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静止世界

第八話

作者: 六藤椰子〃

 「…博士、グッドなタイミングです」ミヤギが言う。

父親も驚いていた様子だった。お互いに言葉が出ない。「ツバサ…ツバサなのか?」父親が訊いてきた。

僕は何て言って良いのか分からなかったのだが、父親の一言で何かがフッと切れたような感じとなり、父親に怒声を浴びさせてしまった。自分ですら何を言ったかは覚えていない。とにかく感情的となり、頭の中が真っ白で、「なんでこんな所にいるのか」「本当にお父さんなのか」などと言ったのは覚えている。理性がついていかない。それほど悲しくて、嬉しくて、滅茶苦茶で。どうして良いのか分からなくて、怒鳴りながら泣いていたかもしれない。自分でも情けないぐらいに抑える事が出来なかった。

父親に話しかけるまでは隣にいたミヤギも、空気を読んだのか、いつの間にかいなくなっていた。冷静さを取り戻した自分は、「お父さんは…なんでモニター越しになの?」と尋ねた。

感情的になった僕の言葉を黙って聞き続けてくれた父親は、暫くしてから口を開き「このモニターはそちらかかだと電源を着けられないようになっている」と答えてくれた。

「どこにいるの?早く迎えにきて」と尋ねてみると、父親は率直に「それは出来ない」と答えてきた。

「何故!」と直ぐに僕は反論したのだが、反論してからハッとした。ミヤギは『この世界はあの世のようなもの』と言っていた。もしかしたら、このモニターは、あの世とこの世を繋げる通信機みたいなものかもしれない。

「何故…と言うのも答え難い質問だが…。そうそう、今は何時だ?」と父親が訊いてきた。

唐突の質問に戸惑ったが、「え…?17時だけど…」と室内にある時計を見て答えた。

「なら時差はほとんどないようだな」と父親は答えてきて、「今日のところは一旦お開きだ。明日の午後13時過ぎ頃にまた会おう」と言い続けて、モニターの電源が切れてしまった。

「ちょっと!」と叫んだのだが、もう遅かった。モニターは再び着くような事はなかった。

ミヤギは僕の肩に手を乗せてきて、「ツバサって言うのか。良い名前だな」と言ってきた。

「ミヤギはお父さんの事を知っていたのか…?」と必死に冷静になって尋ねると、無言のまま頷いた。

「何故!」と僕は再び怒鳴り始める。「何故!今まで教えてくれなかったんだ!」と続けざまに叫んだ。

「そのエネルギーは別の所で使いなさい。今日はとりあえずここでゆっくり休むと良いよ」などと言って宥められた。「お腹は空いたかい?」

「いや、空いていない。けれども食べとく」と僕はそう言ってパンを食した。当然眠る事も出来ず、夜中はこのビルの周り、街並みをぶらぶらと歩いた。人の気配は感じる事が出来ず、入れるのもミヤギが教えてくれたこのビルだけで、マンションはロックが掛かっている為入れず、そのまま徹夜してしまった。不思議な事に疲れはなかった。このビル周辺にあったコンビニから椅子を持ってきて、モニターの前にそれを置いて座って休憩する事にした。

 翌朝。僕はふと気づくとモニターの前で眠っていた。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。椅子にもたれ掛かって毛布がかかっていたので、辺りをキョロキョロさせていると、「博士は13時過ぎになるまでは応答ないと思うけど」ミヤギが言ってきた。

「博士って」と僕は言い返し、「ミヤギは助手か何かなのか?」と続けて尋ねる。

ミヤギは何かを考え込んでいたが、「ここでは助手と言う扱いにはなるかな。手伝いにきているだけだよ」と答えた。

「なんで教えてくれなかった?」と僕は続けて質問する。

「君は本来ここにお呼ばれと言う訳ではなかったし、聞かれなかったから」と答える。嘘吐いてる訳ではなさそうだ。

「ここに呼ばれてない、と言うのはどういう意味なんだ?」と僕が反論すると、ミヤギは「ここに呼んだのはボク独断の行動によるものだ。博士も驚いたかもしれない」と答えてきた。

ミヤギは独断でここに僕を案内したらしい。確かにミヤギの案内がなければ、僕はここの存在を知らなかっただろうし、かといってビル内に入った所で電源すら着けられずスルーしていただろう。

「お父さん…父さんはどうしてモニター越しでないと会話出来ないんだ?」などと僕は父親に関する質問をしたが、父親に関する質問は全て「本人に訊くと良い」としか答えてくれなかった。当然と言えば、当然であるが、父親とミヤギはそれでも何かを隠している事には違いなかった。この世界に関する事、海沿いで見た異様な光景。

 僕はミヤギには黙ってビルの外を再び歩き出す。13時までまだまだ時間があるからだ。

この見渡す空も、大地も、海も、本当に現実なのだろうかと言う疑問がわいてくる。人は一度疑ってしまうと、ずっとそれしか考えられなくなる。考えると言う事は、眠れなくなる原因の一つでもある。

現実の世界とは仮想世界である、と聞いた事がある。シュミレーション仮説と言うものだ。脳細胞は限りなく宇宙にも似ているらしい。もしかしたら脳を限りなく最大で見れば宇宙が見れるかもしれない。生きている人の脳は宇宙と重なり合っているかもしれない。人が死ぬと言う事は、宇宙から拒絶された証かもしれないし、そうでないかもしれない。しかし実際のところ、仮説とはどうにでもなるものなんだ。あくまでも思考であり予想にしか過ぎない。

妙に落ち着かない。僕は歩き続ける。父親と会話出来ただけでも嬉しかった。しかし嬉しかった反面、不安でもあった。何故モニター越しにしか話せないのだろうか。真実は父親から全て話してもらうつもりでいる。

だからといって父親の言葉を全て鵜呑みにする訳にはいかない。画面越しに通話している父親がAIである可能性もある。本人である証はない。けれども少なくとも、信じないよりは信じた方が良いだろう。考えても考えても分からない事ばかりだ。

やがて僕はビルまでに戻ると、ミヤギと父親は会話をしていたようだった。父親はいち早く僕の存在に気づき、「ツバサ、来たのか。私の声はちゃんと聞こえるか」と訊いてきた。

「聞こえる」とそっけなく答えた。暫くして父親が画面に映し出される。

「ツバサ、先ず確認したい事がある」といきなり質問してきた。「お前はそこの世界に入った経緯について、覚えているか?」と続けて訊いてきた。

「憶えていない」僕は答える。「父さん、むしろなんでこんな僕はこんな世界にいるんだ?」と逆に質問で返した。

父親は目を瞑り、暫く数分の間は考え事をしていたようだった。これは父親の癖である事を知っている。そして目を開けて、「そうか、覚えてないんだな」と言ってきて、「そこの世界は、あの世の一種だ。お前の記憶の一部もその世界では反映されている」と回答してきた。

「あの世の一種って…僕は死んだのか?」僕は怒りを必死に抑えて尋ねる。

「死んだ…か。確かにそうだな」

「確かにって…!」と僕は不安が一気に爆発したようだった。「それじゃあなんだよ!このモニターはあの世とこの世の通信機だとでも言いたいのかよ!」と怒声を浴びせた。

「ショックかもしれないが、そうだ。…しかし、今会話しているのが本当にお前自身であるかどうかも疑わしい」と父親は些か悲しそうな表情に変えて返事をしてきた。

「何を言ってるんだよ!」と僕は怒声を上げ続ける。「父さんだって、僕には本人かどうか分からないんだよ」と急に不安が襲い掛かってきて、途中僕は俯きながら叫んだ。

「なんでこんな世界にいるんだよ…。直接お父さんと会話したいのに」涙が流れてきそうだった。

 暫く二人共に無言が続いた。

「ツバサ。本当に何も覚えてないのか?」と言ってきたのはミヤギだった。「君は逃げ出しているだけじゃないのか?」僕の肩に手を乗せてから続けざまに訊いてくる。

正直、鬱陶しく感じた。振り払おうともした。でも、ミヤギは何度も何度も僕に触れてくる。

「逃げ出したって…何からだ…」と僕はミヤギに視線を合わせて尋ねる。いい加減にキレそうだった。

「大切な何かを…忘れてないか?」ミヤギは真っ直ぐ僕に目線を向けていた。

何かを言いたげなミヤギ。僕はいろいろと考えてみる事にした。何故、ミヤギはここまでして僕を見守ってくれてるのか。

「博士」とまたもやミヤギが最初に言葉を発した。

「な…なんだ?」と父親も少し戸惑いつつ返事をする。

「貴方の大切なものを見せてください」

「…大切なもの…」と父親は答える。「しかし、あれは本人に見せてはならない。問題が起きる」と続けて言ってきた。問題とは何だろう…と疑問に思った。

「ツバサも、あなたも、逃げているように思えます」とミヤギが言う。

「君には関係ない事だろう!」と父親が怒鳴った。

「関係ない事はないのです」とミヤギが冷静になって答えた。父親の方を見ると口を真一文字に結んだ。「本人に、この世界の真実について話す気がないようなら、ボクから話します」と続けて言った。

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