十五話 トラウマ
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市街地から商店街を横切り、住宅街に入る。この住宅街を抜けると、田畑に囲まれている開けた田舎道になる。
さて、そのまま少し住宅街を歩いていると、ふいに郁乃が足を止めた。俺と平田はそれを怪訝に思って、振り返りながら足を止める。
「どうした?」
俺が尋ねると、郁乃はつつーっと目をそらした。まるで、悪戯がバレてしまった時の子供みたいな反応だった。
「あの……この道はちょっと……」
「は? 郁乃も同じアパートならこの道使ってるだろ? この道が最短なんだし」
ふと、自然に名前で呼んでしまったことに俺はハッとして、平田に目を向ける。
さっきは、郁乃が俺の名前を呼んでいたことに興味を持っていたが……今はそれより郁乃のようすが気になるらしい。
よく考えたら、郁乃はクラスメイトからも名前で呼ばれていた。苗字で呼ばれるのが嫌だから、本人が呼ばせているのだろう。
そう考えたら、俺が郁乃を名前で呼んでも不思議じゃないのか……。
はぁ……ダメだな。
女子の名前を呼ぶというだけで変に意識するから、あのダメ妹に「童貞」だの、「交尾して死ぬだけのオスアリ」とかバカにされるのだ。
というか、オスアリは悪くないだろ……オスアリに謝れよ。
そんな感じで俺は、内心でくだらないことを考えて、よこしまな想いを払拭する。
郁乃は俺と平田から視線をそらしたまま、「えっと……」と郁乃にしては歯切れが悪そうにしていた。
「なによ。郁乃さんにしては歯切れが悪いじゃない?」
「そのようなことは、別に。と、とにかく……ここは迂回して別に道にしませんか」
「いやよ。遠回りなんて」
「俺も。なんだ? この道の先になにかあるのか?」
「むしろなにかあるの?」
「いや、覚えがない」
平田の質問に答えながら、俺は頭の中で考えるが……特に思い浮かばない。
ないはずだが……郁乃を見ると、明らかに動揺しているし、なにかあるのかもしれない。
「……まあ、いいか。とりあえず、早く行こうぜ。日が落ちちまうよ」
「そうね。それは困るわ」
「え……あ、ちょっと……」
俺と平田は、郁乃を置いて先を歩く。
チラッと郁乃を一瞥すると、しばらくその場で躊躇った後、意を決して顔で、小走りに追いかけてきた。
と、その時だった。
「バウ! バウバウ!」
「ひぅっ……!?」
犬だ。
犬が吠えていた。
ちょっと裕福そうな家の玄関で寝ていた犬が、郁乃を見て吠えていた。幸い、首輪につけられているリードの長さ的に、こっちまでは来られないようだ。
だが、犬は俺たちを警戒してか、リードの限界まで俺たちに近寄り、「バウ!」と吠え続けている。
郁乃はそれに恐れ慄いたようすで、顔を真っ青にするとその場で屈んで耳を塞いでしまった。
平田と俺は、郁乃が犬に吠えられているさまを見て呆気に取られた。
「ええ……もしかして、郁乃さん……犬が苦手なの?」
「苦手ではありませんが」
「バウ!」
「ひっ……!?」
郁乃は再び耳を塞いで体を小刻み震わせる。
この反応は間違いない。
俺と郁乃は顔を見合わせた。
「い、意外ね……普段、澄ました顔でこれみよがしに胸を揺らして歩いている彼女が……犬が怖いなんて」
「お前の目に、あいつがどんな風に映ってんのか分かったわ」
どんな嫌なやつだよ。いないだろ。胸を自慢げに揺らして歩くやつ。
「ここの犬、よく吠えるんだけど、別に威嚇してるわけじゃないんだよ。ほれほれー静かにしなさいな」
俺は犬に近寄り、頭をポンポンと撫でる。
犬種はちなみに、ドーベルマンというやつだ。吠えると、中々厳つい顔をするのだが、撫でてやると「きゃいんきゃい〜ん」と可愛く喉を鳴らす。
「あら、結構人懐っこいのね……あたしも……」
「ガルルルッ!」
「なんでよぉぉぉ!!」
犬に拒否られた平田が悲痛の叫び声をあげた。
猫にも拒否られた挙句、犬にまで拒否られるなんて可哀想だなぁ……。
「なんであんたは触っても平気なのよ!」
「さあ? まあ、俺って昔から動物に好かれる体質っぽくてな」
「あーうらやまうらやま〜。昔もいたわ、そういう男いたわー。よく犬とか猫に好かれてたわー」
平田がその男の子に嫉妬しているのが、容易に想像できる……。
俺はそのまま犬を撫でくり回しながら、完全に塞ぎ込んでしまっている郁乃に目を向けた。
「で……郁乃はなんで犬が苦手なんだ? ドーベルマンが怖いのか?」
「は? 怖くありませんが」
「バウバウ!」
「にゅっ……!?」
郁乃は間抜けな悲鳴をあげた。
なんだ、「にゅっ」って。独特すぎる。
郁乃は酷い顔色で、気分を悪そうにしながら顔をあげる。
「うっ……わ、私は……ほんのちょこっとだけ、犬が苦手なだけです……うっ……気持ち悪い……」
「だ、大丈夫? 背中さすってあげるわよ?」
「あ、ありがとうございます……うぷっ……ちょっと、強いです……出そうです……」
「あ、ごめんなさい」
珍しく平田は郁乃を心配して、その背中をさすってやっている。
俺は犬が無闇に吠えないよう、撫でくり回しながら尋ねた。
「ドーベルマンじゃなくても、チワワみたいな小型犬もダメなのか?」
「無理です……そう……あれは私が中学生のころ……」
「なんか語り始めた」
「しっ……よっぽどのトラウマなのかもしれないわ。聞いてあげましょうよ……なんか面白いし」
この女性格悪いな……と、俺は平田を半眼で見てから、郁乃の話に耳を傾ける。
「そう……あれは……うぷっ……私が、中学1年生のころでした。もともと、動物にはあまり好かれないタイプでして……よく散歩中の犬に吠えられていました」
「あ、なんだか親近感が湧いてきたわ……!」
「悲しいかな……トラウマとかコンプレックスって、時に人を結びつける要素になるんだよな……」
俺はしみじみと思い口にし、再び郁乃の話を聞く。
「……ある日、塾帰りのことです。放飼にされていた大型犬に襲われました。上から覆いかぶされ、顔を舐められました……大型犬だったので、とても大きく、重かったです」
「軽い恐怖体験ね……」
「いや、めっちゃ怖いだろ。軽くない軽くない……」
「ふっ……以来、私は犬が苦手になりました」
「思ったよりトラウマもんな話だった」
「そう? 噛まれなかっただけマシじゃない?」
「バッカお前……バカお前。小さいやつが大きいやつに覆いかぶされたら怖いんだよ。トラウマもんなんだよ」
「えー……実感こもり過ぎてて怖い……」
「あ? 誰が小さいって?」
「言ってない言ってない……言ってないのだわ……」
とりあえず、このままここにいると郁乃が今にも発狂しそうなので、俺たちは移動することにした。
犬が怖いヒロインはだいたい幼馴染(偏見)
どうも幼馴染マイスターの青春詭弁です。
どんどんトラウマやコンプレックスをぶちまけて参りました。
ちなみに、私は犬よりも猫の方が好きです。ええ、そうですね。どうでもいいですね。
ところで、幼馴染を動物に例えると二つのパターンになりがちです。
主人公に尽くす犬系幼馴染
主人公を尻に敷く猫系幼馴染
犬系も猫系もいろいろなタイプがいますが、一貫した属性を持つことが多いです。
たとえば、犬系は世話好きであることが多いです。猫系はクールビューティーなタイプが多いですね。
さて、ではみなさんに問題です。(テテン)
天真爛漫な幼馴染(ハ○ヒ)みたいなのは、犬系か猫系か、どっちだと思いますか?
正解はCMの後です。