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72.シッチリ島脱出作戦開始

 作戦について、簡単に話したあとは壁に石をぶつけたり、クルミと話をして時間を潰して、村人が昼食を持ってくるのを待つ。


「本は……読まないの?」

「うーん。読んでもいいんだけど……」


 確かに暇潰しと言う意味では本を読むと言うのはちょうどいい手段かもしれない。


 本棚をぐるりと見回せば、並んでいる本はいかにも教会らしく、聖書だったり、神話に関する本が並んでいる。中には関係の無さそうな歴史書や旅行本もちらほらと散見されるのだが……

 基本的にはラメールのものが中心だが、中にはルーチェをはじめとした他の神様についてかかれた本も置いてあるのが現状だ。


「……本、好きじゃないの?」

「いや、そうじゃなくて……」


 いくらか分かりやすく噛み砕いてある本もあるとはいえ、神話の本となるといささか小難しそうな気がして、なんだか読む気が起きない。理由としてはそんなところだが、なんとなく口にすることが憚れたので、私はそれを口に出す代わりに近くにあった旅行本を手に取る。


 数年前に刊行されたと思われるその旅行本は、主にシチリ領内の観光スポットについて書かれたものだ。


 その中にはメニーたちと一緒に行った祭りについても書かれていて、そこには“幼い女の子は生け贄に選ばれる可能性があるため注意”と書かれている。


 そんなただし書きをされては、訪れる人が減ってしまうのではないかと思うのだが、それが事実なら書かざるを得ないだろう。


 そう考えると、あの会場にいた女の子から生け贄を選んだ男たちの行動は正しい手順だと言えるのかもしれない。ただ単に生け贄はもうないと考えていたところへの不意打ちになってしまった感は否めないが……


「……なるほどね……」


 本を読み進めていくと、数年前の情報とはいえ、シチリ領の自然が豊かで魅力的であることを伺わせるような記事が散見される。さすが、帝都に一番近いリゾート地を名乗るだけはあるだろう。


「それ、面白いよね」

「うん。とっても」

「外の、世界は本当に、そうなってるの?」


 ある意味で重い質問に私は動きを止める。彼女にとっては、この狭い部屋と本の中に書かれた情報が世界なのだ。


「うん。そうだよ。外の世界はこんな風にきれいなところあるよ。それだけじゃなくて……」


 そこで私は言葉をつまらせる。ここで、外の世界について語ったあと、作戦が失敗して、二人でずっとここに閉じ込められるようなことがあったらどうしよう。


 そうしたら、彼女に希望だけを持たせておいたくせして、絶望に引きずり込むような残酷な行為になってしまうのではないだろうか?


「……とにかく、外の世界にはたくさんのものがあって、ここにかいていない場所やものもたくさんあるよ。例えば……」


 しかし、そんな不安を抱えながらも、私は必ずこの島から脱出するという決意を胸に外の世界について話をする。

 この世界に生を受けてから、見たものは限られているが、それでも、彼女にとって魅力のある話は出来るだろう。


「……それでね」


 私が話をしていると、クルミの耳がピクピクと動く。


「……来る。二人」


 その言葉で私は雑残をそこで終え、扉の方へと視線を向ける。


 少しすると、扉が開いて、二人の女性が姿を現す。


「昼食だよ」


 そう告げると、朝を同じようにお盆をおいて、朝の食器を回収し始める。


「ねぇねぇ」

「なんだい?」

「名前教えて」


 とりあえずは理由を告げずに最短ルーとを通ってみる。


「名前? あたしゃエマっていうよ。それを聞いてどうするんだい?」

「ちょっと気になったから……それでさ、エマ。一緒に来ている人の名前を教えて」


 私がお願いすると、エマの目が虚ろなものになる。どうやら、成功したらしい。


「……一緒に来ているのは……レミーよ」

「そう。だったら、エマ、レミー。私とこの娘……クルミが島を出るまで、普段通りに振る舞いながら、私の指示にしたがいなさい」


 ここに来て、私は彼女たちに()()する。


「あぁわかったよ」


 先にエマから返事か来て、扉のところに立って、扉を押さえているレミーも首を縦に動かす。とりあえず、これで第一段階に足を踏み入れた。


「それじゃあ、帰り前に私の質問に答えて。この島の村長の名前は?」

「村長はオルっていう名前さ」

「この娘がここにいる理由は?」

「さぁ? 今となっては村長ぐらいしか知らないねぇ」

「そう。ありがとう。帰っていいわ」

「はいよ」


 エマとの問答で必要な情報を引き出せたので、私は彼女たちをそのまま帰す。正直な話、もっと聞きたいことはあるのだが、あまり彼女たちを引き留めると、何かが起きたのかと心配した他の人が来る可能性がある。


 そうなると、厄介なので彼女たちには速やかにご帰還いただいて、次の人に期待をする。


 ハッキリと言って、効率は悪いがこれが一番確実な方法だろう。


「さて、食べようか」


 私は彼女に声をかけてから、お盆のところへと移動する。


「ねぇ」

「なに?」

「なんで、あの人たち……素直に言うこと聞いたの?」


 作戦の内容はある程度伝えてあるものの、そもそも、私がどんな魔法を使えるかも知らないクルミは先程の状況が不思議でしょうがないらしい。


「……それはね」


 そんな彼女を前にして、私は種明かしをする。

 もっとも、前に話したときと同じで作戦の全容までは話さず、ただ単に私は洗脳の魔法が使えるから、それで島の住民たちを何人か(強制的に)味方につけて、島を脱出するつもりであるとだけ伝える。


「……ターシャ。すごい」


 私の魔法について聞いたクルミは目を輝かせて私のことを見る。それほどまでに、彼女からしたら興味のあることなのかもしれない。


「ねぇ、それ……私に……」

「それはなし。魔力の無駄遣いが出来る状況じゃないもの」


 本当は魔力なんて実質無限なのだが、彼女を諦めされるためにあえて、魔力が不足する可能性を示唆して牽制する。

 正直なところ、軽く洗脳をかけてあげても良かったのかもしれないが、当人にその記憶が残らない以上は彼女がそれを実感することはできないし、彼女を洗脳したところでやってもらうことが思い付かないので、今は避けるべきだろう。


「……残念」


 その言葉と共にクルミの耳が垂れる。どうやら、私に断られたことがかなり残念だと思っているらしい。


「そこってそんなに残念がるところなの?」

「うん。そこまで残念がるところ」


 最初に会ったときのメニーもそうだが、なぜ洗脳の魔法をかけてもらいたいなどと思うのだろうか? 普通に考えれば、洗脳中になにをされるかわからないという恐怖で、とてもじゃないがそんなことは言い出せないと思う。


 もっとも、洗脳をしてくれといっている時点で、そこに考えが行き着いていないか、興味が恐怖を上回っているかのいずれかだろうが……


「洗脳の、魔法って、どんなことでもさせることが、出来るの?」

「えぇまぁ試してはないけれど、大体のことは出来るはずよ」

「そう、なんだ……だったら、クルミ。服を脱いで。とかいうと、私は裸になるの?」

「まぁそうなるわね」


 私との問答で、なんとなくイメージをつかんだのかクルミは何度か頷いてから、私の方を見る。


「言っておくけど、洗脳されている間の記憶は残らないから、体が勝手に的な記憶は残らないわよ」


 言いながら、私はふと思う。そういえば、洗脳されている間、本人はどのような気持ちでいるのだろうかと。


 やっぱり、体や口が意思に反して勝手に動く感じなのだろうか? 洗脳された人の記憶がない以上は確かめようがないが、少し気になるところではある。

 もしかしたら、彼女の興味はそこにあるのだろうか?


「記憶、残らないか……残念」


 クルミの一言を機に洗脳の魔法についての話は終わり、話題は再び外の世界についての話になる。

 私はこの世界において持てる知識を総動員して、彼女にこの部屋の外について語り続けた。

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