62.はじめての夏休み
学校に入学してから約3ヵ月経過した7月。
私は終業式に参加するために学校のホールに来ていた。
「……であるかして、夏休みを迎えるに当たって、健康に留意し、健全で健康な……」
校長の長い長い話を聞きながら、私たちは夏休みが訪れるのを今か今かと待っていた。
終業式のプログラムは各先生方からの話で構成されていて、校長のあいさつは一番最後だ。
そのため、校長のあいさつが終わり、ホールを出て、寮に戻ったら夏休みがスタートすることになる。
夏休みを始め、長期連休中は一部の生徒を除いて学校の外に出ることが認められ、実家が近い場合は実家に帰る人もいるし、私やメニーのように実家が遠い場合は学校とその周辺で過ごすことになる。
不老不死になってから、あの一日を除いてなんとか学校に通い続けた私としては、ようやく訪れた長い休息だともいえる。
あの不老不死になった日から3ヵ月。周りの目はだんだん気にならなくなってきたが、いまだにメリーとの関係は修復できていない。彼女はことあるごとに謝罪の言葉を投げ掛けてくるのだが、今のところはまだ、それに応じて、許せる気がしない。下手をしたら、生涯彼女のことをわすれないだろう。
「……以上であいさつを終わります」
自分の中で第1期の出来事を振り返っているうちに校長のあいさつが終わる。
そのあとは、先生たちの誘導で私たちはホールをあとにしてそれぞれの部屋に向かう。
こうして、私たちの夏休みが始まった。
*
終業式終了後。
私とメニーは部屋に戻り、早速でかける準備をしていた。
残念ながら(?)二人とも、実家に帰るためには片道でかなりの期間がかかるので、二人とも実家には帰らずに学校で夏休みを過ごすことになる。
「……せっかくの夏休みですから、楽しい思い出をたくさん作りましょうね」
「うん」
夏休みの思い出を作る。それが私の今夏の目標だ。
なので、私はメニーと私たちと同じく実家には帰らないというサントル、そして、引率者としてエミリーを引き連れて四人で近距離旅行を計画した。
当初は子供だけのつもりだったのだが、今年で7歳の子供3人だけでは何かあったときに対処ができないと考えて、エミリーに引率をお願いしたのだ。
私たちのお願いに対して、エミリーはすぐに快諾してくれて、こうして私たちは旅行の準備を進めていた。
今回の旅の行き先は帝都から一週間ぐらいで行けるリゾート地だ。
美しい海岸が売りだというその町は、帝都の人たちの休養地として人気の場所らしく、商店街にある本屋にあった旅行紙でも、おすすめの観光地として上位にランクインしていた。
その雑誌の説明と挿し絵を見て、私たちはそこへ行ってみることに決めたのだ。
行き先を決めたのが、夏休み直前だった上にエミリーの都合で夏休みの最初の方でなければ行けないということもあり、私たちの準備は急ピッチで進められてきた。
計画の作成に始まり、海で泳ぐための水着の購入から、その他必要物品の購入まで一気に済ませ、今日は荷物を積めて出発するだけである。
「楽しみですね。海」
「そうだね。こっちの海とあっちの世界の海だと、どっちがきれいなんだろう?」
「……うーん。そうですねーこっちの方がきれいじゃないかって勝手に思っていますけれど、実際にいってみないとわからないですね」
元の世界の海水浴場というと、たくさんの人が集まっていて、その人々が残していくゴミで汚いイメージが少なからず付きまとう。
この現象がこちらの世界でも起こらないとも限らないのだが、せっかく行くのだったらきれいな海岸に期待をしたい。
「ターシャ様、メニー様、そろそろ出発ですよ」
準備もそろそろ終わろうかというとき、部屋の外から声がかかる。
「はーい。今行きますよー」
部屋の外の呼び掛けに応じながら、私たちはそれぞれの荷物を持って部屋を出る。
「エミリー先生が馬車で待ってますよ」
「ごめんごめん」
どうやら、エミリーもサントルも私たちよりも早く準備を終えてすでに待機していたらしい。
遅くなったことを謝りながら、私たちはエミリーが待っているであろう寮の前の広場へ向かう。
サントルを先頭に広場に到着すると、各地へ向けて出発するであろう馬車が並んでいて、私たちはその中でエミリーが乗っている馬車を探して乗り込んだ。
馬車は方面ごとの乗り合いで、馬を4頭使って引く大型の馬車には、エミリーの他に複数の生徒の姿がある。
「……これで全員だな。出してくれ」
どうやら、この馬車に乗り込む人は私たちで最後だったらしい。
エミリーの合図で馬車は校門の方へ向けて走り出した。
*
学校の校門を出た馬車は順調に進み、帝都の外に出て平原に入っていく。
「……来た時も思ったけれど、極端な街並みよね。街の中はたくさんの建物がひしめいているのに、街を出た途端に畑と平原ばかりの風景になってしまうもの」
「確かにそうですね。どうしてでしょうか」
私がなんとなく口にした疑問にサントルも便乗してくる。
それに答えを提示したのはエミリーだ。
「まぁ今でこそ平和だから関係ないかもしれないが、昔は帝国は多くの国と戦争をしながら大きくなっていったからな。各町に壁があって、それによって守られる壁の中に町が形成されたんだ。だから、その名残で街の中と外を隔てる壁を通り抜けたら平原か畑ぐらいしかなくなるわけだな。もっとも、街道に沿っていないだけで森の中や平原の中に小さな村があったりもするけれどな」
「そうなんですね。ありがとうございます」
エミリーからこの国の街にかかわる話を聞きながら、私は窓の外へと視線を送る。
確かに街道からは時々細い道が分岐していて、そういった道が結果的に小さな村々につながっているのだろう。
そんなことを考えながら、窓の外に視線を送り続けていると、馬車は森の中の中に入っていく。
「……この森を抜けると、ローラ・グローリエの出身地であるリエ領に入る。リエ領は古くから帝国の一部となっていた領で、それこそ帝国建国時からリエ領は存在していたらしい」
「らしい。ということはちゃんとした文献は残っていなかったりするんですか?」
私が質問をすると、エミリーは小さくうなづいてから答える。
「その通りだ。リエ領に関してもそうなのだが、帝国建国当初のころの文献というのはほとんど残っていない。その理由として、やはり長く続いた戦争が挙げられるな。帝国は一度窮地に追い込まれたこともあったというから、そういったときに文献を失ってしまったのだといわれている。そういった事情もあって、今となっては残っている文献の内容が正しいのかすら調べようがないがな」
この世界において文献として歴史を残すというのは難しいのかもしれない。
今になって戦争こそなくなったが、そういった歴史書は当然ながらすべて紙に記されているわけだし、年数がたてばたつほど劣化していくのかもしれない。そうなると、新しく記しなおさない限り、その文献は失われてしまうし、記しなおしたとしても間違いや、記しなおした人の主観が入る可能性は否定できない。そうなると、歴史というのは必ずしも正しく伝わっていかないという話につながってくるのだろう。
「……それにしても、リエ領ねー」
あの不老不死の事件以来すっかりと話しかけてすら来なくなったローラの顔を思い浮かべる。
先ほど聞いた話が真実だとすれば、彼女の家は領主の中でもそれなりに高い位置にあるのではないのだろうか? 例えそうだとしても、私には関係のない話だが……
私は扇子を口元に当てて、高笑いをしているローラの顔を思い浮かべながら、森の中へと視線を送っていた。




