閑話 ターシャ・アリゼラッテ捜索本部
ターシャが生け贄にされてから約三日。
メニーたちはターシャの捜索を続けていた。
海上はもちろんのこと、陸地に泳ぎ着いた可能性を考え、陸地の方も捜索している。
周囲を航行する船にも、女の子が漂流している可能性があると伝え、注意して航行するようにという通達を出している。
最初こそ、自力で捜索をしようしとしていたメニーたちであったが、儀式の行われる聖域が思いの外に広く、海流も複雑なため、どこに流れ着くのか予想をすることが出来なかった。
そのため、シチリ領の役所に駆け込んで、生け贄にされたのはアリゼラッテ家の娘だと伝えて、領をあげての捜索になるように促したのだ。
その結果、ターシャ・アリゼラッテ捜索本部が設立され、シチリ領を挙げての捜索が始まった。どういうわけがわからないが、当初シチリ領側は一年後に帰ってくるという返答ではなく、確実に死亡しているから捜索の必要がないというスタンスをとっていたのだが……
そもそも、捜索本部の設置もアリゼ領に責められないための形だけの捜査本部とも取れるような気もする。現場の人間はともかく、一部の人間から感じる焦燥感というか、手遅れ感は何なのだろうか?
「……なんか、変な風に焦っているよね。上の方が」
そんな捜索本部の様子を見て、メニーがつぶやく。
「おそらく、私が確実に死ぬような何かを仕掛けていたから、殺してしまったと思っているんじゃないですか? それも、確実に儀式で必要のないような手を加えたことがわかるような形で」
「でも、ターちゃんは不老不死ですよ。ほとんどの場合はその場で傷は治るはずですから、むしろ、そこで気づかれる可能性もありますけれど……ってもしかして……」
そこまで話して、メニーはある可能性に気が付く。
メニーはターシャからある程度どんな力を分けてもらったのか聞いているのだが、その中に不老不死の一時的な解除(一日)があったはずだ。
効果としては一日の間不老不死を解除して、期間終了後に元に戻るというどこで使うのかよくわからないものだが、仮にこれを使ったとすれば執行人たちの目の前でターシャは死んでいるはずだ。そうなると、執行人から報告を受けた上層部はターシャは死亡したと考えているのが自然だろう。
だからこそ、捜査に消極的になっているのかもしれない。
実際には無傷で漂流しているであろうターシャだが、上層部からしたら何かしらの形で手を下した証拠が残っている他の領の娘の遺体が海上を漂流しているということになっているからだ。むしろ、ターシャが見つからなければいいとさえ思っている可能性がある。
「……これはずいぶんとまずい事態かも知れないわね……」
このままでは、シチリ領は適当なところでターシャはラメールに連れていかれたと結論付けられて、捜索が打ち切られる可能性が濃厚だ。いや、間違いなくそうされるだろう。
そうなると、ターシャを発見できる可能性は格段に下がってしまう。私たちとしても学校があるのでいつまでもここで捜索をしているわけにはいかない。そうなると、ターシャの捜索が長期間行われないことになってしまう。
「エミリー先生。今日はどこを探しますか?」
そんな焦りがある一方でメニーは必死に冷静になるように努めながら、エミリーに問いかける。
「そうだな。ターシャが聖域ないの島に流れ着いている可能性もあるから、聖域内にやはり、入る許可を得たいところだな。もう一度、聖域内への侵入の許可をもらってくるから、しばらく待っていてくれ」
どうやら、エミリーはターシャが聖域内にとどまっている可能性もあると考えているようだ。
聖域内にどれだけの島が存在しているかわからないが、確かにターシャがその中のどれかに泳ぎ着いている可能性もあるだろう。そう考えると、聖域ないの島の調査は必須となる。
しかし、シチリ領の上層部は聖域は聖域だから許可された人間しか立ち入ることができないの一点張りで調査隊すら入れようとしない。
聞いた話によると、聖域内にはシッチリ島という有人島があるらしいが、そこへの立ち入りすら許可が下りていない状況だ。
シッチリ島へ行く定期船というのは現在存在しておらず、その島の住民及びその関係者しか立ち入りが許可されていないとのことだが、せめてそこの島の住民を通して、聖域内の捜索ができないだろうか? そのような考えのもと行動しているが、そもそも島の住民が大陸に出てくることがあまりないために島の住民との接触すらできていないのが現状だ。
そのため、現在のところではシチリ領からの許可が下りない限りは聖域の中の捜索ができないというのが現状だ。
捜査本部の本部長と話をしているエミリーの姿を見ながら、メニーは小さくため息をつく。
シチリ領側からすれば、ターシャが発見される可能性が高い聖域内の捜索はできれば避けたいところだろう。そうなると、エミリーがいくら掛け合ったところで聖域であることを理由に許可が下りる可能性は非常に低い。せめて、有人島であるシッチリ島にたどり着いていれば、そこの住民の協力のもと返ってこれる可能性はあるが、そんなものは希望的観測に過ぎないだろう。
「どうしましょう。私たちが帰ったら……」
メニーが感じていた不安をサントルが口にする。
「それは……」
「大丈夫です。仮にあなた方が帰ったとしても、私が捜索を続けますから」
メニーが答えを提示するよりも前にメーラが決意を口にする。
「……ありがとうございます」
メーラはターシャに会ったことがないため、彼女はターシャがどのような人物か知らないはずだ。それでも、それだけのことを言うということは、彼女としてもそれなりに責任を感じているのかもしれない。
「大丈夫ですよ。それにターシャさんという方は不老不死なんですよね。だったら、どこかで必ず生きています。ということは、いつかどこかで発見されるはずです。シッチリ島の人は聖域内を船で移動をして漁をしていると聞きますから、その人たちに見つけてもらって、こっちまで送り届けてもらうという可能性もあります。なので、きっと大丈夫です」
「……そうですか……それは、心強い情報です」
正直な話、聖域内に人が立ち入ることがないと思っていた。しかし、有人島があるという情報やその島の人たちが漁をしているという情報は間違いなく、こちらにとっては有益な情報だ。
メーラの言い方からしてその漁の実態は、よくわかっていないのかもしれないが、それでも発見される可能性が少なからずあるのは事実だ。
仮にターシャが無人島に流れ着いていたとしても、近くを漁船が通ればそこまで泳いでいくか、何かしらの形で救助を求めるだろう。その時にその漁船が救助に応じてくれれば、ターシャはこちらまで送り届けてもらうようにお願いするはずだ。
そうなれば、多少の時間がかかったとしても、ターシャは私たちのもとに帰ってくる。
その時に、彼女が生け贄を実行したシチリ領だったり、教会だったりに抗議をしようというのなら、その手伝いは存分にするべきだろう。
「……ターちゃん。私たちは待っていますよ。だから、早く帰ってきてくださいね」
メニーは捜索本部から見える海に視線を移して、祈るようにつぶやく。
こうしている間にもメニー達がここにいられる時間は刻一刻と少なくなってきていて、タイムリミットも近づいてきているのだが、それでもメニーはあきらめない。
ターシャは死なない。だから、絶対に帰ってくる。
メニーはそのような思いを胸に抱いて、海を見つめていた。




