72話 Regret Ⅷ
「回避!」
「はいっ!」
その合図で大きく後方に下がる。同時に咲果の拳が直前まで居た地点に打ち付けられ地面が砕ける。
咲果は砕け宙を舞う砂粒一つ一つに瘴気を纏わせこちらに向けて放つ。完全に回避するのは不可能と考え多少の被弾を覚悟で身構える。すると目の前に現れた憐斗さんが腕を振るとそれらが消滅し小石を咲果に向けて弾く。次の瞬間には咲果の足が撃ち抜かれ動きが鈍くなる。
「っ…はァァァっ!」
咲果の右腕が五角のように伸び掴もうとしてくるが間合いに割り込んだ憐斗さんが腕を弾く。
「鬱陶しいっ!」
咲果の拳を片手で受け止め
「俺は君を殺すつもりは無い、だからやめろ」
「うるさいっ!お前には関係ない!」
憐斗さんの呼び掛けを無視し背中から六本の爪を生やし串刺しにしようとする、しかし次の瞬間にそれらは粉々に粉砕される。
「なにを…!?いや、それが相良憐斗…アマテラスの力」
再び距離を詰め攻撃を仕掛けようとするが、直後何かを感じたのか咲果の動きが止まり詰めた距離を離す。
「今の感覚…まさか…」
「結彩がやってくれたみたいだな」
それは憐斗さんも感じたらしく咲果とは対照的に安堵した口調で呟いた。
「あれが負ける…そんな事が…認めない…認めないっ!もう一度っ!」
発狂に近い様子で黒い腕をこちらに向け伸ばす。
「逃げてばかりだと駄目…それぐらい分かってる…!」
自身の信念を曲げない為にはそれ相応の力が不可欠、憐斗さんを見てそれは嫌という程感じた。
(力がないといけないなら…私はそれを求める!だから…!)
その腕に向け拳を突き出し受け止めた。同時に身体から熱を感じ熱を拳に集中させ、腕を押し返す。
「はぁぁぁぁっ!」
自身の周囲に無数の刃を想像させ腕を振り下ろすと同じくして撃ち放つ。回避行動をとろうとしていた咲果だが変則的に動き迫り命中するまで追いつづける刃を回避するのは不可能だ。それを察したのか鋭利な氷の塊を作り出し刃を相殺するが、掻い潜った一撃が腕を突き刺す。
「はぁぁぁぁっ!」
開いた手を握ると突き刺さった刃が震え腕を切り裂いた。
「やった…!」
「だからどうしたぁぁっ!?」
切り落とした腕が動き襲いかかってくる。それを間合いに入った憐斗さんが薙ぎ払い消滅させる。
「すいません…」
「気にするな、君は俺が守ってやる、だから存分に戦え」
「分かりました」
「ふざけた事をっ!」
両手に短剣を想像し咲果に向けて突っ込む。作り出す氷塊を砕き足を止めずに突き進む。それを見た咲果が氷の壁を何重にも展開し視界が塞がれる。
「はぁっ!」
右手の短剣を投げ放ち目の前の進路を開く。
「っ!?」
放った短剣は衝撃波を放ち砕いた破片を巻き上げる。
瞬時に氷の刃をぶつけ短剣が粉砕されてしまう。氷の刃の冷気が刃を振るった周囲の空気を凍結させそれを放つ。短剣で氷の塊を受け止めるが想像以上の重さに足の踏ん張りが効かず後退りを繰り返してしまう。
「ぐっ…!」
「これで終わりだっ!」
特攻してくる咲果が氷塊を押しその衝撃により短剣と氷塊が相殺されるがその奥の咲果の剣は粉砕されず剣先がこちらを向いていた。
「しまった…!?」
後ろに下がり距離を置こうとするがそれよりも咲果の接近の速さの方が早く回避が出来ないことを悟った。直後、目の前に現れた人影が咲果の剣を地に叩き落とし砕く。
「毎度毎度邪魔をっ!」
咲果が目の前に立ち塞がった憐斗さんを睨み上げる。地から氷の針を作り出し頭上の憐斗さんに向けて放つがそれを人差し指と中指で挟み止める。
「なっ…くっ!」
その時腕を掴まれ憐斗さんは大きく後ろに飛翔。咲果は自分を巻き込むように空気を凍結させる。それに触れた咲果に氷がまとわりつきその状態で飛び込む。咄嗟に作り出した盾で防ぐが着地する瞬間を狙われ憐斗さんとの間に出来た隙間を狙い細い氷柱が咲果の周囲から放たれ注意を分散する為に二人は二手に別れる。
「しつこいっ!」
自分の体力は確実に削られるのを感じながら、どれだけダメージを与えても無尽蔵に湧く咲果の体力に理不尽さと腹立たしさを感じ怒号と共に咲果と同じようにイメージしたショットガンを自身の周囲に作り出し一斉に銃口を上空に向け放つ。
拡散され突き進む銃弾それぞれは氷を打ち砕き他の銃弾の道を作り出す。そして生き残った弾丸は咲果に降り注ぎ咲果は地面に落下する。
(もしかして一度に受けても大丈夫なダメージには限度がある…?だったら!)
両手に再び剣を作り出す。先程と違うのは剣の長さが長い事だ。
「はあっ!」
「深崎は馬鹿なのかなぁっ!」
同じく氷の剣を掴み受け止める。空いたもう一方で突き出すがそれは見通されていた為に軽くあしらわれる。
(その隙が狙い…!)
競り合っていた剣が縮み短剣へと変わる。急な間合いの変化に対応出来ず一撃が咲果を斬る。
「ぐっ…それぐらい…なっ!?」
軽くあしらったはずの剣が銃に変わり銃口がこちらを向いていた。それに気づいた時は遅く、放たれた散弾が全弾咲果に命中、続けて2発3発と撃ち込まれる。
「このっ!?」
全身に風穴が空きアルマの力でも修復間に合わない状態ながらも起き上がり攻撃をしようとする咲果に短剣を放ちそれは咲果の右目に突き刺さる。片目を失い反応速度が落ちた瞬間を狙い腕の砲塔を前方に向けゼロ距離の砲撃を撃ち込む。爆発により咲果だけでなく自分自身も吹き飛ぶが憐斗さんが受け止めてくれる。咲果の絶叫を聞きながら荒い呼吸を落ち着かせようとする。
「はぁ…はぁ…」
「大丈夫か?」
「さ…流石に…も…問題ないとは…言いにくいです…」
戦闘中はそんな事は無かったがやはり人と接するのは苦手だ。視線を合わせれず徐々声が小さくなる。
「クシナダの力はどうだ…?」
「そ…想像以上に…つ…疲れ……ます…」
「よく頑張ったな」
そういい肩を軽く叩かれた。その言葉に対して何も言えなかったが
(今…凄いドキドキしてるんだけど…なんでさ…)
満更でもないと感じ嬉しく感じた。そんな気を抜いた時だった。瓦礫の中から咲果が飛び出し突っ込んでくる。
瞬時にチハが実体化し装甲で咲果の攻撃を受け止めるが一瞬で粉砕される。
「ほんと…体力の限界は無いの…!?」
「いや、そんな事は無いよな?」
一瞬だったがその動作はゆっくりと正確に動きを捉える事が出来た。憐斗さんに咲果が触れるとそこから閃光が広がり、それを喰らい再び咲果は吹き飛び更に、同時に纏っていた罪人の力が消滅する。
「つ…罪人の力が…何をしたんだ!」
「罪人の力を消したそれだけだ」
「っ!」
「君は七つの罪人を取り込むことでそれらの力と再生能力、体力を得た、一つの罪人が欠損すれば別の罪人に入れ替わる事で損傷した部位を瞬時に回復、それを繰り返せば回復に使わなければならない、それを七つの罪人に対して順番に行えば体力の回復に力を使わなくて済む、それが君の無尽蔵に湧き出るように見える体力のからくりだろ?」
「どうして…いつわかった…」
「さぁいつからだろうな」
咲果は憐斗さんを睨みあげる。だがそれ以上何も動こうとしなかった、いや出来なかったと言った方が正しいのだろうか。
「七人ミサキの呪いのように見せかけて居たのは呪いというモノで恐怖という負の感情を集め効率よく罪人を成長させようとしたんだろ?」
「分かったような事を」
我慢の限界が来たのだろう遂に咲果が拳を握りそれを憐斗さんに向けようとする。しかし直後間合いに割り込む人物が居た。
「君は金木香登か?」
「僕をご存知ですか、流石最強のお人ですね」
「香登!何しに来た!?」
「潮時だ、ここは引くよ」
「くっ… 」
「これ以上は危険だ、五角と六角を倒したのはツクヨミの力を宿してる二人だ流石にそれらを相手には出来ないだろ?」
「わかった…」
こちら側からでは二人が何を話しているのかは分からなかったがその場から立ち去ろうとする。
「ま…待ってよ!」
「あんたの事前から大っ嫌いだったわ」
そう言い残しその場から立ち去った。追おうとするのを肩を掴まれ引き止められる。
「やめておけ、相手の狙いが君の力だと今の君が行くと捕らわれる事になるぞ」
「わ…私に…クシナダの力を使いこなせる…実力があったら…」
昇る朝日を見上げて歯を食いしばった。
「残念だったな」
「何?煽ってんの?」
香登の一言が癪に触り強めの口調で聞き返した。
「そうじゃないんだがな…目的の為にはあの力が必要なんだろ?」
「なぜ知ってる…」
「最初から分かっていたさ、今のワーストには個々に思惑がある者が多いからね、心配しなくても邪魔はしないさ」
「それでいい…」
(私は絶対あいつに復讐する…弥咲の無念は私が…絶対…!)
その時目の前から鮮血が降り注ぎ頬にかかる。
「なっ!?」
目の前にいた香登の頭部が切り裂かれ地面に転がり首の断面から大量の血が噴出していた。
「誰だ!?」
『憐斗の邪魔をする愚行、死んで償え』
周囲を見渡すが声がこだまし正確な位置が特定出来なかった。
「知るものか!あいつが勝手に割り込んで…」
自身の右腕に鋭い痛みを感じそこを見る。
(腕が…無い!?)
出血する腕を抑え激痛に歯を食いしばる。
『復讐…そんなくだらない事をして何になる?』
「くだらない…だと!」
『そう、くだらない、復讐をして何になる?それが達成してお前の気分は晴れるのか?お前の復讐の口実になる為に弥咲は死んだのか?』
「何も知らないお前が…知ったように弥咲の事を語るなぁっ!」
次の瞬間、目の前に現れた人物を見て目を疑った。
「お前…は…」
「自身を犠牲にして守った相手に理解されず思い込みの解釈で復讐する…彼女も報われないわね…」
心臓を貫かれ即死した咲果を受け止め地面に寝かす。
「冷酷なのか慈悲深いのか…なのだよ、蒼嵐」
「今の私に慈悲なんて無いわよ」
「慈悲が無い人が復讐の無意味さを諭そうとして考え直させようとしないのだよ…」
苦笑いを浮かべる映月。
「私はもう引き返せないわ、それを覚悟でこの力を手に入れたんだから」
そう言い血に染った両手を目に焼き付けた。
そしてその様子を見ていた夕立は微笑み、憐斗達の元に向かった。




