二十二話 雨音とメデューサ中編
その後は、アパートの前までお互いに無言だった。
いつも通り、互いに気を遣わないから、単純に話しかけないだけなのだと思う。
俺は歩きながら、朱音は今頃なにをしているかな、また勝手に出歩いて迷子になってないといいな、など朱音のことを考えた。
ふと、郁乃に目を向けると目が合った。
いつから俺を見ていたのか分からないけれど、郁乃が俺を見ていたことに、少なからずドギマギした。
短い時間、お互いに見つめ合っていたものの、取り急ぎ話題にすることもなく、俺はそっと目を逸らした。郁乃もなにか言うことはなく、ただ俺の半歩後ろをついて歩く。
なんだろう……最近、郁乃のことが気になっている自分がいる。
ご飯を作ってもらっているから、感謝もしているし、普通に可愛くて綺麗だなとも思っている。しかし、今までそれ以外に何か思ったことはなかった。
だというのに、今はどうだろう。
正直、ご飯を作ってくれているという感謝以外の気持ちが、俺の中にある気がする。
それが世間で言うところの恋かどうかはさて置き。俺の中に、到底無視することのできない気持ちが、ふつふつと芽生えている予感がしていた。
「参ったな……」
「……? なにか言いましたか?」
「なんでもない……」
「そうですか?」
郁乃は不思議そうに目を瞬くが、それ以上の追求はしてこなかった。
しばらくして、アパートの前まで着くと、志穂子さんがホウキで落ち葉を掃いていた。
志穂子さんは俺たちに気づくと、「あら〜」と柔和な笑みを浮かべる。
「あらあらまあまあ……仲良しなのね?」
「そういうじゃないんで……」
「ち、違います……」
俺と郁乃は口々に否定するものの、志穂子さんは「うふふ」と意味深な笑みを浮かべたままだ。これは絶対に勘違いしてるなと、俺が志穂子さんを半眼で見つめると、
「あ、そうだ〜! ちょっと翔太くんいいかしら?」
「え? まあ……」
俺は頷き、一瞬郁乃と目を合わせる。
郁乃は俺を一瞥するとゆっくり頷き、志穂子さんに一礼してアパートの方へと歩いていった。
志穂子さんは郁乃に手を振って見送ると俺に向き直って、
「この間言ってた例の写真があるでしょう? あれ、見つかったのよ〜」
「例のって……昔の写真ですか?」
「そうそう! 翔太くんが帰ってきたら見せようと思って持ってきたのだけど……はいどうぞ〜」
そう言って、志穂子さんはポケットから1枚の写真を取り出した。
志穂子さんから写真を受け取って見てみると、そこには昔の俺と朱音――そして女の子が写っていた。
ぽっちゃりとしていて、髪の毛がワカメのようになっている女の子だった。ぶっちゃけ、あまり可愛くない。
写真の中の俺たちは、みんな泥だらけだった。背景が公園なので砂遊びでもしていたのかもしれない。仲良さそうに肩を組んでいる。
「へえ……こんな仲のいい友達ができてたんだなぁ……」
俺は感慨に耽りながら、昔の記憶を探るが……女の子の名前までは思い出せなかった。
なんと言ったか……喉まで出かかっているのだが、中々出てこない。
「どう? なにか思い出せたかしら?」
「んー……喉まで来てるんですよねー。たしか、名前じゃなくてあだ名で呼び合ってた気がするんですけど……なんだったかな……」
思い出せない。
そう言うと、志穂子さんは頬に手を当てた。
「あらそう……残念ねぇ。きっとその子も会いたがってるでしょうに……」
「どうですかね? 向こうも忘れてるかもしれないですよ? なんせ10年前のことですし」
「そんなことないわよ〜。女の子はね? 意外と覚えてるものなのよ?」
「そういうもんですかね?」
「そういうものなの〜」
そういうものらしい。
「えっと……この写真とりあえず貰っていいですか? 朱音にも見せてあげたいので」
小さな時のお前はこんなにも可愛かったんだぞ!?
と、朱音に見せてやり、「だというのに今のお前は……お兄ちゃん悲しい!」などと言ってやりたい。
朱音のことだ。たいそう悔しがるに違いない。
志穂子さんが、「もちろんいいわよ〜」と了承してくれたので、俺は写真をポケットに入れる。
「じゃあ、俺はこの辺で」
「ええ。朱音ちゃんによろしくね〜」
俺は志穂子さんと別れ、自分の家へと帰る。
我が家――104号室の玄関を開ける。
「ただいまーアーちゃん。アーちゃん? お兄ちゃん帰ったぞー? ただいまを言っておくれー」
シーン
洋室の方まで確認したが、朱音はいなかった。
刹那――きゃあああっという朱音の悲鳴が、お風呂場から轟いた。
まさか……朱音の身になにか……!?
俺はほぼ反射的に、風呂場まで行って浴室ドアを開け放った!
「朱音! 大丈夫……か……?」
浴室ドアを開けると、そこには――。
「え?」
「ふぇ?」
生まれたままの姿をした朱音と、この世のものとは思えない化物みたいな女が立っていた。
そう……それは例えるならメデューサ――俺は「ひっ」と息が詰まった。そして、心の赴くままに叫んだ。
「ぎゃああああ!?」
「きゃああああ!?」
この日、我が家のアパートに男と女の悲鳴が同時に轟いた。
看病してくれる幼馴染がいなくて辛い。
どうも幼馴染マイスターの青春詭弁です。
今日は久々に、幼馴染のレクチャーをしましょう。
今回は、なぜ幼馴染が負けヒロイン扱いされる悪い文化ができてしまったのか、について考察します。
あくまでも、考察です。後の学会で発表して、ノーベル幼馴染を受賞するつもりの論文にも書いてある考察ですね。
まあ、もちろんこの負けヒロイン文化の要因もいろいろあるわけですが、まず大きな理由は――メインヒロインを際立たせるためなんですね。
幼馴染……それは家族を除いて最も主人公と近しいと言っても過言ではない存在です。その幼馴染を差し置いても、「別の女を主人公が選ぶ=その女は幼馴染よりも魅力的である」という図式ができるわけですね。
だから、幼馴染を引き合いに出して、メインヒロインをよく見せようとする作品が結構あったりします。幼馴染って、幼馴染ってだけで、とっても魅力的なヒロインなので、メインヒロインを際立たせるのに持ってこいなんですよね。
というわけで、学会に発表してノーベル幼馴染賞を取ってこようと思います。(´◉◞౪◟◉)