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三十一話 再会

「お前は……俺が昔会ってた男の子って、いつ気づいたんだ?」


 俺は手で顔を覆い隠す郁乃に、そう尋ねた。

 彼女は指の隙間から目だけを見せて、俺のようすを窺う。


「……私も最初は、まったく気づきませんでした。あなたとは、長い間一緒にいたわけではありませんし……」


「まあ、たかだか1ヶ月だもんな……」


「ただ……あなたの顔も声もうろ覚えではありますけど、あなたとの思い出は、ずっと覚えていました」


 郁乃は俺や朱音に接しているうち、そんな昔の思い出をツラツラと思い出していたのだという。


 そして、しばらくして「もしかしたら……」が彼女の中で、確信に変わったそうだ。


「思い出したなら、言ってくれればよかったのに」


「そんなこと……だって、翔太くんは覚えてなさそうでしたし……恥ずかしいじゃないですか。二重の意味で」


 昔の女の子が自分だということと、太っていた頃の自分を知られるのが……という意味だろうか。たしかに、そう言われると、昔の郁乃に比べて、随分と容姿が変わったというか。


「ぶっちゃけ、お前のことを覚えてたとしても、今のお前と昔のお前を紐づけるのは無理だろ。全然似てないし。ダイエットでもしたのか?」


 そう聞くと、今度はギロッと睨まれた。


「デリカシーのない質問ですね……まあ、今更ですか」


「その諦め方に苛立ちを覚えるな……」


「翔太くんの言う通りですよ。ダイエットしたんです……あなたは、昔のことをどれくらい覚えていますか?」


「えっと……」


 俺のようすを見て、郁乃は「まったく……」とどこか不貞腐れた顔で、頬を膨らませた。


「私にとっては、劇的で、刺激的な思い出だったのですが……」


「すまん……」


 これには素直に謝るしかないと頭を下げる。すると、彼女はクスクスと笑い、「別にいいんですよ」と微笑んだ。


「そうですね……もう10年も前ですか。あなたと会ったのは……ちょうど、私がいじめられていた時のことです」


 郁乃は懐かしむように、夕焼け空を仰ぎ、スッと目を細めた。ふいに、そよ風が吹き、彼女の髪が僅かに流れる。


「ご存知の通り、ワカメみたいなクセ毛で、太っていてブサイクだった私は、クラスの子からいじめられていました。名前が毒島だったこともあって、『ブス』だとか『メデューサ』だとか……そんな感じの、よくあるいじめでした」


「それで苗字が嫌いだって言ってたのか」


「ええ。それで、そんな時に私は翔太くんに出会ったのです」


 出会いはそう……夏の虫が忙しなく鳴いていた季節。

 公園で、複数人に囲まれて、泥を投げつけられていた少女と出会った。ワカメ頭で太っていた頃の、子供の頃の郁乃に。


「翔太くんは、泥を投げつけられていた私の前に立って、私を助けてくれたんです」


「……」


 思い出した。

 たしかに、そんなことがあった。


「それから、私は翔太くんとよく遊ぶようになって……けれど、あなたとはすぐにお別れになってしまいました。私も一度転校してここを離れたのですが、中学でもいじめられました。きっと、あなたとの出会いがなければ……私は挫けていたでしょうね……。小さくても、私を助けてくれたあなたと出会わなければ、きっと変わろうとは思いませんでした。私は……あなたと出会ったから、自分を変えようと思ったのです。私をブスだデブだとバカにする、周りの人間を見返してやろうって……」


 ダイエットや化粧を覚え、美容に関する努力をした。さらに、勉強もスポーツも……そうして、彼女は生まれ変わり、今の地位を確立したのだという。


「正直、生まれ変わってすぐ、私をいじめていた人たちが手のひら返しをした時は戦慄しました。人間って、こんなにも愚かなんだなと……以来、人を信用できなくなりました」


「だから、お前って他人に冷たいんだな」


「ええ、まあ……。中学を卒業した後、もしかしたらまたあなたに会えるかもしれないと、両親の反対を押し切って、この町の高校を受験してみました。まさか、前科を持って転校してくるとは思いませんでしたが……」


「それは俺もだよ……」


 俺がそう言って苦笑すると、郁乃は酷く真剣な眼差しで俺を射抜いた。


「もうここまで話してしまったわけですし……その……勢い余って言ってしまうことにするのですが……」


「お、おう? なんだ?」


 その時、場に妙な緊張感が生まれた。

 郁乃は顔を赤らめて、もじもじとし始める。そして、意を決したようすで、彼女は口を開いた。


「その……私は、昔助けたもらったあの時から、あなたのことが好きでした。つ、付き合ってもらえ……ませんか?」


「え?」


 突然のことで、俺の脳がフリーズした。

 付き合う……?


 郁乃を見ると、顔が沸騰しそうなくらい真っ赤であった。耳まで赤くなっていて、今にも爆発してしまいそうなほどだ。それくらい、恥ずかしかったのだろう。


「えっと……それって、男女の関係とか、そう言う意味……なんだよな……?」


「は、はい……」


「……」


 ドッキリとかじゃないらしい。

 そもそも、そんなことをするやつでもないだろう。

 俺はふっと息を吐き、真面目に考える。

 

「えーっとだな……どうして俺……なんだ? 俺、背は低いし、器は小さいし、かっこよくもないだろ……?」


「なにを今更……いつもは、小さいとか言うと怒るのに」


「自分で言うのはいいんだよ」


「器が小さいですね」


「小さくないが!?」


「ふふ……そういうところも含めて、好きなんですよ。あなたのことが。それに、翔太くんはかっこいいです。外見とかじゃないんです……あなたが私を助けてくれた時とか、陳腐な物言いですが、そういう心のかっこよさと言いますか……」


 そう言われると、なんだかこそばゆい気持ちになってくる。


「で、でもいいのか? 俺、料理とか家事できないぞ?」


「知ってますが……」


「あ、そうですか……あ、あと、俺と付き合うってことは、漏れなく朱音が付いてくるぞ?」


「ハッピーセットですね。私、朱音さんのこと好きですし」


「あ……そうですか……」


 ふと、俺はなんでこんな言い訳じみたことを言っているのか、疑問に思った。


 おそらく、俺は郁乃に見合う人間じゃない。だから、彼女に見合わない部分を曝け出して、粗探ししているのだろう。


 だって俺は――。


「なあ、郁乃……俺は犯罪者なんだ。どんな理由があれ。前科持ちの。このレッテルは一生消えない。お前にも付き纏うかもしれないんだぞ」


 そうだ。俺のレッテルはどこでも付き纏う。いい大学に入って、いい企業に……なんて考えていたけれど、俺を受け入れてくれる場所が、本当にあるのか。


 俺は今まで考えないようにしていたけれど、周りの人間に比べてずっと大きなハンデを抱えている。


 そんな俺と付き合うということがどういうことか……郁乃みたいな頭のいい人間に分からないはずがない、


 郁乃は俺の言葉に対し、「愚問ですね」と口を開いた。


「私は……そんなあなたも含めて好きなのですよ」

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