74.シッチリ島脱出作戦(後編)
洗脳の魔法にかけられて、目がうつろになったオルの前に私は座る。
「さてと……まずはクルミを監禁している理由について教えてくれる?」
「はい。小娘を監禁している理由は将来利用するためです」
将来利用する。その言葉について私は掘り下げる。
「将来利用するとは?」
「……この島は旧来より人の減少に悩んでいます。そのため、人に代わり獣人に労働させることで冬眠の負担を和らげたいと考えています。もちろん、大人の女になれば、それを利用して、外貨を稼ぐことも考えていますが。時期的にはそろそろそういうことを仕込む計画でした」
前者はともかく、後者の目的は最低なものである。
女であることを利用したお金稼ぎなどという言い方でぼかしているが、そんな方法など大体性的なサービスと相場が決まっている。普通なら、亜人追放令がある関係で、接触することすらない獣人とのいかがわしい行為。獣人といっても毛深いわけではなく、ケモミミとしっぽが生えただけの少女なので、男たちにとっては魅力的に映るのだろう。
「……まぁいいわ。次の質問。あなたはクルミをどこから連れてきたの?」
「連れていたわけではありません。勝手に流れ着いたのです」
「流れ着いた?」
「はい。ゆりかごに乗った状態で海岸に……おそらく、捨て子かと」
ゆりかごに乗って海を越えられるかは別として、彼女は生まれて間もない頃に海を漂流し、ここに偶然流れ着いたらしい。洗脳の魔法まで使って調べているのだから、それは真実だろう。
「……クルミの出生に関する情報は謎のままか……」
あわよくば、クルミの出身地を調べて、彼女をつれていこうとしていたのだが、どうやらそのもくろみは失敗らしい。
「まぁいいわ。家に戻りなさい」
聞きたいことを聞けた私は村長を家に帰す。
クルミにこの場を任せて復讐させても良かったのかもしれないが、あまりここに滞在し続けるというのはそれなりにリスクをはらむ。
オルを帰した私はクルミを連れて、その場を離れる。
「どこに、行くの?」
捨て子だのなんだの言われても動じる気配のないクルミは私に行き先を尋ねる。
「……そうね……」
いっそのこと、このままクルミを連れてどこかに逃げてしまおうか。人里離れたところに拠点をもうけて、彼女の面倒を見るのもいいかもしれない。
そう考えると、頭の中に浮かぶのはメニーの顔で、彼女ともう一度会いたい、一緒に過ごしたいと願ってしまう。
まさに今の状況は二者択一とも言える。クルミを取るか、メニーを取るか。それぞれと過ごすことはできても、この世界の状況をかんがみれば、二人が揃って私の前にたつことはあり得ない。
「……これからどうしましょう」
とりあえず、あの部屋から脱出をする。そのことばかりに意識が向いていて、私はそのあとのプランをまともに考えていなかった。
とりあえず、まずはいかだを作ろう。私がクルミをおぼって脱出してもいいが、それは緊急時の最終手段。私はともかく、クルミに危険場及ぶ可能性があるのであまりとりたくない手だ。
「さて、海の近くまで行ったらいかだ造りよ」
私がたちが脱走したことが、洗脳されていない島民に伝わるのは明日の朝。朝食が運ばれてくる時間だろう。できればそれまでに島を脱出したいところだ。もっとも、ちょうどいかだの材料がそろっていればの話だが……
「……うん。私、頑張る」
私のある意味無謀ともいえる計画にクルミは賛同してくれる。
私はそんな彼女を連れて島の中の森を歩いていく。
「……ねぇクルミ。何か音は聞こえる?」
「うん。ザザーンっていう音が前から」
「そう。だったら、このまま進みましょう」
クルミは海の音を知らない。しかし、この暗い森の中で頼りになるのは人間よりも優れたクルミの聴覚だ。
私は彼女と定期的にコミュニケーションをとりながら、海の方角を予想して進む方向を決める。
そうやって、に十分も歩けば私たちは人気のない砂浜に到達していた。
「すごい水……もしかして、これが海?」
「そう。ここが海……ほら、ゆっくりしてないでいかだを作りましょう」
いかだの作り方などよくわからないが、とりあえず木をひもでつなげてそれを私が泳いで押せばいいだろう。
推力こそ心もとないが、私は疲れることはないので永遠と後悔を続けることができる。
「とりあえず、ちょっと太めの流木もってきて」
「うん……ねぇターシャ」
「何?」
「ちょっと、その……我慢しているんだけど……海に入る前に、飲む?」
何をとは聞かない。むしろ、怖いから聞けない。
確かにあの時、二日か三日ぐらいは力が強かったように感じたが、今はすっかり元の幼女に逆戻りしている。これからのいかだを作る作業だったり、それを押す作業だった李を考えると、力があった方が得だろう。しかし、今の様子だと彼女は前と同じ方法でないと認めてくれない気がしてならない。
私は少しの間、いろいろなものを天秤にかけて決断を下す。
「……わかった。とりあえず、そこの茂みに行こうか」
私は覚悟を決めて、クルミに声をかけた。
*
一晩かけて何とかいかだ(らしき何か)をくみ上げた私たちは、さっそくそれを海に浮かべて出港の準備をしていた。
「……きれい。でも、すごくまぶしい」
海の向こうから登りつつある朝日を見て、クルミがつぶやく。
「見とれてないで。乗って」
「うん。ターシャは?」
「私は後ろから押すから、クルミは乗ってて」
今、いかだの上にあるのは近くで集めた食べられそうな食料と、それらが尽きたときのための釣り竿(木の枝)だ。針もエサもないので魚が釣れることはないだろうが、気休めには十分だろう。
私は、いかだを押して海に出る。
「ターシャ。重くない?」
「クルミから分けてもらった力のおかげで大丈夫だよ」
大丈夫だ。といいつつも、私の中には大きな不安があった。
この調子で言って、島から十分離れるよりも前に洗脳されていない人に見つかったらどうしよう。仮に島から離れたとしても、クルミの食糧が尽きるまでにほかの島が見つからなかったらどうしよう。私が見繕った食べ物が実は有害なものだったらどうしよう……不安を列挙したらきりがない。しかし、私は力いっぱいいかだを押して前進する。
「ねぇターシャ。本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。心配しないで」
私が割とノープランで計画を進めていることに気づいたのか、ここにきてクルミが不安そうな表情を浮かべる。もしくは、私のみを案じているのかもしれない。
「……私は疲れることも死ぬこともないから。だから大丈夫」
私は必死に笑顔を浮かべて見せて、彼女を安心させようとする。
「……そう。ならいい、けれど……」
そんな私を見て、彼女は一程度納得したようなそぶりを見せるが、それでも不安は脱ぎいきれないのか、あいまいな笑みを私に見せてから私に背を向けて前を見る。
「クルミ。陸地が……海の水以外の何かが見えたら教えてね」
「……うん。わかった」
単純に陸地が船といったところで、彼女にはあそこにあった本以上の知識はない。だから、私は慎重に言葉を選びながら彼女に周りを見るようにと伝える。
私の言葉に反応して、あたりをきょろきょろと見だしたクルミの姿を見つつ、私はいかだを必死に前に進める。
こうして、私とクルミの行き先の決まっていない航海は、勢いよく上っていく朝日に向かって、ゆっくり、ゆっくりと始まりを告げた。
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