70.大切な贈り物
謎の少女とともに地下に閉じ込められてからどれだけの時間が経過しただろか?
仮にあの魚が少女の夕食だとすれば今は夜中のはずで朝はまだ来ていないと思われる。
さて、ここから脱出するプランだが、今のところはっきりといってノープランだ。
そもそも、この島の事情をよくわかっていないし、不老不死を盾に強行突破しようとしたところで、捕らえられている亜人の少女を放置して逃げるというのもなんだか気が引ける。
「……はぁどうしたものかしら……」
本当に困ったものだ。どうやって、この状況を打開すればいいのだろうか?
目の前にいる少女をつれて逃げるのか? いや、その選択をとった場合、少女の処遇をめぐって問題が起こることは間違いない。
では、少女を置いて逃げるのか? 一番合理的な手段であるかもしれないが、正直な話ちょっと後ろめたいところがある。
「ねぇあなたは外に出てみたいと思ったことはないの?」
聞いてはいけない。そう考えながらも、私は少女に問いかける。
「……私、外の世界……見てみたい」
「あぁやっぱり……」
聞いてしまったからには一緒に脱出するほかないだろう。
その方法について、ある程度思いつくものはあるのだが、どれもこれもそれなりにリスクが残る。
「ねぇ。あなたと同じような種族の人たちがどこにいるか知ってたりは?」
「ううん。わからない」
「例えば、ここに来る人たちの名前は?」
「わからない」
どうやら、私が欲しい情報は彼女からは引き出せないようだ。
ここに来る人の名前は本人に直接訪ねてくれれば、教えてくれる可能性もあるが、アンドレの時のように上手にいくとは限らないし、何よりもこの監禁が島を上げて行われていた場合、洗脳するべき対象があまりにも多くて対処しきれない可能性が高い。
頭の中で一通り、ルーチェから授かった力を並べてみるが、どれもこれもこの状況には役に立ちそうにない。
「……どうやったら出れるのかな?」
「出ても無理だよ。だって、島の人たち。交互に来るもん」
「当番制みたいな感じで来るの?」
「そう。いろんな人、来る」
ここにきて、島の人たちがグルになっているという可能性が肯定されてしまった。
「ここは地道にトンネルでも掘って、島の目立たないところに出ようかな……」
「……そんなこと、できるの?」
「やってみるしかないでしょう。とりあえず、壁を崩せそうなところを探さないと……」
私は壁をたたいて、とりあえず壊せそうなところを探していく。
「ここの壁……丈夫だよ?」
そんな私の行動に対して、少女は私の行動が無駄だと諭し始める。
触ってみると、壁にいくつかの傷があるので彼女も何度か脱出を試みたのかもしれない。
「まぁやってみないとわからないでしょ」
私は近くにある手頃な石を手にすると、それで壁を叩き始める。
私が叩いている地点は周りに比べると、叩いた音が違うので壁の向こうに空間ないし、何かがあるのかもしれない。
私は夢中で壁を叩き続ける。
「……ターシャ」
壁を叩き始めてからしばらくして、少女が私の名前を呼ぶ。
「なに?」
「……どうして、そんなに頑張れるの?」
「外の世界に大切な人が待ってるからよ」
「……大切な人……それは男の人?」
どうやら、私の言葉で彼女は私の言う大切な人が男性の恋人だと思ったらしい。
私は、笑顔でその間違いを訂正する。
「女の子よ。大切な大切な私の恋人」
「女の子同士で恋人なの?」
「えぇ。そうよ」
「そうなんだ……」
少女は女の子同士という言葉を繰り返しながら天井を仰ぐ。
彼女からしたら、私とメニーの関係というのは不思議なものなのかもしれない。
「ねぇターシャ」
また、しばらくして少女から声がかかる。
「何かしら?」
「……私に名前をつけて」
「……はい?」
あまりにも唐突すぎるお願いに私は固まってしまう。
「……私、名前ない。だから、つけて?」
「えっと……」
今までの話の流れからして、どうしてそういう話になるのだろうか?
よくわからないが、私は彼女の名前について考えながら作業を再開する。
「……そうね。クルミとかどう?」
「クルミ?」
「そう。私の大切な人のもうひとつの名前。別にあの子とあなたが似てるとかそういうわけではないのだけど、なんとなくその名前をつけたくなったから」
クルミ、胡桃……前世でのメニーの名前だ。なぜ、彼女の名前をつけたくなったのかわからないが、なんとなくそうしたかったのだ。
「クルミ、クルミ。うん。ありがとう」
「どういたしまして」
そんな理由で名付けられたというのに、少女は……否、クルミは嬉しそうに笑う。なぜ、動機までしっかりと語ってしまったのに彼女はそんなに嬉しそうにしているのだろうか?
「……どうして、急に名前をつけてくれ何て言ったの?」
そんな彼女の様子が気になって、私は今ごろながら理由を尋ねる。
「……贈り物がほしかったから」
「贈り物?」
意味がよくわからない。思わず、私は聞き返してしまう。
「仲間からの贈り物。名前って言う、大切な、贈り物が、仲間になった人から欲しかった」
彼女はゆっくりと、しかし、ハッキリと自分の思いを伝える。
「名前と言う名の贈り物ねぇ。そんな大切なもの、私なんかからで良かったの?」
「……うん。あなたにつけてもらえて、とても嬉しい」
「そう。なら良かったわ」
よくわからないが、クルミが喜んでいるからよしとしよう。私はそう考えながら、石で壁を叩く。
「……私からもしてあげようか? 贈り物」
「……贈り物? なにを?」
「あなた、私と違って、すぐ、疲れないみたい。だから、もっと、力が、欲しくない?」
意味がよくわからない。確かに不老不死になっている関係で今の私には疲れと言う概念がない。彼女は今まで私がほとんど休まず作業をしているところを見て、不老不死とまではいかなくても、体力があると判断したのかもしれない。
「力って?」
「私、獣人。人間より、力ある。魔力と一緒で一時的に分けることも、できるよ?」
そんな知識をどこで得たのか? などと聞く必要はないだろう。彼女の知識の源はすべて、この部屋に置いてある書籍だ。
この部屋に置いてある書籍がどのようなものかわからないが、それが今の状況によって有益に働き手いるのは事実だ。
「……でも、分け与えるって……どうやって?」
私の頭の中にあるのは、ルーチェに対して行ったような体液の接種だ。もしかしなくても、そういう話なのだろうか?
「……何って。体液の……」
「もういい。大体察した」
大体察したところまではいいが、どうしたものだろうか?
ルーチェの時と同じ方法は少し抵抗がある。あのときは、いろいろと勢いでやってしまったが、いたいけな少女にやってはいけない気がする。となると、汗や唾液になるが、この場は涼しいので、私もクルミも汗は出ていない。となると、唾液になるが、出会ったばかりの人とキスをするのもあれなので、適当な容器を探して、それに唾液をいれてもらうのが順当だろうか? 抵抗と言うか、背徳感というか、変な感情があるのには代わりないが……
「……力、ほしいの?」
「うん。分けてくれるなら、分けてほしいけれど……ちょっと待ってね」
とりあえず、クルミが食事をとったときの容器でいいか。
そう考えながら、私は石を置く。クルミの口から衝撃的な発言が飛び出したのはちょうどそんな時だった。
「……早く、して……漏れそうだから」
「えーと。なにがどう漏れるのでしょうか?」
私は反射的に聞き返す。
その答えが、私が望まないものだったことは言うまでもない。




