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四話 買い出し


 掃除が終わったのは、時計の針が5時を迎えたころだった。床に散乱していた物は綺麗に片づき、足の踏み場もなかった部屋は、すっかり様変わりした。


「いやあ……綺麗になるもんだな」


「今後は、脱いだらちゃんと洗濯してタンスにしまう。読んだ本は一箇所にまとめる……と、言ってもキリがありませんね。とにかく、もう部屋を汚さないようにするんですよ?」


「善処する」


「……」


 俺の返答が気に食わなかったようで、毒島は不満を訴える視線を俺に送る。

 ちなみに、朱音だが……普段ほとんど運動などしないものだから、完全に体力を使い果たしたみたいで、洋室の床で大の字になっていた。


「ふええー疲れたよー。アーちゃん、もう一生分働いたぜ……この先の人生は、一生お兄ちゃんの脛をかじって生きていくぜ……」


「貴様この野郎……」


「ああーん、お腹減ったよー! お兄ちゃん、ご飯!」


 こいつ……!


 無性に腹が立ったが、ここで怒っても意味はない。この妹はこうなってしまうと、俺が甘やかすまで絶対に動こうとはしない。下手をすると、おしっこもここで漏らすレベルで動かない。

 ここは落ち着いて、大人の対応をするべきだ。


 朱音はそう…俺がいなければ、まともに生きていくことのできない要介護引きこもり少女なのだ。この程度、いつものこと……可愛いものだ。

 俺はそう自分に言い聞かせ、プリン色の髪を撫でた。


「じゃあ、なんか作るか」


「えーやだーお兄ちゃんのご飯まずいんだもん!」


「まだ練習中なんだよ! 我慢しろよ!」


「暗黒物質なんて我慢しても食えるもんじゃないやい!」


「ちょ……ちょっと、2人とも。喧嘩はやめてください……騒がしくてかないません」


 毒島は頭が痛いのか、額を抑えて朱音と俺を交互に見る。その目は、ダメな人間を見る目で……はあっと、本日数十回目くらいのため息が吐かれた。


「分かりました……私が、夕食も作ってあげますから……もう……」


「えー! 本当ですかー!? やったー! うえ〜い!」


 朱音は先ほどまで倒れていたのが嘘のように、それほど広くもない洋室の中で踊り回る。


 このダメ妹め――!

 と、憤る気を抑えつつ、俺は毒島に目を向けた。


「……それはまあ、俺もアーちゃんもありがたいけど。お前はいいのか?」


「……別に。なんというか、お2人を見ていると心配で心配で……放っておけないんですよ」


「お前、もしかしてお人好しか?」


「殴りますよ……」


 こ、怖い……。

 俺は降参の意を示して両手を挙げる。

 毒島は半眼で俺を睨み、やはりため息を吐く。


「はあ……それで、材料は?」


「昨日、失敗してかなり材料使ったからないな……」


「……はあ」


 毒島が事あるごとにため息を吐くものだから、小藤家の空気中にあった幸せは全てどこかへ消えてしまったかもしれない。


 彼女は今日だけで一生分のため息を吐いたと思えるくらい、とにかくため息を吐いた。どう考えても、ため息の原因は俺と朱音なんだろうなー。


 やーすみませんね。いろいろと。



「別に、買い出しくらい私一人でも構いませんよ」


「それはさすがに……掃除を手伝ってもらった挙句、飯まで作ってくれるっていうのに、買い出しまで行かせるほど人間は廃っちゃいないからな」


 夕暮れ時の町には、夕飯の買い出しに来ていた主婦たちが闊歩していた。田舎らしい駄菓子屋は、閉店なのか店のシャッターを下ろしている。


 俺と毒島は商店街に足を運び、肉や野菜を買い物袋に詰め込んでいく。


「この材料……さては、カレーだな?」


「ハズレです」


 ハズレだった。


 商店街には、人が多いものの琴吹学園の生徒は見当たらない。うっかり、毒島と並んで歩いているところを、学園の生徒にでも見られると変な噂が立ちかねない。


 だが、毒島はその辺りのことを、まったく気にしていなかった。


「別に、勘違いしてくれるのなら余計な虫がつきませんから」


「それはそれで、俺に因縁吹っかけられるだろ……」


「大丈夫でしょう。あなた、学校で恐れられているみたいですし」


 毒島が言っているのは、前科のことだろう。たしかに、前科を持っている犯罪者が同級生だったら、俺も絶対に近寄らない。まあ、前科持ってるの俺なんですけどね。


 もしも、志穂子さんの旦那さんが、琴吹学園高校の理事長でなければ、学校側が俺を受け入れることは本来ありえないことだ。


 俺は、あらためて自分の幸運と志穂子さんに感謝する。


 それから、俺と毒島は無言で商店街を歩き、時折食材の相談をしながら夕飯の材料を揃える。粗方材料が揃うと、俺たちは終始無言のまま帰路に立った。


 もとより、交流は今までなかったのだし、お隣さんというだけで仲も良くない。

 片や、学園の人気者。片や、学園の嫌われ者。


 まったく、正反対な俺たちに共通の話題などないし、どちらも積極的に、コミュニケーションを取るタイプではなかった。

 このままアパートに帰ることになるんだろうなと思った矢先……意外なことに、毒島が口を開いた。


「聞いてもいいでしょうか」


「ん? なに?」


「前科のうわさ……あれは本当なのですか。今日のあなたを見ていて、うわさ通りの人物には思えなかったもので……妹さんを監禁しているとか、家庭内暴力とか……そういうもの考えられないくらい、仲が良さそうでした」


「本当だと思うか?」


「……どうでしょう。少なくとも、うわさ通りの人ではないかと。小さいですし」


「俺の身長は関係ないよな!? まあ、うわさを鵜呑みにしないでくれるのはありがたいけど。俺が犯罪者ってのは本当のことだよ」


 嘘を言ったところで、毒島には見抜かれるだろうし、別に偽るつもりもない。だから、ただ事実だけを口にした。


 毒島はチラッと、隣を歩く俺を一瞥する。俺も毒島を見ていたので、必然的に毒島の切れ長な瞳と目が合った。


「……なぜですか? うわさでは、暴力を振るったと」


「そうだな。金玉を蹴り上げてやった」


「きんたま……」


 毒島の艶やかな口から、卑猥な単語が発せられ、俺はドキリとしてしまう。

 まさか美少女から、「きんたま」なんてフレーズが聞けるとは……なんか得した気分。


「ま、まあ……あれだ。むしゃくしゃしててな。無差別に金玉蹴り上げて、捕まったんだよ。『無差別金玉蹴り上げ通り魔事件』って呼ばれてた」


「むさべつきんたまけりあげ……」


 おいおい「きんたま」のお買い得セールかよ。めっちゃ「きんたま」って言うんじゃん。ありがとうございます。


 毒島は、ジト目を俺に向けるが……やがて、興味がなくなったのか視線を前に戻した。


「よく分かりませんが……あなた、変な人ですね」


「それ師匠に言われたくないんだけど」


「……ししょう」


 毒島は、師匠という呼ばれ方が好ましくないらしい。苦い物を口にしたような表情で、目を伏せた。


「あの……その師匠というの、やはりやめませんか」


「やっぱり、気に食わないのか? 我がままなやつだな……じゃあ、毒島?」


「だから、苗字で呼ばないでください。ぶっ飛ばしますよ」


「めっちゃ怒るじゃん……なんでダメなんだよ」


「それは……」


 理由を尋ねると、毒島はあからさまに言い淀んだ。明らかになにかあると言っているようなものだ。


 俺は、「俺ばっかり答えて不公平だ」と抗議する。すると、観念したのか彼女はゆっくりと答えた。


「……昔、名前のことでいじめられていたので、好きじゃないんです。苗字を呼ばれると、昔のことを思い出してしまいますし……」


「それで嫌なのか……というか、あの学園のアイドルがいじめられてたってマジか。意外だな」


「でしょうね」


 毒島は自分の容姿が、他人からどういう風に見られているのか理解しているようだった。


 その姿が鼻につくというわけでもなく、俺は横目で俺女を盗み見て感心する。同時に、自分とは別世界の住人が、似たような境遇を体験していたと聞き、妙な親近感が湧いてきた。


「あー俺も小学生のころ、いじめられてたなー。チビ野郎とか、ショタちゃんとかって」


「……いじめられていたというより、いじられていたのでは? 実際、小さいわけですし」


「小さくないが!? お、お前……次に、小さいって言ったら怒るぞ!?」


「翔太くんも、クセ毛をいじったではありませんか」


「え、なに……クセ毛、結構気にしてるのか……?」


 たしかに、毒島の髪は変なクセがついているものの、それほどおかしくはない。むしろ、クールな彼女には可愛らしい髪型で、ギャップがあっていいと思う。


 とくに前髪は、先端がクルンッと跳ねており、とても可愛らしいのだが……本人的には、これがコンプレックスなのだとか。


「というか、それ自分でセットしてるのかと思ってたわ……」


「これは朝早起きして、とても長い時間をかけて整えて、やっとこのレベルに落ち着かせているのです……。小学校のころのあだ名は、メデューサでした」


「めでゅーさ……」


 なにそれ見てみたい。

 俺の興味は、毒島のメデューサへと向けられるが、ぜったいに見せてはくれないだろう。


 しかし、メデューサ……メデューサか……ぷっ。

 俺は思わず吹き出した。毒島は、それで一気に不機嫌になる。


「……わ、笑いましたね。私の髪を見て、今明らかに嘲笑いましたね……?」


「い、いや、だって……ぷっ、メデューサは面白すぎるだろ」


「…………チビ」


 意趣返しのつもりか――毒島が喧嘩を売ってきた!


「チビじゃないが!? 貴様この野郎! 一度ならず二度までも! このメデューサめ!」


「なっ……む、昔のあだ名で呼びましたね!? だいたい、先に吹っかけてきたのはショタくんの方でしょう!」


「ショタじゃないですけど!? つーけ、先に昔のあだ名で呼んだのはお前だろ!」


 それからは、不毛な争いだった。

 チビやらメデューサやら――途中から、どこか大喜利染みた悪口合戦へと発展。


 そして、アパートに着いたころには、2人とも疲弊しきっていた。

 朱音は俺たちを見て、ただ困惑気味に首を傾げた。


「ど、どうしたのさ……お兄ちゃん……」


「こ、この……タコ足配線女が……!」


「なっ……あ、あなたが発端でしょう……このミーアキャット……!」


 おい、ミーアキャットは別に悪口じゃないだろ……ミーアキャットに謝れ!


 ミーアキャットが、はたして悪口なのかどうかはさておき。朱音は、俺たちがくだらないことで喧嘩していることを知って、乾いた笑みを浮かべた。

幼馴染が負けヒロイン?

貴様この野郎!


どうも青春詭弁です。


ところで、幼馴染には二種類のパターンがあるんですよ。


昔から現在までずっと仲良しなパターン

昔は仲良かったけど途中で疎遠になるパターン


どっちがいいとかって話じゃないんですけも、前者のパターンって負けヒロインなこと多いですよね。

後者はハーレムでよく見かけるので、負けも勝ちもない。


まあ、どのパターンでも幼馴染は幼馴染。僕は幼馴染が好きなんですよ。┌(┌^o^)┐オサナナジミィ……

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