二十八話 小さな期待
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午前の部が終わり、お昼休みを挟んだ後、いよいよ球技大会の大目玉となる男子バスケである。
女子はかっこいい男子の噂話をし、男子はそんな女子にかっこいいアピールをするために、袖を捲ってやる気を漲らせている。
ともあれ、お昼休み。
いつもの如く屋上で、ぼっち飯と洒落込んでいたところに、思わぬ来客があった。
「ああ……こんなところにいましたか」
「ん……? 郁乃……?」
体操服姿の郁乃が、俺を見つけるや否や、テレテレとこちらまで歩いてきた。
「どこにいるかと思えば……立ち入り禁止ですよ」
「だからここにいるんだよ。人が来ないからな……それより、なんでここに?」
「あなたを探していだのです。よかったら、一緒にご飯でも……と」
郁乃はスッと、手に持っていた弁当箱を前に、もじもじと恥ずかしげにしていた。
まあ、そういうことなら断わる理由はない。否、誰がこの状況で断れるだろうか。
俺は二つ返事で頷いた。
郁乃は俺に微笑みかけ、隣に腰掛けると弁当箱を広げた。
「バスケはどの程度まで行くでしょうか」
「ん? うちのクラスか? 気になるのか?」
「ええ、そうですね……私、こう見えて勝負事には熱くなるタイプなので」
どう見てもお前はそういうタイプだが。
「そうだなぁ……まあ、運動得意なやつが揃ってるし、良い線いけるんじゃね? 知らんけど」
「興味なさげですね」
「俺出ないし」
俺はチューチューと、「うんまい牛乳」の紙パックに挿したストローから、牛乳を吸い出して飲む。
「……本当は、出てみたかったのでは?」
「……どうしてそう思った?」
「いえ。なんとなくです」
そういう郁乃の目は、どこか確信めいたものがあるようだった。だが、まあ……出たいのか、出たくないのかで聞かれれば、答えはノー。
別に、球技大会のバスケがやりたいわけじゃない。
だから、俺は首を横に振った。
「そうですか……」
いや、なんでちょっと残念そうにしてるんだよ。なんかこころが痛むだろ……。
※
午後になり、クラス対抗男子バスケの部が始まった。
結論から言うと、うちのクラスは強かった。
運動部のレギュラー陣で固まっているから、基本の運動性能が他クラスを圧倒していた。
なにもなければ、そのまうちのクラスが優勝するだろうというくらいには強かった。だが、それでなにもないわけがなかった。
順調に勝ち進み、決勝戦でうちのクラスが当たったのは――大人気なくバスケ部のレギュラーで固められたチームだった。
「あそこのクラス、バスケ部が多いからな……」
「こりゃあ負けたな……」
と、さっきまで優勝に闘志を燃やしていたうちのクラスの面々が、対戦相手を見て戦意喪失。
まあ、あれだけガチガチに固められてしまえば、誰でも戦意喪失するわなと、俺は苦笑を浮かべてその試合を観覧席で眺めていた。
ふと、ぼーっと眺めていた折、視界の端で郁乃と対戦チームの男子生徒が話しているのが見えた。
「……この試合、うちのチームが1点でも入れられなかったら、俺と付き合って欲しい」
と、パーフェクト試合宣言とともに男子生徒は、郁乃に告白していた。
周囲はそれを煽るように、「ひゅーひゅー」などと口笛を鳴らしている。
当然、郁乃もそんな戯言に付き合うつもりはないらしく、「それができたらいいですよ」と呆れたようすだった。
たしかに、いくらなんでもバスケ部で固めているからといって、パーフェクト試合などそう簡単にできるわけがない。
それから、試合開始のホイッスルが鳴り、しばらくして先制したのは相手チーム。バスケ部で固められているから、基礎的なテクニックも、チームワークも数段上だ。
こんなお遊戯会で、本当に大人気ないチーム構成だと思う。
うちのクラスは1点も取ることができず、失点に次ぐ失点。対戦相手の速さについていけず、次々に点を取られていく。
前半が終了した時点で、得点は41対0と悲惨な結果だ。
このままだと、郁乃はあの男子生徒の宣言通り……郁乃を見ると、彼女はこの結果を予想していなかったのか、頬をヒクヒク痙攣させていた。
郁乃には珍しく焦っているらしい。
さて、後半戦に差し掛かり、うちのクラスの攻撃――は呆気なく終わり、カウンターで点を入れられてしまう。
そうして、後半残り1分を切った辺りで、点差は歴然としたものとなっていた。
「くそ! やってられるかよ!」
と、うちのクラスの選手の1人が完敗の空気にやられたのか、おもむろに着ていたゼッケンを脱ぎ捨てて、体育館を去って行ってしまった。
「あ、お、おい!」
クラスメイトが呼び止めようとするが、その男子が帰ってくることはなかった。
ここでタイムアウト。
うちのクラスの選手達は、1人抜けた穴を埋めるためにか、円を作って集まる。
とはいえ、もう負けは確定しているようなものだ。
誰を入れようが、まあ結果は同じことだろう。
うちのクラスの選手達は、さて誰にしようかと体育館中を見渡している。
「……」
パーフェクト試合だと郁乃が、あのいけすかない男の彼女になるのか……。
俺は目を瞑り、少しだけ逡巡した後に、観覧席から立ち上がり、代わりの選手を探すクラスメイトに向かってこう言った。
「なあ、俺が出てもいいか?」
特にいうこともなくなってきました。
幼馴染マイスターの青春詭弁です。
そろそろ、新作の準備を始めます。
今度は、がっつり幼馴染です。いや、今度もがっつり幼馴染です。
乞うご期待。