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六話 幼馴染


 日曜の朝は、休日というのもあってか布団から起きるのが億劫になる。俺は、休日は昼まで寝ていることが多い。


 普段、朱音が昼まで寝ていると叩き起こすくせに、我ながらやはり兄妹ということなのだろう。朱音も俺も、ぐーすかといびきをかいて寝ていた。


 来客でもなければ、このままお昼までは起きないのだが――ピンポーンとインターホンが鳴らされてしまったからには出なければなるまい。


「んー……お兄ちゃーん。誰が来たー」


「アーちゃんが出てくれー」


「お兄ちゃんの方が近いじゃん……それに、アーちゃん人見知りだしー。宗教勧誘だったら、入信しちゃうよ」


「……」


 なんて説得力だろう……仕方ない。


 もぞもぞと、布団から起き上がった俺は、寝ぼけた頭で玄関を開ける。すると、玄関先に回覧板を持った志穂子さんが待っていた。


「おはよー! 翔太くん!」


「あ……おはようございます……なんすか」


「回覧板を持って来たのよ〜」


「郵便受けに入れてくれれば……」


「翔太くんのことだから、日曜日はお昼まで寝てるかな〜って思ってね?」


 分かっているなら起こさないで欲しかったと、俺は目で抗議する。しかし、志穂子さんはまったく気づいていないのか、俺の抗議を無視して続けた。


「あらあら〜見ない間に、随分とお部屋が綺麗になったのね〜」


「え、まあ……そうですね。いつまでも汚いのもあれですし」


「うんうん……! 偉いわね〜。それに、少しだけ顔色もいいみたいね?」


 そう指摘されるも、俺は自覚がなかったので、「はあ……」と生返事しかできなかった。


 昨晩は、いつもの暗黒物質ではなく、久方ぶりに真面な食事をしたからだろうか。毒島に感謝だな。


「うふふ〜どう? ここの生活にはもう慣れたかしら?」


「まあ、ぼちぼちですかね」


「それはよかったわ〜。あ、そういえば、もうあの子には会ったかしら?」


「へ? あの子?」


 はて、なんのことだろうと俺が首を傾げると、志穂子は「あら?」と困った笑みを浮かべた。


「覚えてないかしら? ほら、翔太くん……小学生のころ、夏休みに1ヶ月だけこっちに来てた時があったじゃない?」


「……あーうっすらと、思い出しました。今」


 そういえば、そんなこともあったな。

 両親が遅めのハネムーンとかで、親戚の志穂子さんのところに預けられていたことがあった。


 たしかに、1ヶ月だけではあったが、この町で過ごした記憶がある。もちろん、その時は朱音も一緒にいて、よくどこかへ遊びに行っていた。


「うふふ……まあ、昔のことだものね。覚えてるかしら? その時、とっても仲良くしてた女の子がいたのよ?」


「へえ……」


「おばさんも名前は思い出せないんだけど……たしか、ちょっとぽっちゃりとしてて、まんまるのお顔が可愛い女の子だったわ〜」


「まんまる……」


 まったく思い出せない。

 ただ、なんとなく朱音と俺に加えて、誰かと遊んでいたのは覚えている。


 しかし、はっきりと思い出せず、俺は首を横に振る。

 志穂子さんは、「あらー」と苦笑した。


「そうねえ……そういえば、写真があったような……写真を見れば思い出すかもしれないわね! ちょっとおばさん探すから! 見つかったら、持ってくるわね!」


「え、あ、ちょっと……!」


 志穂子さんは俺の制止も聞かず、パタパタと走り去ってしまった。俺も気にならないわけではないが、所詮は昔のこと。わざわざ、志穂子の手を煩わせるというのは気が引けたのだが……本人がやる気なら別にいいかと、俺は肩を竦めた。


「……まんまるか。そういえば、いたな……」


 期間としては、1ヶ月だけではあったが、随分と仲良くしていた記憶があった。いわゆる、幼馴染というやつで、顔も名前もボヤけてしまっているものの、そういう相手がいたのはたしかだ。


「元気にしてんのかな……」


「なにがですか?」


「うおっ!?」


 俺は突然、声をかけられて飛び上がる。

 声の方に目を向けると、カジュアルな部屋着姿の毒島が、開けた玄関の隙間から顔を覗かせていた。


「び、びっくりした……なにしてんだ?」


「いえ、話し声が聞こえたので。昔、ここに住んでいたことがあったのですか?」


「聞こえてたか。まあ、1ヶ月だけな。両親のハネムーンで、志穂子さんのとこで厄介になってたんだ」


 毒島は玄関から外に出て、玄関を背に立つ。彼女の手には、牛乳パックが握られており、パックの口に挿してあるストローから牛乳を吸い出し一口飲んだ。


「そうなのですか……私と同じですね」


「同じ……?」


「ええ。あなたとは事情が異なりますけど……私も、1年だけここに住んでいたのです。まあ、紆余曲折があって、東京の方に引っ越すことになったのですが……昨年から、またこの町に引っ越して来たのです」


「へえ……一人暮らしだよな。すごいな。掃除も料理もできて」


「別に……昔から家事はやっていたので」


「そっか」


 ズズッと、そこで毒島が飲んでいた牛乳パックから音が鳴る。中身がなくなったのだろう。

 毒島は牛乳パックを飲んでいた手を下ろし、懐かしげな表情で微笑んだ。


「ふふ……懐かしいですね。昔、よく遊んでいた男の子がいたのです」


 そう語る俺女の顔は、幼少の話を懐かしむようなものではなく、恋する少女のものであった。

 普段、学校では澄ました顔をしている俺女の知られざる一面に、俺はそんな顔もするのかと、呆気に取られた。


「好きだったのか?」


「……なぜそう思うのです?」


「そんな顔してたから」


「そうですね。初恋でしたよ」


 そう俺女は朗らかに笑った。

 本当に好きだったのだろう。


「そうか……」


「なんですか? 残念そうな顔をしていますが……もしかして、あなたは私のことが好きなのですか?」


「自意識過剰過ぎだろ……可愛いのは認めるけど、誰でも容姿だけで好きになるとは思うなよ? 俺にとって一番可愛いのは、アーちゃんだからな」


「そうですか」


 毒島は肩を竦めると、少し冷えるのか来ていたパーカーに首を埋める。


「朝は冷えますね……」


「もう10月も半ばだからな」


「今日は鍋にしましょうか」


「ほほう? 俺は鍋に関して一家言あるぜ?」


「どの口が言っているのですか。暗黒物質製造機のくせに」


 クスクスと、毒島は俺が気にしていることを嘲笑った。

 このアマ……今に見ていろよ。いつか妹に、「先輩よりお兄ちゃんの料理の方がおいしい!」と言わせてやる……その時の、毒島が浮かべるほえ面が楽しみだ。


 だから、今はその時まで仕方なく、朱音の胃袋は毒島にくれてやるとしよう。あくまでも仕方なくだ。仕方なく。


 俺が内心で負け惜しみをしていると、毒島が俺の顔を下から覗き込むように見ているのに気づいた。


「な、なんだよ?」


「あーいえ、なんでも。少し……似ているなと」


「は? なにに」


「多分、気のせいなので気にしないでください」


 そう言われるとむしろ気になるが――本人が話したがらないので、聞くだけ無駄だろう。俺は釈然としないまま納得した。それから、俺たちの間に沈黙が訪れる。


 秋口の冷たい朝風が頬を撫で、穏やかな時間が流れる。清涼感のある朝の空気は、都会では味わえない。ここは田舎の良いところだろう。


 しばらくして、その沈黙を毒島が破った。


「そういえば、朱音さんのことなんですけど。昨日、見つけたいかがわしいい雑誌なのですが……あれは一体どういうことなのですか?」


 なにを聞いてくるのかと思えば、また答え難いことを……。

 俺は髪を撫でて、ぽつぽつと雲が浮かぶ天を仰いだ。


「毒島に見られたのが恥ずかしくて、俺がアーちゃんに頼んだ。本当は俺のだよ」


「それが嘘であることくらいは分かります。まあ、言いたくないなら……無理に聞くつもりはありませんが……」


「なら、聞かないでくれ。これは――アーちゃんのプライベートに関わることだからな」


 俺がそう言うと、毒島は「それならもう聞きません」と頷いた。


「というか、苗字で呼ばないでください」


「バレたか……じゃあ、どうしろと」


「……名前でいいじゃないですか。私も名前で呼んでいますし」


 毒島は言いながら、どこかムスッとしている。苗字で呼んだから機嫌が悪くなったのだろう。

 参ったな……。


「そんなこと言われても……同級生の女子を名前で呼ぶのって恥ずかしいだろ……」


 俺が恥を忍んでありのままを伝えると――毒島は目を瞬き、真顔で言った。


「は? なに中学生みたいなこと言ってるんですか? ああ、ごめんなさい」


「おい貴様この野郎……今、俺の頭の上を見ながら謝罪した理由を聞かせてもらうか?」


「そんな酷いこと言えません」


「気を遣うなら最後までしろよ!」


 なんて女だ。この女、暗に俺の身長が低いことをバカにしやがった!


 よしならば戦争だ……!


「……もんじゃ焼き頭」


「……チワワ」


 チワワは悪口じゃないだろ……。


 多分、俺の背が低いことを暗に示しているのだろうが、ぶっちゃけたいしたダメージはない。


 だから、その「ふふん」って勝ち誇った笑みを浮かべるのはやめろ。うざみが増すから。


 俺は負け惜しみとばかりにそっぽ向いた。


「……ふんっ。学校でも、その調子でいれば友達もできるんじゃないか?」


「いやですよ。男子は、話しかけただけで勘違いしますし。女子は嫉妬深くてかないません。1人の方が気楽でいいです」


「人気者は大変だな」


「他人事みたいに言いますね」


「他人事だからな」


 俺がそう言うと、毒島は口を尖らせてムスッとする。

 俺にどうしろと……。


「はあ……冷えてきたので部屋に戻ります」


「おう、また後で」


「ええ、また」


 俺は部屋に戻る毒島を見送り、自分も部屋へ戻る。

 すっかり目も覚めてしまったし、朱音も叩き起こしてやろうと思い立った。


「さあ、アーちゃん朝からだぞー。起きろー」


「にゅーん……あと、24時間〜」


「寝すぎだろ……」


 どれだけ寝れば気が済むんだこのダメ妹。

 俺は髪を撫でて、仕方ないと肩を竦めると、妹の掛け布団をおもむろに取っ払った。


 朱音は掛け布団を奪われ、布団の上で体を小さくさせて寒そうにくしゃみする。


「くしゅんっ……うぅ……しゃむい……お兄ちゃーん、布団……」


「お兄ちゃんは布団じゃありません……おい、寝るな起きろ。プニキュアの時間だぞ」


「今日は日曜日だからプニキュアやってねぇよバカかよ体が小さいから脳まで小さくて記憶力なくなってんのかよプニキュア全話見返して号泣してから出直してこいよバカ兄貴……ぐうぐう……すやすや」


「……」


 こいつぶっ飛ばしていいかな……。

 俺はうっかり出かけた拳を引っ込め、部屋のカーテンを開け放つ。


 暗かった室内に陽光が差し込み、日の光が苦手な朱音は寝心地悪そうに身動ぎする。それでも、先ほど取っ払った掛け布団を手繰り寄せ、その中に潜り込んで再び寝息を立て始める。


 仕方ない。

 俺は最終手段を使うことにした。


 部屋を出て、お隣の毒島を呼び出す。

 玄関を開けた毒島は、困惑した顔で俺を見た。


「えっと、どうかしましたか?」


「アーちゃんがなかなか起きないから、起こすの手伝ってくれ」


「……」


 毒島は呆れたように大きなため息を吐いた。


幼馴染について本格的に論文を出そうか迷っています。

どうも青春詭弁です。


ところで、幼馴染にはさまざまなタイプが存在しますが、みなさんにはポケモンでいうところの御三家――幼馴染王道3タイプをご紹介します。


まずは、炎タイプのツンデレ幼馴染。


いやぁ、王道ですねぇ。こいつ絶対料理下手ですよ。炎タイプですからね。よくて木炭、最悪暗黒物質を創造します。


それでは、次回は水タイプをご紹介します。お楽しみに!

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