一話 プロローグ
タイトルに悩んでいます。
どうも、青春詭弁です。
悩みに悩んだ末に、こんなタイトルになりました。遺憾です。
ラブコメを強く意識しているので、マジでなかなか仲が進展しませんが、糖分は高めていこうと思います。
口から砂糖が出るかもしれないので気を付けてください。
「ん……?」
「……あ」
俺――小藤翔太が、学園に咲く高嶺の花――毒島郁乃と初めて言葉を交わしたのは、本当に偶然だった。
俺が都内から地方の田舎に引っ越してきて、はや一週間。まだ、着慣れない転校先のブレザーを身に纏い、ネクタイを緩くしめて準備完了。
俺が住んでいるアパートの一室――1階の104号室から出ると、ほぼ同時に隣の部屋から毒島が出てきた。彼女も、俺と同じ制服を身に纏い、肩に通学鞄をさげていた。
「……おはようございます」
「どうも……」
目が合ってしまったので、このまま棒立ちしているわけにもいかないだろうと、俺と毒島は軽い会釈程度の挨拶だけ交わす。
それから、毒島はもう用はないとばかりに、スタスタと足早に歩き去っていった。用がないというか、俺に興味がないのだろう。
「……」
俺は、自分でも特徴的だと思うプリン色の髪を撫でた。
転校してすぐのころ。毒島に、一度だけ挨拶しに行った時は、たいそう驚ろかされた。
まさか、アパートの隣に住んでいるのが、学校で有名な美少女――毒島郁乃とは夢にも思わなかったのだ。しかも、毒島とは同じクラスときた。これが並の男子であれば、運命を感じるレベルだが――生憎と、俺の脳内はそこまでお花畑ではなかった。
毒島の容姿は控えめに言っても見目麗しい。クセ毛気味のショートボブに、くりっとした瞳。出るとこの出た理想のプロポーションと、整った目鼻立ち。
加えて、勉強も常に学年首席ときて、スポーツもできてしまうのだから、これでモテないわけがない。
性格は極めて温厚で、物静か。誰も寄せつけない高貴な雰囲気から、「高嶺の花」や「深窓の姫君」と呼ばれているとか……いないとか。
転校したばかりでロクに友達のいない俺は、彼女のことをうわさ程度でしか知らないし、というか興味もない。
たしかに、見た目だけなら普通に好きになれるが、高嶺の花とか深窓の姫君とか……自分と住んでいる次元が違いすぎて、彼女にしたいとかはまったく思わない。
普段は、あまり朝の時間が被らなかったので、こうして同じタイミングで部屋を出るのは初めてのことだった。俺は、「珍しいこともあるんだな」とアパートを後にする。
俺の通う琴吹学園高校は、山の上に建てられている。田舎の高校ということあって、1学年100人にも満たない小さな学校だ。
俺のアパートから、田畑に囲まれた田舎道を通り抜け、駅前の比較的に栄えた商店街を横切り、通称「地獄坂」という激坂を登り切ると、ようやく正門が見えてくる。
正門前には、がたいのいい生徒指導教員が立っていた。
生徒指導教員は、正門を通る生徒に「おはよう!」と挨拶している。
俺は思わず、「うへぇ」と顔を歪ませた。
最悪だ……朝からあのゴリラに目をつけられることは勘弁願いたいな……。よし、他の生徒達に紛れて正門を――。
「む……おい待て、転校生」
「……」
案の定というべきか、俺は生徒指導教員――通称ゴリラに呼び止められてしまった。ゴリラは、ずかずかと俺に歩み寄ると、眉間にシワを寄せた。
「おい……小藤。前の学校でどうだったか知らないがな。髪を染めろとなんど言ったら分かるんだ?」
「……俺の方も、なんども説明してますけど、地毛なんで染める気ないです」
俺は、プリン色の髪を撫でながらゴリラに言った。
俺は父親が日本人で、母親がイギリス人のハーフだった。プリン色の髪は、母親譲りのもので、学校側にも異装届けを出して受理されている。
ここで、ゴリラにあれこれと指図さるいわれはなかった。
しかし、なにが気に食わないのか、ゴリラは「はあ……」とこれみよがしにため息を吐く。
「どうせお前みたいなやつは、タバコとか、酒とか飲んで、夜遊びしているんだろ? うまく隠しているみたいだが、俺の目はごまかせないぞ?」
「……なにを根拠に言ってるんですか。それ」
「見れば分かるんだよ。若いうちから、酒とかタバコとかやってるような連中は、みんなそこで成長が止まるんだ。だから、お前みたいに身長が低くて、小さいやつが多い」
と、ゴリラが俺を指差した瞬間――俺は髪を逆立てて声を荒げる。
「小さくないですけど!?」
そう否定するものの、残念なことに……たしかに俺の背は低かった。
高校2年生男子の平均身長は、169センチと言われている。ところが、俺の身長はそれを遥かに下回る145センチほどであった。髪色のこともあり、見た目ちょっと大人ぶった小学生の男の子だ。
いや、誰が小学生じゃい!
「ふん……小学生みたいな見た目でなにを言ってるんだ?」
「小学生みたいな見た目じゃないですけど!? 俺は、酒とかタバコも夜遊びだってしてない! デタラメ言わないでください!」
「どうだかな~? それをいったい誰が信じてくれるんだ? なんたってお前は”前”持ちなんだぞ?」
「……」
俺は、ゴリラの言葉になにも言い返せなかった。”前”というのは、つまり前科があることを指している。
そう――俺は、ある罪で少年院に送られ、現在は保護観察を受けている身だ。少しでも、問題を起こせば今度こそ少年院で過ごすことになる。
それをゴリラは暗に強調し、ここにいたければ大人しくしていろと釘を刺したのだ。
なんてやつ……それでも教師かこのゴリラ……!
内心でそう罵ってやるが、まさか言えるはずもなく無言で会釈して、その場からそそくさと離れた。
俺が前科持ちの犯罪者であることは、学校中に知れ渡っている。おかげで、どこへ行っても厄介者扱いされ、転校して1週間経つが、ロクに友達もできやしない。
そもそも、クラスメイトから距離を置かれているため、友達を作りようがないというか。
孤独という意味では――俺と同じクラスにも1人いる。
その人物は、窓際最後尾の椅子に座り、綺麗な背筋で本を読んでいた。その人物とは今朝方、挨拶を交わした毒島郁乃だ。
毒島は、目が悪いのか黒ぶちのメガネをかけていた。
勘違いしないでもらいたいのは、別に毒島が好きだとか、気になるとかで見ているわけではない。これは目の保養的なあれだ。
たとえば、そう……人は癒しを求めて愛らしい猫の画像を漁ることがある。俺はよく漁る……まあ、つまりはそういうこと。
毒島は遠くから眺める分には、顔が整っているし、見ていると心が洗われる美貌を持っている。眼福、眼福……と、俺が毒島を遠目から眺めていると、教室の門口で手招きしている女性が目に入った。
見ると、女性は俺のクラスを担当する担任の川口先生だった。
川口先生はあきらかに、俺に向かって手招きしていた。
俺は、なんだろうと席を立ちあがり、怯えるクラスメイトの間を縫って教室を出る。
「おはようございます。なにか用ですか川口先生?」
「おはよう、小藤くん……ちょっと、聞きたいことがあるから、職員室まで来てもらえるかしら……?」
「聞きたいことですか?」
「ええ……妹さんの不登校についてね」
妹――俺の脳裏に、おそらく今も家で自堕落な生活を送っているであろう、引きこもりの妹が思い浮かぶ。
はて、そんな妹の件でいったいどんな話なのかと職員室に行くと、そこでもまたあらぬ疑いをかけられることとなる。
「小藤くんの妹さん……転校してから一度も学校に来てないでしょう? まさかだけど、お家に監禁とかしないわよね?」
「……は?」
俺は訳が分からず、素っ頓狂な声をあげた。
詳しく聞くと、どうやら俺による家庭内暴力などが疑われているらしい。前科持ちという肩書だけで、まさかここまで疑われるものなのかと、愕然とした。
しかし、ここで声を荒げると、またあらぬ疑いをかけられることは目に見えている。俺は、努めて落ち着いた声音で答える。
「俺、そんなことしてないです」
「……そう? なら、いいのだけれど。明日から、妹さんにも学校に来るよう言っておいてちょうだいね。場合によっては、家庭訪問もするから……あんまり先生の手を煩わせないでね」
「……」
なんて無責任な――俺は、出かけた言葉を呑み込んで、愛想笑いを浮かべた。
※
前科一犯の犯罪者――俺がこの田舎町のどこへ行っても、そういう目で見られる。
それが前科というものなんだろうし、もう割り切って考えているけれど、それでも四六時中、ヒソヒソと陰口を言われるのは気分がいいものではない。
神経はすり減るし、誰が陰口を言っているのか気になって心も荒んでいく。
そんな周囲の視線から解放されたのは、午後の授業が終わった放課後だった。
学校から自宅アパートに帰ると、丁度アパートの大家さんが、せっせと掃除をしているところだった。
大家さんは、俺を見ると柔和な笑みを浮かべた。
「あら……おかえりなさい。翔太くん!」
「ただいま、志穂子さん」
「うふふ、そんな他人行儀な呼び方じゃなくていいのよ〜? 私のことは、お母さんか、お姉さんって呼んで!」
このアパートの大家――竹内志穂子さんは、興奮したようすで俺に抱きついた。
抱きつかれた拍子に、志穂子さんの豊満なバストに顔が埋もれてしまう。
おお、なんだここは天国か……?
いや、そうじゃなくて。
俺は、なんとか志穂子さんの拘束――抱擁から逃れて抗議の声をあげる。
「ちょ、志穂子さん! こ、子供扱いしないでくださいよ!」
「え~? 私にとって、翔太くんはまだまだ小さくて、可愛い甥っ子だよ?」
「別に小さくないんですけど!?」
志穂子さんは、俺の叔母にあたる。
親父の姉で、少年院を出所して、保護観察を受けることになった俺の身元引受人を名乗り出てくれた。
俺としては、感謝してもしきれない人なのだが――いかんせん子供扱いしてくるものだから、苦手意識があった。
なぜなら、俺は小さいとか、チビとか、ショタとか――とにかく子供扱いされるのが大嫌いだからだ。志穂子さんは、母性の塊みたいな人だから、妙に俺を子供扱いする節があった。
「志穂子さん……俺に小さいとか言うの、やめてくれません? 身長が低いのコンプレックスなんで……」
「ええ~可愛いと思うんだけどな~」
志穂子さんがそう口にすると、俺は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
昔から――体が小さく非力だった俺は、翔太という名前もあいまって「ショタ」だとか、「ぼくちゃん」などと揶揄されていた。
それがキッカケで、自分の身長がすっかりコンプレックスになっていた。
毎日、牛乳を飲んでいるのにどうして伸びないのだろうか……。
志穂子はしきりに、「可愛いのにな~」と残念がっているが、俺が本気で嫌がっていることを察したのか、肩を竦めて頷いた。
「しょうがない……翔太くんの嫌がることは、私もしたくないし。うん! 分かったよ!」
「それじゃあ……」
「だからこれからは、ショタくんか、ぼくちゃんって呼ぶわね!」
「ショタじゃないんですけど!? というか、ぜんぜん分かってないじゃないですか!」
こうして志穂子さんとの一悶着を終え、俺は無事に104号室に帰宅。玄関の鍵を開けて中に入ると、こじんまりとした1Kの部屋が視界に入る。
部屋に入ってすぐの洋室には、真っ暗な部屋でカタカタとパソコンのキーボードを鳴らす少女が、丸テーブルの前に座っていた。
窓から差し込む夕日が鬱陶しいかったのだろう。カーテンは完全に閉められ、明かりも点いていない。
俺がおもむろに電気を点けると、パソコンをいじっていた少女が、「んぎゃ!」と間抜けな声をあげた。
「ただいまー、アーちゃん。お兄ちゃんが帰ったぞー」
「おおう……なんだよ、お兄ちゃんかよ。びっくりさせやがってぇ……お帰り~」
少女――俺の妹である小藤朱音、通称アーちゃんは耳にしていたヘッドフォンを外し、体ごと俺に向けてそう言った。
朱音の容姿は、兄の俺とは似て非なる。
病的なまでに白い肌を晒したホットパンツを履いていて、自己主張の激しい胸は、うさぎ耳パーカーの上からでもよく分かるほど育っている。
俺の妹なのに、身長は俺よりも頭一つ分高い。髪色は同じプリン色だが、あまり手入れをしておらず、腰まで伸びた髪がボサボサになっているし、前髪も目にかかってしまっている。
せっかく、綺麗な髪なのに勿体ない。
「それにしても……部屋、汚いな」
俺は通学鞄を部屋の隅に放り、部屋の惨状について思ったことを口にする。
洋室には、脱ぎ散らかした服が散乱しており、妹の可愛い下着すら落ちている始末。カップ麺のゴミが詰め込まれた袋や、紙くずなども多い。
まあ要約すると、とにかく部屋が汚い。
「なあ、アーちゃん。お兄ちゃんは、学校から帰ってきて心身ともに疲れ切ってしまって家事とかやってられないんだ……洗濯とか料理は俺がやるから、掃除だけでもやってくれまいか」
「ふっ……アーちゃんは汚くするプロなんだぜ? 掃除なんてしようものなら、さらに汚くする自身があるね!」
「自慢することじゃねえ……」
なぜ俺の妹はこんなにダメ人間になってしまったのだろう……どこかで育て方を間違えたのかもしれない。
「というか、お兄ちゃんさ。洗濯はともかく、料理できないから、ここ1ヶ月はずっとできあいのもの買ってんじゃん。それで、料理は任せろって言われても~?」
「お前……! 俺がいないとなにもできないダメニート妹のくせに!」
「お兄ちゃんが言っちゃいけないこと言った! アーちゃんやればできるもん! ダメじゃないもん! そうやってすぐに、お兄ちゃんは怒るから器も身長も小さいんだよ!」
ブチッと、俺は額に青筋を立てた。
「貴様この野郎! 俺は断じて小さくないんだからな!? こいつめっ、今日こそ決着つけてやる!」
と、こうしていつも通り、血で血を洗う兄妹同士の殴り合いが始まった。
まあ殴り合いと言っても、俺は非力だし、朱音は引きこもりだから力ないしで、結果はいつも引き分けに終わるし、怪我もしない。
ボコスカとか殴り合ったすえ、案の定本日も引き分けとなり、お互いに肩で息をしていた。
床に散乱していた荷物があちらこちらに散らばって、部屋がさらに汚くなったことは……言うまでもない。