二十話 ドキュンVSガチ犯罪者
俺は頭を振って、再びゴミ拾いを始める。
ゴミは拾っても拾っても転がっているから、なんだか途方もないように感じてしまう。
数十分くらい、しゃがんでゴミを拾っていると――突然、頭の上にタバコの吸殻や、プラスチックゴミ、その他生ゴミが降ってきた。
すぐに振り返ると、俺の背後に逆さにしたゴミ袋を持った男がいた。誰かと思えば、さっきまで遊んでいた男子生徒の片割れだった。
そのすぐ隣には、もう1人が俺をクスクスと笑って立っている。
「あぁ〜ごめんなさ〜い、せんぱーい。手が滑っちゃいました〜」
男子生徒は俺を見下し嘲笑い、わざとらしくゴミ袋をヒラヒラさせる。
俺は立ち上がって、2人の男子生徒に目を向ける。
「……お前たちは」
「あー初めましてー。1年の芹沢でーす」
「俺は遠藤でーす」
ゴミ袋を持っている方が芹沢で、その横で笑っているのが遠藤というらしい。2人とも俺の後輩なのだという。
「あ、もしかして先輩怒ってますか? あはは〜いやー、すみませんねー。先輩がそこにいるって気がつかなくってー、小さいからかなぁ?」
「ぷくく……」
俺が小さくて気がつかなかったから、うっかり手を滑らせてたまたま彼らが集めていたゴミが、俺の頭上に降ってきた……そう言いたいのだろう。
俺は目を伏せる。
「別に、怒ってないよ。落ちたゴミは、また拾えばいい」
「先輩ってー有名な犯罪者の人ですよね?」
芹沢は俺の言葉を無視し、そんなことを聞いてきた。
「なんで〜こんなことしてるんすか? 内申点が欲しいんですかー?」
グッと俺の顔を覗き込むように、芹沢は顔を近づけてくる。その表情は、どこまでも俺を嘲笑うものだったが……特段、俺の中に怒りは湧いてこない。
だから、俺はただ冷静に対応する。
「別に」
一瞬、芹沢と目を合わせる。
芹沢はしばらく俺を睨んだ後、「ちっ」と舌打ちした。
「なんだよ、つまんないなぁ……本物の犯罪者だからどんな人なのかと思ったら、これだけ煽られておいてなにも言い返さないんですかー? ああ、ひょっとして退学が怖い真面目ちゃんなんすか? いやーとんだ期待外れ……だなぁ!」
「っ……!」
突然だった。
芹沢が俺に腹パンをかましてきたのだ。
強烈な衝撃が背中まで駆け抜け、俺は腹を抑えてその場で膝を折った。
「あれれ? 一発? 喧嘩弱いんですねー?」
「ぎゃははは!」
芹沢と遠藤は、うずくまる俺を見て嘲笑っている。
お腹、ちょー痛い……。
「くっくっく……これから先輩、俺らのオモチャなんで。なんかしたら、すぐ学校に言いつけますからねー? 宜しくお願いしますよ?」
「ぎゃははは!」
芹沢はそう俺の耳元で囁き、遠藤と一緒に再びゴミ拾いへ向かった。
顔を上げると、ちょっど他のボランティアの人たちがこっちに来ているのが見えた。
それで俺から離れたのだろう。
「いってぇな……」
なんだか久しぶりだな……人から本気で殴られたのは。
多分、金玉潰した男に、ボコボコにされて以来のはずだ。あの時に比べたら、大したことじゃないけれど、痛いことには変わりない。
俺はため息を吐き、いそいそとゴミ拾いを再開する。
気にしても仕方ない。頭を切り替えて、ゴミ拾いを頑張ろう。
そう……イメージだ。朱音が学校に行けるようになっだ時、安心して通えるようにするために。俺が頑張らなくちゃいけない。
だから、ただ俺は黙々とゴミを拾い続けた。
河川敷のゴミを粗方拾い終えると、次は土手の方まで移動してゴミを拾う。
土手の方は、大したゴミの量ではなかったが、それでもまあ汚いこと……。
土手でも、ちょくちょく芹沢と遠藤からの嫌がらせが続いた。さっきみたいに、ゴミを被らされたり、ゴミを投げつけられたり、隠れてまた腹パンもされた。
俺をいじめてなにが楽しいのか分からないが、2人とも気分良さげに笑っていた。
2人が俺を見る目は、オモチャを見つけた子供が如きもので、俺もよく知っている目だ。あの男も、ちょうどそんな顔をしていた。
この手の輩は、人を痛ぶることに悦楽を覚える。あの男がそうだった。俺をボコボコにしていた時の顔が、とても楽しげに歪んでいたことを、よく覚えている。
芹沢たちも、やつとまったく同じ顔をしていた。
「……いたい」
さて、芹沢たちに痛めつけられるのも、はや3回目というところ。時刻も、そろそろ10時を回ろうかという頃合い。
ボランティアはだいたいお昼くらいまでで、これが終わればひとまず解放される。
俺はもう一息だと、道端のゴミを拾っていると――俺の目の前を通りかかった人が、俺の足もとにタバコの吸殻を捨てた。
反射的に顔をあげると、明らかに厳つい顔をしたヤクザみたいな男が俺を睨みつけていた。
ガムを噛んでいるみたいで、しきに口を動かしてクチャクチャと音を鳴らしている。手には、コンビニ袋がさげられていた。
「おお? なんか文句あっか?」
「いえ……」
触らぬ神になんとやら。
俺はなにも言わず、男が捨てた吸殻をゴミ袋に捨てる。
男はそれだけではなく、ついでとばかりに噛んでいたガムを、「ぺっ」と吐き出した。
再び男を見ると、やはり俺を睨んでいた。
俺はなにも言わず、ガムをゴミ袋に放る。
すると、男はようやく満足してくれたのか、「ふんっ」と鼻を鳴らして歩いていった。
「……」
世の中には、よく分からない人間もいるんだなと、俺はしばらく男の背中を見ていた。男は歩きながら、コンビニの袋に手を突っ込み、お菓子の袋を取り出すと、バリバリとポテトチップスを食べ始める。
そして、男はゴミ拾いをサボって遊び呆けていた芹沢と遠藤の前に立ち止まると、そのお菓子袋を彼らの目の前に捨てた。
芹沢と遠藤はそれを見てムッとした表情を浮かべる。
「あ、あの! これ、あんたのゴミっすよねー?」
「ああ? なんか文句あんのか?」
「も、文句ってか……自分のゴミは自分で持ち帰るべきっていうか……」
男が強面だったからだろうか、芹沢の声がどんどん萎んでいく。遠藤は芹沢の腰巾着だから、早くも芹沢の影に隠れていた。
男は芹沢の胸倉を掴むと、ドスの利いた声を出す。
「おい、クソガキが俺に指図してんじゃねえよ……」
「ひっ……ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさいじゃねえんだよ! おい! 土下座だろ? なあ、土下座しろってんだよ!」
「あ、あの……」
芹沢と遠藤は完全に戦意喪失しているみたいで、足がガクガクと笑っている。
そのまま2人が男に土下座しようとしていたので、俺は大きなため息を吐いた。
「おい、別に謝る必要はないだろ」
俺が声をかけると、3人の視線が俺に集まる。
特に、男の視線は鋭く、俺を睨む目は尋常じゃない迫力があった。
「ああ? なんだてめえ……俺に文句があるってのかあ!?」
男は胸倉を掴んでいた芹沢を突き飛ばし、今度は俺の胸倉を掴む。
俺は男を睨みながら、なるべく冷静に口を開く。
「文句があるかって……? あるに決まってんだろ。自分のゴミは自分で捨てるなんて、今時の小学生でもできるぞ」
「てめえ……!」
男は頭にきたのか、額に青筋を立てて、俺の顔を殴ろうと拳を振りかぶる。
だ、大丈夫だ……自分の悪名を信じろ……俺!
俺は生唾を呑み込み、今度はドスの利いた声を意識して口を開く。
「おい……お前、俺が誰だか知らないようだな……?」
「はあ? なに言ってんだてめえ……」
「俺の名前は小藤翔太だ。このクソ狭い田舎町に住んでんなら、名前くらい聞いたことあんだろ?」
「こふじ……? ま、まさか……!? そのプリンみてえな髪色は……!? ヤクザの一味をたった1人で壊滅させたっていうあの!?」
やっぱり、そのうわさ広まってるだなぁ……。
どんだけ話に尾ヒレがついてるんだと、我ながら悲しい気待ちになる。しかし、この場ではありがたい誤解だ。
俺はなんとか悪役っぽい笑みを作る。
「知ってんなら話は早いよなぁ……お前、俺に喧嘩売ったらどうなるか……分かってんだろうなぁ!」
「ひ、ひいいい!? ご、ごめんなさいいい!」
男は俺の胸倉を離し、素早く土下座をした後に、先ほど捨てたお菓子の袋を拾って、脱兎の如く逃げ出してしまった。
「……はぁ」
思いの外、呆気なかったな……殴られなくてよかった。
俺は、今だけは自分の悪名に感謝をしつつ、芹沢と遠藤に目を向ける。
芹沢と遠藤は、俺を見てビクビクとしていた。
とりあえず、声をかける。
「なあ」
「ひっ……ご、ごめんなさい! 殺さないで……!」
「え?」
さっきまでの威勢はどこへやら。
芹沢と遠藤は、俺に土下座してきた。
風邪を引きました。
どうも幼馴染マイスターの青春詭弁です。
風邪を引きました。だるいです。
あとで幼馴染の美少女にお粥を作ってもらおうと思います。定番ですね。
あ、私……お粥を作ってくれる幼馴染いなかったわwww