十九話 町内清掃
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それから数日後。
今日は早朝から、町内清掃のために自治会の会館前に足を運んだ。
当然、朱音は家で留守番である。
早朝ということもあり、陽は昇り始めたばかりで、だいぶ冷え込んでいる。俺は長袖のTシャツの上からジャージを着ているだけで、やや肌寒く感じる。
手は手袋の代わりに軍手をつけて、掃除の準備は万端だ。
会館の前には、ボランティアに参加している近所のおばさんやおじさん、他にはうちの生徒もチラホラと見える。
俺はその中で、周囲から距離を置かれてヒソヒソとうわさ話をされていた。
「……なんでここに」
「意外と真面目なのかしら……」
「なにかの罠かも……油断したら食べられちゃうかもしらないわ……」
などなど、好き勝手に言ってくれる。せめて本人に聞こえないよう配慮して欲しい。
というか、食べるってなんだ。それははたして人間なのか?
「はぁ……」
まあ、ボランティアに参加する時点でこうなることは分かっていた。別に、こんなの今に始まったことじゃないから、今更気にならない。
まずは、コツコツとこういう活動を積み重ねて、俺のイメージをよくしなくちゃならない。
「よしっ……頑張るぞ……」
朱音のためにも……!
俺は自分の頬を張って、気合を注入する。と、そんな折に声をかけられた。
「おはようございます」
「ん……郁乃か。おはよう」
郁乃もまたボランティアに参加するとのことで、上下白色のジャージを着ている。今日は髪も縛っており、うなじが見え隠れしていた。
「寒いですね……」
「そうだな。朝、起きれないかと思った」
「朝は苦手ですもんね。よく起きれましたね?」
「朱音に起こされたんだよ……あいつ寝相悪いから。思いっきり、腹にかかと落としされた」
尋常じゃない衝撃が腹部に走り、飛び起きたのは4時半頃だ。町内清掃まで1時間ちょっとということもあり、それから適当に朝食を食べたりと、時間を潰していた。
郁乃は俺の話を聞いて、口元に手を当て、クスクスと笑った。
「ふふ……朱音さんに感謝しないといけませんね」
「だな。帰ったら、しばく」
やられたらやり返すのが、我が家の掟である。
郁乃は、「まあまあ」と俺を諫めようとしているが、その顔はどこか楽しそうだ。
そうして、2人で話していると、学校の生徒に奇異の視線を向けられ、俺の居心地が悪くなった。
まあ、郁乃と俺みたいなやつが親しげにしてたら、そりゃあ気になるよな……。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや……なんでも」
郁乃の方は気づいていないみたいだ。
普段から、人に注目され慣れているからだろう。俺と違って、人からの視線に疎いらしい。
そうこうしているうちに、会館の方からジャージ姿の平田がやってきて、拡声器を片手に口を開く。
『おはようございます! 本日は町内清掃のボランティアにご参加いたたぎ誠にありがとうございます!』
と、主催者らしく平田は、ビシッと参加者たちに指示を出す。チラッと、一瞬だけ平田と目が合うと、彼女は俺に微笑みかけた。
「ちゃんと来てるみたいね?」
「まあな。ここまでやってもらって、来ないのも問題だろ」
「その通りね。それじゃあ、あんたには河川敷のゴミ拾いをお願いするわ」
「おう。任せとけ」
俺は平田からゴミ袋とトングを借りて、胸を張った。平田は苦笑し、「それじゃあ任せたわよ」と軽く背中を叩いてきた。
郁乃は俺と別のところを掃除するらしく、2人とは自治会館の前で別れ、俺は他の参加者たちと一緒に河川敷へ向かう。
河川敷へと向かう道中、妙に視線を感じるなと振り返ると……同じ学校の生徒と思われる2人の男が、俺を見てニヤニヤと笑っているのが見えた。
「……」
なんか嫌な予感がするなぁ……。
そんな不安を抱えながらも河川敷に到着した俺は、さっそくゴミ拾いを始める。
「汚えねぇ……」
河川敷に下りて、初めに出た感想がこれだった。
例えるなら、郁乃と出会うまでの俺と朱音の部屋である。
この例え哀しいな……。
河川敷には、大小様々なゴミが捨てられている。
大きいものなら冷蔵庫、小さいものならタバコの吸殻など……よくもまあ、これほど好き放題散らかせるものだと逆に感心する。
「でも……郁乃の世話になる前は、俺もこんな感じだったんだよな……」
下手をすればもっと酷くなっていたかもしれない。
今では、自分でも部屋を綺麗にしようと、脱いだ服は洗濯カゴに放り込むようにしているし、ゴミも毎日捨てるようにしている。
その甲斐あってか、郁乃がいなくてもそれなりに部屋を綺麗に保てるようになった。ただ、朱音が汚くするから、最終的には郁乃にまた頼るわけだが……。
「さて……」
俺はトングで、小さなゴミを袋の中へ放り込み始める。
燃えないゴミと燃えるゴミ、缶やペットボトルもしっかりと分別する。
粗大ゴミは、とりあえず一箇所に集めておき、後で片づける。スプレー缶みたいなものは、中のガスを抜いてから分別する。
ただのゴミ拾いと思っていたが、思いの外大変な作業だ。
河川敷の面積も広く、ゴミを拾っても拾ってもなくならない。前屈みになっているから、1時間もすると腰が痛くなってくるし、しゃがむと足が痺れてくる。
運動不足なのもあるだろう。
これからは運動もこまめにやろうかな……。
そうやって、俺は1人で黙々とゴミを拾い続ける。
しばらくして、河川敷を一緒に掃除していたおばさんに声をかけられた。
「小藤さん……?」
「え? あ、はい。なんですか?」
呼ばれて振り返ると、お茶のペットボトルを片手に持ったおばさんが立っていた。
おばさんは朗らかな笑みを浮かべたまま、そっと俺にお茶をてわたしてきたので、反射的に受け取ってしまう。
「よかったら、それ飲んでちょうだい」
「あ、いいんですか?」
「ええ、頑張ってるみたいだから」
「それじゃあ、遠慮なく……いただきます」
俺はおばさんに軽く会釈して礼を述べる。
おばさんは手を頬に当てて、「うふふ」と笑った。
「まだ若いのに偉いわねぇ。うわさじゃあ、とっても怖い子だって聞いてたけど……志穂子さんの言ってた通り、真面目な子なのねぇ」
「志穂子さんのお知り合いですか?」
「ええ。実は、志穂子さんとは高校の時からの付き合いなのよぉ。志穂子さんったら、よくあなたのことを話すのよ?」
「そうなんですか」
「まるで自分に子供ができたみたいな喜び方だったわぁ。ほら、志穂子さん……お子さんがねぇ……」
「……?」
おばさんがなにか言いかけて口を噤んだので、俺は首を傾げた。
尋ねても、「いえ、なんでもないのよ。うふふ」とはぐらかされてしまった。
ふと、遠くの方から騒ぎ声が聞こえ、そちらに目を向けると先ほどの男子2人が、ゴミを投げて遊んでいた。
おばさんさそれを見て嘆息する。
「まぁ、困ったわねぇ……若い子だから仕方ないのかもしれないけれど、あの子たちもあなたみたいに真面目な子だったらよかったのにねぇ」
「あは……あはは……」
俺はなんと答えていいか分からず、とりあえず愛想笑いを返しておいた。
しかし、褒められるというのは気分がいい。
ふと、俺の視線はじゃれあう2人の男子に向けられる。
こういうことを積み重ねていけば、いずれは俺もあんな風にじゃれあえるような友達ができるだろうか。
俺は遊ぶ2人の男子を見つめながら、そんなことを思った。
今、私はトイレにいます。
どうもお腹痛いマイスターの青春詭弁です。
今はただただお腹が痛いので、特になにも書きません。すみません。
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