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8.メニーにかける洗脳の魔法

 私はキラキラと期待の視線でこちらを見つめるメニーを前にして、深く深呼吸をする。

 今、大切なのは誰にも気づかれずに、かつ彼女が満足するような形で洗脳の魔法を掛けなければならない。ただそれだけなのだが、それが一番重要だ。


「行くよ。本当にいいんだよね?」

「はい。私にしっかりと魔法を掛けてくださいね」


 念のためにメニーの意思を再確認してから、私は今一度深呼吸をする。


「それでは……メニー。あなたはこれから私のお願いが終わるまでの間、普段通りにしていてください」

「はい」


 そこまで命令してからメニーの様子を確認する。

 まず、目元。虚ろな目をしていないあたり、ある意味で成功なのかもしれない。いや、単純に洗脳の魔法がかかっていない可能性も捨てきれないため、私は続けて命令をする。


「メニー。私の部屋を一周してから暖炉の前に立ってちょうだい」


 私が考えた、この状況の解決方法。それは、彼女を移動させるということだ。目覚めた彼女は自らが記憶の場所と違う場所に立っているのを自覚し、そこで私がすかさず“洗脳の魔法で移動させた”と教える。これで洗脳の魔法の体験としては十分すぎるぐらいではないだろうか。


 もう少し言えば、もしも途中で誰かが入ってきても、今は彼女がこの部屋の中を見て回っているだけだと説明できるし、表情も虚ろな目と無表情ではなく、柔らかい視線と無邪気な笑みなためごまかしも十分に聞く。これぞ、私が考えた完璧な洗脳の魔法体験である。


 あとは使用人が入ってこないことを願いながら、彼女が部屋を一周して暖炉の前に立つのを待つだけ。もっとも、部屋の一蹴というのは余分なオプションかもしれないが、なんとなく付け足してみたものだ。


 そして、彼女が暖炉の前に到達するまであと数秒といったタイミングで不運にも部屋の扉が開かれてしまった。


「……メニー様、ターシャ様。お菓子をお持ちいたしました……って何をされているのですか?」


 部屋に入ってきたサニーは部屋の中の状況を見るなり、疑問の声を上げる。

 なぜ、こういう時に限ってノックをしないんだとかいろいろといいたいことはあるが、とりあえず今はこの状況を乗り切ることだけを考え……


「おー本当にいつの間にかこんなところに移動してた! すごい!」


 考えるよりも前にメニーの洗脳が解けてしまった。


「ターシャ様。事情を聴いても?」


 サニーから厳しい視線がぶつけられる。

 当然だろう。大切な客人に洗脳の魔法を掛けていたのだ。厳しく追求されてしかるべきである。


「これは……その……」


 さて、問題はここからどうやって弁解するかだ。


「私がお願いしましたの」


 どう説明するかと悩んでいる私の背後からメニーの声が聞こえてくる。

 彼女の言葉を聞いたサニーは深くため息をついた。


「そうですか。でも、あまりやり過ぎないでくださいね。なにか問題があってはいけないので」

「はーい」


 サニーの忠告にメニーは不満そうに頬を膨らませて返事をする。


「ターシャ様も良いですか?」

「……はい」


 どうやら、この状況下においては下手な言い訳はせずに素直に返答した方が正解だったようだ。彼女からすれば、子供同士のちょっと行きすぎた遊び程度の認識だったのだろう。

 これがもう少し年齢が高くなってからの出来事だったらもっとしかられていたかも知れない。そう考えると、背筋が寒くなるような状況だ。


「……ターシャ様」

「はい」

「次、このようなことがあれば、担当メイドをルナに戻しますよ」

「えっ……」


 サニーから提示された予想外の罰に私はポカンと口を開けてしまう。そして、それから数十秒後にはサニーに抱きついていた。


「それだけはお願いだからやめて!」


 客人の前だからとか、恥ずかしいから何てものは関係ない。私は恥も外聞も気にせずに全力で駄々をこねる。もし仮に担当がルナに戻されるようなことがあれば、恐らく二度と交代して欲しいという要望は通らないだろう。そうなると、いつか彼女に(性的な意味で)美味しくいただかれてしまう可能性すらある。

 仮にルナにそれをしない程度の理性があったとしても、変態ロリコンメイドに世話をしてもらうなど真っ平ごめんだ。


 私の反応が予想外だったのか、サニーは驚いたような表情を浮かべながら、私を抱き寄せる。


「わかりましたか? こういうことを二度としては行けませんよ」


 驚きながらも、この脅しが有効だと判断したらしい。おそらく、サニーからすれば、ルナはただの真面目な使用人のため、これほどまで私が彼女を嫌われていることは予想外だったのだろう。


 状況がわからずにおいていかれているメニーをよそに私とサニーは屋敷に遊びに来た友達に洗脳の魔法を使わないと約束し、その場は無事に収まった。




 *




 私がメニーに洗脳の魔法をかけてから約一時間後。

 私はサニーと共に屋敷の正門に立っていた。


「今度はこちらに遊びに来てくださいね」

「うん。いつか行くね」


 その目的は自らの屋敷に帰るメニーの見送りだ。

 彼女が住んでいるメロ州がどの程度の距離の場所にあるのか知らないが、子供同士の約束なのだからその辺りのことは気にする必要はないだろう。


 私は馬車の窓から乗り出しているメニーとしっかりと握手を交わす。

 それが終わると、彼女を乗せた馬車はゆっくりと動き出した。


「必ず行きますからねーその時までお元気で!」

「メニーこそ元気にねー!」


 メニーが大声を出しながら手を振っているのに対して、私も大きく手を振りながら変事をする。


 彼女を乗せた馬車が見えなくなるまで見送った後、私は小さく息を吐いた。


「……行っちゃったね」

「はい。でも、またすぐに会えますよ。何せ、メニー様はターシャ様のご学友になられるお方ですから」

「今度、メニーのところに行けるようにお父様にお願いしてみようかしら」

「そうですね。その時は私もお供致します」


 そんな会話をしながら、私もサニーも小さく笑みを浮かべる。


「それでは、お部屋に戻りましょうか」

「はーい」


 そのあと私はサニーに手を引かれて部屋へと向かった。


「また会えるかな」


 内心では、子供のふりをして合わせるのは疲れるなんて思いつつも、気兼ねしないで会話ができる相手というのは貴重な存在だ。これから学友となって成長していく過程でも彼女の存在は重要になっていくのかもしれない。


 そこまで考えて、私はふと、ある可能性に気が付いた。


「ねぇサニー。私、さっき“メニーこそ元気にねー!”っていったけれど、洗脳の魔法が変な風にかかったりしないよね?」


 私が尋ねると、サニーは少し空を仰いでから返事をする。


「そうですね……様子を見る限り、目つきも表情も異常はありませんでしたし、問題はないのではないですか? もし、心配でしたらルナが洗脳の魔法について詳しいので彼女に聞いてみるのがいいかと思いますが……」

「うーん。大丈夫ならいいかな」


 ルナが洗脳の魔法について詳しいといわれると、なんだか変な意味に聞こえてしまうのだが、そこに関しては気にしない方がいいだろう。それ以上に私としてはできる限り、ルナには会いたくないし、会ったとしてしばらく会えなかった反動として何かをされても困るのでこれ以上このことについて調べるのは控えることにする。

 何よりも、こちらを見て大きく手を振っていた彼女の目は正常であったし、表情も満面の笑みだった。これこそがまさしく洗脳の魔法にかかっていない何よりの証拠だといえるだろう。


「ねぇメイドさん。お父様にメニーに会いに行きたいっていつ言いに行けばいいかな?」

「……そうですね。夕食のあとなどはいかがでしょうか?」


 そこから先には洗脳の魔法のことなどすっかりと、頭の隅に追いやり、私はサニーとともにメニーのところに遊びに行くための計画を立て始めた。

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