向けると、彼女はパチクリと瞬きを繰り返していた。やがて、脳の理解が追いついたように口を開く。
「……今の話、本当ですか?」
「そんなわけないだろ……」
郁乃は「ですよね」と安堵の息を吐いた。それはそれでムカついたが、まあいいや……。
「ふふ……あの的場くんが尻尾巻いて逃げる姿なんて初めて見ました」
「ああいうの……よくあるのか?」
「まあ……モテますから」
さすがにあれを見た後だと、嫌味にも聞こえないな。
俺は肩を竦める。すると、郁乃は俺の方を見つめてきた。
「……あの。ありがとうございました……助けてくれて。しかし、なぜ助けてくれたのですか? 結果的に、あなたの悪評のおかげで大事にならんかったからよかったものの……あのまま無視しても、私は恨みませんでしたよ?」
彼女は、そんなことをのたまった。
俺は半眼で郁乃を一瞥し、今度は俺が彼女よりも先に歩き始める。
「まあ、お前なら1人でもどうにかこうにかできるんだろうし、余計なお世話なのかもしんないけどさ。あまり俺をバカにすんな。これでも俺は男だ。困ってる女の子がいたら誰であろうが助けるよ。あと、個人的にあの手の輩は嫌いだしな」
的場を見ていると、朱音を襲った男を思い出してイライラする。
朱音のことがなくても、ああいう連中は好きじゃなかったが、朱音の一件以来より嫌いになった。絶滅すればいいのにと思う。
郁乃はしばらくその場で立ち尽くしていたようだが、やがて俺の隣まで走り寄ってくると、小声で呟いた。
「……困っている子がいたら誰であろうと助ける……昔から変わりませんね」
「ん? なにか言ったか?」
「別になんでも……でも、本当に余計なお世話にでしたよ。的場くん程度、私1人で問題ありません
「そうだろうけどさ……お前、髪触られそうになってただろ? 嫌だろ、触られるの」
「あ……」
俺がそう言うと、郁乃は頬を真っ赤に染めて目を見開く。そして、ぷいっとそっぽ向いたかと思えば、スタスタと歩き出してしまった。
よく分からないが、さっきよりも郁乃が足取りが軽やかに見える。なんだか機嫌が良さそうだなと、俺は微笑するのだった。
可愛いな 幼馴染は 可愛いな
どうも青春詭弁です。
今回は、幼馴染御三家の最後――草タイプですね。
草タイプといえば、天然ゆるふわ幼馴染ですね。天然ですからね。自然のものなので、草タイプですね。
天然ゆるふわ幼馴染は母性の塊ですからね。私を永遠と甘やかしてダメ人間にしてくれる幼馴染ですよね。