27話 MyPrince
「迷惑かけたわね…」
病室から至る所に包帯を巻いた玖由が姿を見せた。
「本当すごいわね…あんな傷だらけだったのに重症の傷とかは一切してないんだから」
綾乃は苦笑いをしながら呟く
「たまたまよ…」
そう言いながら顔にかかる前髪を横に流す。
「なんか…髪伸びました?」
玖由の仕草で疑問を持った松根が尋ねる。
「やっぱりそう思う?」
と髪を弄り後で蒼嵐に整えてもらおうと思った。
「それより…次の試合の事だけど…」
玖由が話そうとした瞬間、僅かに揺れる振動と足音が徐々に近づき扉が勢いよくひらく。
「大丈夫かい!ハニー!」
( ちっ…)
玖由は心の中で舌打ちをした。
「誘拐されつ酷い事を…ぐっ!?」
「会長、ここは病院です落ち着いてください」
横から現れた女性に横腹を殴られ打ち上げられ床に叩きつけられる。
「よ…容赦ないね…」
「ここなら怪我をしても問題ないでしょ」
「ねぇ…あの人は…」
葵は綾乃に小さな声で尋ねる。
「生徒会の会長と副長よ」
と二人を見る。
「あの殴られてる方が会長の常磐虎狼武装はエレファント重戦車、殴ってる方が副長の古賀南帆武装は重巡洋艦プリンツ・オイゲンだったはずよ…それに次の対戦相手」
「へぇー…へぇっ!?」
思わず聞き返してしまう葵の反応に綾乃はくすりと小さく笑う。
「で…なんでそんな人が玖由の見舞いに来るのですか」
「あーそれは…」
この学校に入学した時には既に玖由が並外れた才能を持っている事が知れ渡っておりそれに目をつけた虎狼がスカウトしたのだという、しかし玖由ははっきりと断ったが諦めきれないのか時々接触をしてくるのだという。
「ストーカー…」
小声ながらもはっきりと呟く葵を見て引いているのを綾乃は察した。
「それで今日はどうしたんですか?対戦相手に挨拶をするような人じゃないですよね」
「おぉ!流石私の見込んだ玖由だ」
玖由の鋭い目付きに喜ぶように虎狼は言う。
「今回の試合私達が勝てば玖由、君は生徒会に入るんだ」
「…ちょっと待ってください!」
今まで黙っていた京也は立ち上がり虎狼に詰め寄る。
「先輩は負傷してるんですよ!次の試合もこんな状態で挑めとか…ほぼ強制的じゃないですか!」
「なにを言っているんだ?玖由がこんな傷を負った原因は君達が未熟だからだろ、私なら玖由を傷付けさせない」
最後の一言で京也の怒りは頂点まで達した。
「ふざけるな!」
拳を握り虎狼に向ける。しかし次の瞬間、二人の間に南帆が入り京也の拳を受け流し逸らす。そして肘を虎狼に突き出し打ち込む。
「っ!?」
「な…んで私…まで…」
悶え気絶する虎狼を見下ろし視線を京也に向ける。
「ここは病室、感情に任せてなんでもしていい所じゃない」
「っ!」
腕を振り払い更につっかかろうとする京也を玖由が止める。
「やめなさい」
そう言い南帆を見る。
「なら、次の試合で決着をつけませんか?」
「なにを…」
人差し指で京也の唇を抑える。そして軽く笑みを見せ再び南帆を見る。
「次の試合は殲滅戦、チームとしての力量が左右する戦いならどちらが強いか分かるんじゃないですか?」
「確かにそうね」
玖由の提案に南帆は納得する。
「会長のやり方には賛成しませんがあなたに対する考え方には賛成です」
「私への考え方?」
「あなたの才能は人並み外れている、ならその才能をもっと活かすべきよ」
と言い気絶する虎狼を蹴り起こし連れていく。
「なーにまた賭けてるのよ!それも自分をっ!せっかく助けたのに!」
綾乃が不満を爆発させ玖由にぶつけた。
「問題ないでしょそれとも負けるつもりだったのかしら?」
挑発するような口調で玖由は綾乃に尋ねる。
「まっ…負けるわけないでしょ!」
と綾乃のやる気に火をつけ玖由は京也を見る。
「あなたが切り札よ」
「それってどういう…」
玖由は京也と結彩を見て微笑んだ。
ーーーーー
歓声が響き渡る中、京也達は準決勝のフィールドに出る。高低の様々な壁や密集した草木が迷路のように散りばめられていた。
「まるでサバゲーのフィールドね…」
綾乃はそう呟く。京也達のスタート地点に再び虎狼と南帆が現れる。南帆は京也達一人づつの顔を確かめるように見る。
「あなた達全員で四人なの?」
「そう…ですけど…あの状態の先輩を戦わせるわけにも行きませんから」
警戒するように京也が答える。
「警戒しなくても大丈夫さ、我々も同じ人数で戦おうと言いたいのさ」
「どうしてそんな事を…」
その問い掛けに虎狼は京也に近づき
「君達との実力差をはっきり見せるためさ、君と私どちらが玖由にふさわしいか…」
小声でそう言い去る。
「っ!」
歯を食いしばり感情を抑え虎狼の後ろ姿を睨む。
(まだだ…この感情をぶつけるのは試合が始まってからだ…堪えろ!)
「京也…っ」
陣地に向かう京也に声をかけようと綾乃は手をかけようとするが京也から漂う雰囲気を察しその手を止めた。
(怒り?…違う…けどそれに似た感情…)
「まずいわ…京也君の感情が安定してない」
引っ張られそうになるのを耐えながら玖由に相談する。
「全く…」
ため息を付きながらも結彩の手を握る。
「大丈夫よ、あの子なら…結彩も頑張って」
握る手が僅かに強くなったのを感じ
「うん…そうだね」
気合いを入れ直した。
試合開始一分前相変わらずの雰囲気の京也に綾乃はどうすれば良いか悩む、そんな綾乃の肩を叩き松根は京也の背中を強く叩く。よろめいた京也に
「しっかりしてください、あなたが乱れていたら勝てるものも勝てませんよ」
「あぁ…そうだな」
その返答と同時に試合開始のホイッスルが鳴る。
「っ!?」
京也は松根と葵を突き飛ばし最も近くに居た綾乃を引き寄せその場から離れる。すると四人の居た場所に砲弾が打ち込まれる。
「どこから!?」
「相手のスタート地点からだ!」
「そんな所から正確になんて…」
「あの時か…!」
虎狼達がこちらのスタート地点に自分達の地点からの方角と距離を図り計算していたと京也はその考えを綾乃に伝えた。
「よく分かったわね…」
「俺も先輩の言葉が無かったらやられてた…」
「一つだけあの人達と戦うコツを教えてあげるわ」
「戦うコツですか?」
「そう、あの人達の行動には必ず自分達が利益になる理由がある、それを見極めなさい」
もう少し具体的なアドバイスを期待していた京也は戸惑いながら
「ど…どうやってすれば」
と尋ねた。
「それも訓練よ頑張りなさい」
冷たく突き放すように言ったと思えば玖由は微笑み
「私を守ってね王子様」
その一言に思わずドキッとしてしまう。それを見た玖由はまるで小悪魔のような笑みを浮かべ
「ドキッとした?」
顔を赤くした京也をからかうように尋ね
「ポーカーフェイスも大切よ、頑張ってね」
「っ…!」
思い出し急に恥ずかしくなった京也は顔を赤らめる。
「どうしたの?」
「なんでもない」
そう言い二人は松根と葵の元に向かう。しかしその行く手を壁を貫いた砲弾が行く手を阻む。
(一方的に狙われ続けると回避が間に合わない…少しでも反応が遅れたら…)
綾乃の手を離し京也は後ろに下がる。するとその間を砲弾が通過し京也を掠める。
「危なかったね…でもこのままだと…」
中継を見ていた結彩は京也達の間一髪の行動に冷や冷やしながら見守っていた。
「負ける…そう思う?」
「えっ?」
(まだ逆転できるわ…京也くん…問題はそれに気づけるかだけど…)
祈るように手を重ね玖由はテレビの中継から目を離さなかった。