二十九話 結果
※
後半残り1分。
誰が出ようと覆らない点差だ。逆転など、誰も期待していない。
なら、俺が足を引っ張ろうがなにしようが、もうどうでもいい。
俺は久方振りのコートに、大きく深呼吸する。
ボールはうちのクラスから。
ゴール下からボールがパスされ、ゲームが再開。
うまくパスを回して、相手ディフェンスを掻い潜ろうとするも、素人とプロみたいなもので、俺にパスが回るタイミングでスティール。
そのまま相手の速攻で点が決められてしまう。
この時点で残り30秒。
「……」
俺はふうっと息を吐く。
うん……まずい。このままだと、郁乃があの訳の分からないイケメンのものになってしまう。
それは――。
「絶対に……いやだ……!」
別に郁乃のことが好きとかなんとかは、この際は置いておいてだ。単純に、ぽっと出の男と郁乃が仮に付き合うという姿を想像したら、いてもたってもいられない気持ちになる。
しゃくにさわる。
俺はボールを持っているクラスメイトに向かって、
「次、俺にパスしてくれ」
と要求。
試合が始まると、そのクラスメイトは半ばヤケクソ気味に、俺へとパス。
瞬間――電気が体を駆け抜ける感じがした。
ボールを手にした刹那、まるでスイッチが入ったかのように、全身の感覚が研ぎ澄まされるのが分かる。
そう……そうだ。
この手に馴染むボールの大きさと重み。皮の匂い。ザラザラな手触り。
俺がそうやって懐かしさに浸っていると、再びボールを奪おうと、相手チームの1人が俺に迫ってきているのが、視界の端に見えた。
俺は左足を軸にして体を反転。そいつが突っ込んできたのをヒラリとかわし、そのまま床を蹴ると同時に、ボールを地面についた。
キュッと体育館シューズが音を鳴らし、ボールの跳ねる音がこだまする。
そのままコートの端からセンターラインまでドリブルしていると、目の前に2枚の高い壁が現れる。
現役バスケ部のレギャラーだけあって、俺よりも遥かに身長が高い。
しかし……隙だらけだ。
「っ!」
俺はドリブルで2人を翻弄。
結果として、2人とも俺のボールを取ろうとしてバランスを崩してしまい、俺が身を翻して2人を抜いても反応できずにいた。
これで3人。残り2人。
続いて現れたのは1人。これも左右にフェイントをかけて、ターンして抜き去る。
残り1人。
後ろからドタバタと俺を追ってくる足音がする。
目の前には最後の1人……もっとも背の高い男子生徒が、ゴール下で待ち構えている。
これだと、外からゴールを決めなければならない。
内側からゴールを狙っても、俺の身長では覆い被されてしまう。しかし、右手でシュートしたところで、絶対に入らないのは目に見えている。
残り時間は5秒。
これで点を入れられなければ終わり――。
だから、俺は確実に点を入れられる方法を取ることにした。
「え?」
と言ったのは、ゴール下で俺を待ち構えていた男子生徒だった。
仮に俺がその男子生徒なら、同じように間抜けな顔でもしていただろう。
なぜなら、自分よりも背の低い人間が……まさか自分の頭上をジャンプして飛び越えるなんて、誰も予想がつかないはずだ。
そう。俺は、ゴール前のスリーポイントラインの内側辺りから、ボールを持って超特大ジャンプをかましていた。
膝を曲げて、高身長の男子生徒の頭上をも飛び越え――そして、俺はそのまま右手に持ったボールを、ゴールであるリングの中に叩き込んだ。
「どりゃあ!」
ガッと、俺の掛け声と硬質な音ともに、ボールがリングに叩き込まれる。同時に、試合終了を報せるブザーが鳴り響いた。
※
結果は、言うまでもなく惨敗。
決勝戦でうちのクラスが得点したのは、俺がやったダンクシュートによる2点のみ。
ただ、おかげで郁乃はあの男子生徒との約束を果たす必要もなくなり、男子生徒は泣いていた。
「翔太くん……すごいんですね」
球技大会が終わり、家に続く田舎道を郁乃と並んで歩いていた折、そんなことを言われた。
「あのダンクシュートのあと……翔太くんのこと、学校中で話題になっていましたよ」
「俺の耳には入ってないな」
「やはり、まだ怖いのでしょうね。一度張り付いたレッテルは、そうそう剥がれませんから……ただ、女子の人気はうなぎ上りでしたよ。よかったですね」
そう言う郁乃の顔は、なんとなく面白くなさそうだった。
「けれど助かりました。翔太くんが得点してくれなかったら、危うく付き合うことに……」
「変な約束するからだろ」
「反省はしています……」
郁乃は自分の髪を弄びながら、苦笑をした。
「ああ、そういえば……クラスの女子が翔太くんのこと、調べてみたらしいのですが」
「へえ? モテ期到来かー嬉しいなぁ」
「中学時代はバスケットボールの全国大会で得点王に輝き、高校は都内にあるバスケの強豪校へ。そこで、1年生ながらレギュラーに抜擢され、しかもその年に全国優勝……そこでも、翔太くんは得点王だったとか」
「よく調べたな……俺の過去の栄光だよ」
「なんでしたっけ……ええっと……その身長からは考えられないようなジャンプ力と、音速でコートを駆け抜ける様から、トリックスター小藤と呼ばれていたんでしたよね?」
やめてくれ。恥ずかしい。