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75.漂流の果て

 シッチリ島を出て約二日。


 私は相変わらずいかだを押していた。

 クルミに周りの観察をお願いする一方で、私も周りの状況を観察していた。


 出航した当初はいろいろと大変だった。私がつけたクルミという名前は、いつの間にか彼女の名前としてしっかりと認識されつつあるようで、気づかない間に彼女に洗脳をかけてしまっていたのだ。


 具体的にはいかだに乗ってもらったあたりからだ。そういった意味ではいかだに乗る彼女の様子をよく観察しておくべきだった。


 結果的に、洗脳が解かれるまでの間(具体的には彼女が小さな岩礁を見つけるまでの間)彼女は飲まず食わずで周りを観察していた。


「ごめんね。クーちゃん」

「ううん。大丈夫」


 その失敗を踏まえて、私はクルミにクーちゃんというニックネームをつけて、今後間違いが起こらないように配慮をすることにした。


 もっとも、本人は洗脳をかけてもらえたと喜んでいたのだが……


 そんなことはさておいて、私の中の不安は徐々に大きくなりつつあった。

 いつまでも見えない陸地。なくなっていく食料、そして……


「……ねぇ。暇」


 暇潰しを要求するクルミ。


「仕方ないでしょう。何もないんだから」


 当初こそ、海やその中を泳ぐ魚に目を輝かせていたクルミであったが、さすがに二日も眺め続けていると、飽きが来ているらしい。

 私はいかだを押すのに必死で、会話に中々応じることができないため、結果的に彼女は周りの様子を見るだけという暇な時間を過ごし続けていた。


「……また、何か見えた」


 クルミの言葉に呼応して、私はひょっこりと顔を出す。


「何? 島でも見えた?」

「ううん。違う。こっちに、来てる」

「こっちに?」


 目を凝らして、よく見てみると遠くのほうに船が見える。おそらく、彼女はそれのことをいっているのだろう。


「……聞こえる。知らない声。私たちのこと、いってる」


 目を凝らさないとわからないぐらいの距離なのに、クルミにはすでに向こうの会話が聞こえているらしい。それも、自分たちのことを言っているとなると、漂流しているいかだを見つけて、騒いでいると言ったところか。


 助かったと安堵する一方で、シッチリ島の住民だったらどうしようという不安が私の中に生まれる。

 しかし、その不安はすぐに打ち消される。


「……聞いたことのない声……だけど、みんな、ターシャの名前、呼んでるよ」


 その言葉を聞いて、私はいかだの上に上がる。


 相手の船の速度はかなり早いらしく、そうしている間にも、船は徐々に大きくなり、その船尾から手を降っている人の姿も見えてくる。


「……ターちゃーん!」


 ついに、私の耳も船首の人の声をとらえる。


「メロンちゃーん!」


 その声の主がメニーであると確信した私は懸命に手を振り返してこちらの存在をアピールする。


 それからしばらくして、メニーを乗せた船は私たちを乗せたいかだのすぐ横にまでやってきた。




 *




「全くもう。心配したんですからね」


 船に乗っていた大人たちによって、船上に引き上げられてから、事情の説明などといった大事なことをすっ飛ばしてメニーの説教が始まる。


 それに際して、私はともかく、どういうわけか一緒に救出されたクルミも正座させられている。というか、生け贄にされて行方不明になった幼女が獣人の少女と一緒に漂流しているというのにそこのあたりに関する突込みが一切ないのがある意味ですごい。


 周りの大人たちが、“あれ、亜人だぜ”とか“獣人とか初めて見た”とかざわざわしているのにメニーはそういった事情を一切気にする気配がない。


「まぁ話はこれぐらいにしてあげます。疲れているでしょうし、ゆっくりと休んでください」

「あの……ごめんね。メロンちゃん。心配かけて」


 ようやく話が終わった。私はしっかりとメニーに謝って頭を下げる。そんな私の真似をしたかったのか、クルミも頭を下げてメニーの長い説教は終わりを告げる。


「……ところで」

「何?」

「ターちゃんと一緒に漂流していたその子。誰ですか?」


 先ほどのゆっくりと休んでという言葉はどこへ行ったのか、一転してメニーは私にクルミについての説明を求めてくる。


「えーと」

「おしっこ」


 私が説明をしようとしたところで、唐突にクルミが話に割り込んでくる。よくよく考えれば、メニーの説教の途中から少しもじもじとしていたような気がする。


 クルミは無言で立ち上がると、服の裾に手をかける。


「クーちゃん! ストップ! 待って、ここでしちゃだめ!」

「……飲むの?」

「そうじゃなくて……その、おしっこする場所に案内するから。メニー、この船のトイレは?」

「えっあぁ案内します。ついてきてください」


 思っていた以上にこの子を教育するのは大変そうだ。そう考えながら、私はメニーとともにクルミをトイレへと連れていく。

 なお、クルミをトイレに押し込んだ後に、彼女の“飲むの?”という質問に関して追及を受けたのは言うまでもない。




 *




「……それで? 改めて聞きますけれど、その子は誰ですか? 見るからに亜人ですけれど」


 クルミのトイレが終わった後、私は改めてメニーから事情聴取を受けていた。

 そこで改めて私は、生け贄の儀式からシッチリ島での出来事、その脱出に至るまでを説明していく。


「……というわけみたいですけれど、どう思いますか?」


 私の話を一通り聞いたメニーは近くにいた別の少女に意見を求める。


 彼女は少し考えるようなそぶりを見せてから、私の前までやってくる。


「……初めまして。私はラメール様の巫女をやっておりますメーラです。今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 メーラは私に向けて深々と頭を下げる。


「……えっと、別にそれはいいんだけど……ラメール様の巫女だって?」

「はい。本来の生け贄にして、ラメール様の巫女であるメーラです」

「えっと……詳しく事情を聴いても?」

「はい」


 そこからはメーラからの事情の説明が始まる。


 シチリ領の上層部や教会が生け贄の復活を図っていること、それのために生け贄は必要ないというラメールの立場を表明したメーラを排除したがっていること、本来だったら生け贄は死ぬことがあまりなく、一年後ぐらいに戻ってくることが大半だということ、そして、私の捜索を依頼した時のシチリ領の反応のこと……


「なるほど。つまり、シチリ領の上層部はアリゼ領の娘()を殺してしまったと思い込んで焦っていると……」

「まぁそういうことになりますね。私はあなたが不老不死だと聞きましたが、シチリ領の方はそれを把握していませんので」


 実際、私は一度死んでいるので間違ってはいないのだが、なかなか面倒な状況になってきた。


 この船の乗員に関してもそうなのだが、シチリ領の上層部などに私が不老不死だと知られてしまうと、結果的にその情報が広まっていってしまうことになる。別段、隠す気はないのだが、私が生きているとなると、シチリ領の上層部があの儀式のことを隠蔽しにかかる可能性が高い。


 私に口止め料を払うぐらいならともかく、私を死んだことにして監禁などといった強硬策に出る可能性も否定はできない。


「さて、どうしたものかしら……」


 通常と違う手順を踏んだ時点で嫌な予感はしていたのだが、こうして改めて現実を突きつけられると、どうやって対処をしたものだろうか?


「ターちゃん」


 これからの対処について考え始めた私にメニーが話しかける。


「何?」

「これからどうしますか? シチリ領を速やかに脱出するか、あるいは……」

「……このままいくと、来年はメーラが私と同じ目にあう可能性があるわね。それに、私が生きていることが知られると何をされるかわからない……となると、やることは決まってくるんじゃないの?」


 シチリ領はあくまでもメーラの抹殺をあきらめないだろう。そうなると、来年メーラが生け贄に選ばれるかのせいもあるし、別の方法で排除される可能性もある。

 せっかく助けるために動いてくれたのだから、その恩はきっちりと返すべきだろう。


 しかし、どうやったらメーラに危害が及ばないように出来るだろうか?


 私は顎に手を当てて、その方法について考え始めた。

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