十一話 暴露
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家に帰ると、キッチンでエプロンを着た郁乃が、すでに料理をしていた。
「あれ……なんで」
「あ……おかえりなさい。先にご飯の準備をしてしまおうかと思いまして」
「アーちゃんが招き入れた~」
と、洋室から朱音が顔を覗かせてそう言った。
なるほど……と、俺は頷いて鞄を放って洋室に座る。そして、チラッとキッチンに立つ郁乃を一瞥した。
「ふんふーんふんふーん……」
小さな鼻歌交じりに料理をしている。機嫌が良いみたいだ。しかし、あのエプロン姿は――。
「まるで……新妻みたい……だよねぇ」
朱音がニヤニヤと俺の耳元で囁いた。
「おいアーちゃん。俺の心を読むな」
「まあ、腐っても兄妹だからなぁ……お兄ちゃんの考えてることなんて、アーちゃんお見通しだぜ?」
「はいはい……」
「というか、ぶっちゃけどうなのさ〜? アーちゃん的には、お兄ちゃんが先輩と付き合ってくれたら、合法的に家族になれるしー? アーちゃん大歓迎ウェルカムだぜー?」
「それ同じこと言ってるからな……」
俺は半眼で朱音を見てから、天井を仰ぐ。
付き合う……ねぇ。
「つーか……付き合っただけじゃ家族にはなれないだろ」
「そんなの分かってんだよアーちゃんバカにすんなよ干すぞおい」
「めっちゃ怒るじゃん……早口でなに言ってんのか分かんないし……」
「だからさーお兄ちゃん。アーちゃんのために先輩と結婚して欲しいんだよね」
「いやだよ」
俺は即答した。
この妹は、いったいなにをのたまっているのやら。
朱音は俺の返答が気に食わなかったみたいで、「ぶー!」と口を尖らせる。
「可愛い妹がお願いしてるのになんで断るのさ! 先輩のどこがダメだよ! めっちゃ綺麗だし、料理も掃除もできるし! こんなにいいお嫁さんいないだろお兄ちゃん?」
「そりゃあそうだけど、別に興味ないし」
「お? おお、おお……美少女には興味ない俺かっこいいアピールか? だから童貞なんだぞお兄ちゃん……」
「張っ倒すぞ」
ボコスカ、ボコスカ――俺と朱音はいつも通り殴り合いの取っ組み合いを始める。
しばらく殴り合っていると、騒ぎを聞きつけてキッチンから郁乃が、呆れた顔でやってきた。
「こら……喧嘩はめーっですよ」
「あ……すみません。先輩……」
「あ、はい……ごめんなさい」
俺と朱音は郁乃に謝った。
これじゃあ本当に母親みたいだなと、俺は内心で思った。
それから、俺たちは郁乃の作ってくれたご飯を食べ終え、俺は今皿洗いをしている。さすがに、皿洗いぐらいはやらなければ、申し訳が立たない。
郁乃と朱音は洋室でお茶を飲んでくつろいでおり、楽しげに話している。
「ええ!? せ、先輩……えふ……なんすか……?」
えふ……?
「あ、こ、こら……朱音さんダメですよ……翔太くんに聞かれたら……」
「大丈夫ですよ〜お兄ちゃんクソ童貞ですし〜。聞こえてないですってば〜」
あいつしばくぞ……。
俺は皿を洗いながら、2人の会話に耳を傾ける。
「あ、ちなみにアーちゃんは……じーっす!」
じー?
えふ……じー……分からん。
女子同士でしか分からない暗号だろうか。そう思うと、お兄ちゃんハブられてるみたいで、ちょっと寂しいなぁ……。
「先輩は、どこら辺から大きくなりました……?」
「そ、そうですね……中学生くらいから突然……」
「あ、アーちゃんもです! やっぱり、それくらいに大きくなるんですかね?」
大きく?
身長の話か?
仮に身長の話なら、お兄ちゃんは余計に悲しいのだが。
ちなみに、俺の身長は小学生で止まってしまっている。それからは、少しずつ伸びていたのに、最近縮み始めたのでもっぱら悩みのタネとなっている。
「どうでしょうか……ただ、正直大きくならないで欲しかったです。大きいと男子の視線が集まりますし、肩も凝りますし」
「あー分かります分かります! 本当に困りますよね〜」
男子の視線……?
肩が凝る……?
身長の話じゃなさそうだ。いったい、2人はなんの話をしているのだろうか。
しばらくして、2人の会話は俺の話に切り替わる。結局、さっきのはなんの話だったんだろう……。
「あのあの……お兄ちゃんって学校だとどんな感じなんですかー? 友達、ちゃんといますか?」
「……いますよ」
郁乃が気を遣っている。悲しい……。
俺は皿を洗いながら天井を仰ぐ。
別に泣いてねえよ……友達なんていらないもん。
「どれくらいですか? どれくらいですか?」
「……100人?」
富士山の上でおにぎり食べそう。
郁乃さんや。気を遣ってくれるのは嬉しいのですが……そんなに気を遣わないでください。
泣けてきます。
俺は1人で涙を流していると、洋室の方から朱音の明るい声が聞こえてくる。
「あ〜よかったです〜! お兄ちゃん、アーちゃんを助けるために前科がついちゃったんで、こっちで友達できるか心配だったんですよねー」
「……え? どういうことですか?」
郁乃が問いかけた時には、もう遅かった。
俺はハッとして、皿を流し台に放り、朱音の口を塞ごうとしたが――。
「え? お兄ちゃん、なにも話してないんですか? お兄ちゃんは、男の人に襲われてたアーちゃんを助けるために――」
止めようと思ったが、朱音はペラペラと俺の前科のことを話し始めてしまったので、時すでに遅し。
郁乃は、朱音から粗方の事情を聞くと、唖然とした顔を俺に向けてきた。
「……どうして話してくれなかったのですか。私が、信じないとでも……?」
郁乃は怒っていた。いや、拗ねているのかもしれないが……どちらにせよ、すこぶる機嫌が悪いことだけは理解できた。
俺は自分の髪を撫でて、大きくため息を吐いた。
「はあ……なんで話ちゃうかな、アーちゃん」
「え、だ、だって……お兄ちゃん、別に悪いことしたわけじゃないじゃん……て、ていうかさぁ。もしかして、お兄ちゃん……学校じゃこのこと話してないの……?」
俺が答えようとすると、それを遮って郁乃が口を開く。
「話していませんよ……彼は学校で、ただの犯罪者として見られています」
「え、そ、それじゃあ……」
「はい。友達なんていませんよ……」
「――っ」
朱音は見るからに顔を青ざめ、肩を震わせる。
だいたい朱音の考えていることは読める。
どうせ、「アーちゃんのせいでお兄ちゃんが〜」とでも思っているに違いない。だから、俺は話したくなかったんだ。
俺は余計なことを口にした郁乃に、咎めるような視線を向ける。しかし、彼女は素知らぬ振りをしてそっぽを向いてしまった。
「……なんで話すかね……まったく」
「……かっこつけていたつもりですか。学校でも、ちゃんと真実を話せば……」
「無駄だろ。俺はクソ犯罪者だし。事実だし。どんな理由があろうとさ、やっぱり人に怪我をさせるのはよくねぇんだよ……だから罰は受けないといけない」
「そんなもの……! 朱音さんを襲った人間が受けるべきです! ショウくんは全然悪くないじゃないですか!」
「……? ショウくん?」
「っ……な、なんでもありません……」
郁乃は気まずげに俺から目を逸らした。
なんだろう……昔、どこかでショウくんって呼ばれていたような気がする。
そんなことを考えていると、朱音が俺の胸に抱きついてきた。突然だったので、背後のキッチンの方に思わず倒れ込んでしまう。
幸い頭はぶつけなかったものの、突然抱きつかれると無駄に図体がデカくて重いので困ると、俺は朱音に抗議する。
「ちょ……おい、アーちゃん。急に抱きつくなよ。危ないだろ?」
「うわーん! ごめんよーお兄ぢゃ〜ん゛……ぐすん……アーちゃんのせいでチビぼっちクソ童貞になっちゃってぇぇぇぇ」
「貴様この野郎……! 誰がチビぼっちクソ童貞だ! 今日こそ決着つけてやる!」
「うわーん! もうアーちゃんの負けでいいよぉぉぉー!」
「なんかやり難い」
俺は、胸の中で泣きじゃくる朱音の頭を撫でてやる。
「うぅ……お兄ぢゃん゛……撫でるの下手だよう……」
「てめえ……マジでしばくぞ」
「お兄ちゃんが怒ったあ゛あ゛あ゛あ゛〜」
そりゃあ怒るだろ。
しばらく俺が朱音をあやしていると、郁乃がこちらにまで歩いてきて、俺を見下ろした。
「ちゃんと……話してくれませんか……なにがあって、前科がついてしまったのか」
「ちゃんとっていっても……アーちゃんが話した通りだよ。アーちゃんを襲った男の金玉を潰して、少年院に突っ込まれたってだけの話」
「しかし……そんなのおかしいじゃないですか……」
「おかしくないよ。人を傷つけるって、そういうことだろ。ちゃんと罰は受けなくちゃ……どんな理由があってもさ。人が人を傷つけるのはよくないと思うんだよ」
「でも、あなたは……朱音さんを助けるために……」
「それでもダメだな。やっぱり」
俺は朱音を撫でながら、上体だけ起こして続ける。
「……どこの世界でもさ。いるんだよ。平気で人を傷つけるやつらが。そういう連中は必ずいるんだよ。だけど、そいつらがやってるからって、そいつらと同じことはしちゃいけない。別に誰に言われたわけじゃないけど、今回のことで俺が勝手にそう思ってるってだけなんだけな」
だから、俺は前科を与えられても、肩を壊さらても、別にあの男のことを恨んではいない。絶対に仲良くはできないし、あの手の連中を見るとイライラするけど。
郁乃はしばらく俺を見つめた後、ふいにその目が俺の左肩に向けられる。
「もしかして、その肩……」
「お前って本当に察しがいいよな……まあ、今更隠しても仕方ないから言うけど。報復だよ。金玉潰したからな。勾留中に、ボコボコにされたんだ。爪とか剥がされたりとか、髪とか抜かれたりとか、結構やられたなぁ」
「……それでもあなたは、やり返さないのですか」
「しない」
そもそも、そんなに力があるわけじゃない。
郁乃は一瞬、辛そうに表情を歪ませるとおもむろに、俺の頭を抱いた。顔に、大きな胸の柔らかみが触れて、思わず鼻の穴が膨らむ。
柔らかくて良い匂いがする。
「……そんなの辛いでしょう。誰も恨まないなんて考え方……素晴らしい考え方かもしれませんが、いつかあなたが壊れてしまいますよ……他人のためではなく、もっと自分のことを考えてください」
郁乃が耳元でそう囁いたが、正直あまり耳には入ってこなかった。
2人の美少女に抱きつかれているこの状況はなんだろう。片方、妹だけど。もしかして、ここは天国なのだろうか。
「いいですか……これからは、もう私が毎日ご飯を作りますから。掃除もします。洗濯もします……だから、あなたは少し休んだ方がいいです」
「え? いや、別にそんなの……」
「い・い・で・す・ね?」
「あ……はい……」
俺は郁乃の有無を言わせない迫力に負けて頷いてしまった。そして、郁乃の次は朱音の番だとばかりに、朱音が俺の胸の中で顔を上げる。
「あ、アーちゃんも決めた! アーちゃんも学校行く! 明日から!」
「それは無理だろ」
「酷い!? アーちゃんできるもん! お兄ちゃんのためならできるもん! うわーん!」
「あーはいはい……まあ、ちょっとずつ頑張ろうなー」
俺は再び泣き始めた朱音の頭をよしよし撫でながら、ふっと苦笑を漏らした。
「……ありがとな。郁乃。心配してくれて」
そう口にすると、郁乃は花が咲いたような笑みを浮かべた。
甘えさせてくれる幼馴染はだいたい巨乳。
どうも幼馴染マイスターこと青春詭弁です。
今回は、母性的お姉さん系幼馴染について紹介しましょう。
母性的お姉さん系幼馴染は、だいたい歳上が多いですね。母性ですからね。歳上の方が、大人の魅力があっていいんですよね。
このタイプの幼馴染は、主人公をとことん甘やかしてくれます。昔から知ってるのもあって、子供扱いしてくるんですね。
それで、ふとした時に主人公が男を見せるときゅんとするのが、母性的お姉さん系幼馴染の特徴です。可愛いですね。
割と普通の幼馴染の上位互換みたいな立ち位置でして、朝は起こしてくれるし、一緒に学校も行ってくれるし、一緒に遊んでくれます。
かなり万能なので、幼馴染初心者の人にはおすすめできるタイプです。
幼馴染ヒロインを書くのが苦手なら、まずはここから始めてみるといいでしょう。最初から糖度の高いラブコメが書けるはずです。
以上、幼馴染マイスターの青春詭弁でした〜(´◉◞౪◟◉)
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