61.メニーと学校へ
不老不死になったことが判明してから二日目の朝。
いつも通り、私を抱き枕にしているメニーを起こさないように気を付けながら起き上がると、私はいつも通り朝の準備を始める。
昨晩は、学校に行くことがあまりにも不安であまり眠れなかったのだが、恋人であるメニーが守ってくれるはずだと考えたら、少しではあるが眠ることができた。メニーが静かに頭を撫でてくれていたことも大きいかもしれない。
「おはよう。お兄ちゃん」
「おはよう。胡桃」
準備をしているうちに起きたらしいメニーとあいさつを交わし、二人ならんで学校へ行く準備を進める。
「……今日は学校に行けそうですか?」
「……うん。行ってみる」
暗に今日も休むか? という質問を投げ掛けてきたメニーに返事をし、私は持っていく教材をまとめていく。
正直な話をすると、学校に行ったときに周りの同級生や、教師がどんな反応をするのかという点が怖くて仕方がないのだが、よくよく考えてみれば、不老不死のことがいつバレるのかと怯えて暮らすよりはよっぽどかましなはずだ。
「……メロンちゃん」
だからそこ、私は妹の胡桃ではなく、恋人のメニーに話しかける。
「なんですか?」
「ありがとう。みんなに説明して回ってくれて」
「……どういたしまして」
昨日の心情だったら絶対にでなかった言葉だ。下手をしたら、今日も引きずってでなかったかもしれない言葉でもある。
しかし、そういった不安を忘れるほどに、メニーからの告白は衝撃的なものだったし、何よりも嬉しいものだった。
恋人として、というところは差し置いて、生きている限りは味方でいてくれる人が出来たのだ。
その事実が私の心をいくらか軽くしてくれていた。
この先、永遠と続く人生の中の少しの時間だと言われてしまえばそれまでかも知らないが、それでも、それだからこそ、私はメニーが生きている今の時間を大切にしたいと思った。
だから、私の都合でメニーの学習の機会を奪っては行けないし、私を置いて学校に行ってといったところで、彼女がそれに従うとは思えなかった。
「……行こうか」
これ以上考えていても仕方がない。私はメニーと手を繋いで部屋を出る。とりあえず、昨日は食事はおろか水すら飲んでいないので、まずは食堂で朝食をとろう。それでも、腹は減らないし、喉も乾いていないので、今の私からしたら不要な行為なのかもしれない。しかし、なるべく普通に過ごすと決めた以上はちゃんと食事もとるべきだ。
そんなことを考えながら、私はメニーと共に食堂へと向かった。
*
食堂で朝食をとったあと、私たちはいったん荷物を取りに部屋に戻り、教室の入り口の前に立っていた。
「……大丈夫ですか」
「……うん。たぶん。メニーが一緒なら大丈夫」
メニーと短い会話を交わしたあと、私は深呼吸をしてから教室の扉に手をかける。
少しの間そうしてから私は思いきって扉を開けた。
「あっターシャ様、メニー様、おはようございます」
扉を開けると、真っ先にサントルの元気な声が響く。
それによって、私たちの来訪が認識され、教室中から視線が集まる。
その視線に耐えられるような気がしなくて、私は少し後ずさってメニーの影に隠れる。
「……えっと、おはよう」
サントルにあいさつをしていると、教室の奥の方からメリーが姿を表した。
「おはようございます。ターシャさん……その……」
「言いたいことはわかってるよ。今はいいから」
「……はい」
おそらく、彼女が述べたかったのは謝罪の言葉だろう。しかし、それはこの場で聞くものではない。
少なくとも、私はそう思っていた。
「ほら、いつまでもここに立っていないで。ここまで来たんですらから行きますよ。それとも……」
「……ううん。大丈夫」
メニーの背後から動けないでいる私であったが、メニーに手を引かれる形で教室の自分の席に向かう。
その間、いや、席についたあとも若干教室がザワザワとしていたが、一限目の授業を担当するハリーが入ってくると、一気に静まり返る。
「……おはよう」
全員に向けてあいさつをしてから、彼は私たちの方へと視線を送る。
「今日は全員出席だね。早速授業を始める」
そう宣言すると、彼はいつも通り教科書を片手に授業を始める。
今日の授業の内容は、魔力を温存することの大切さらしい。
先生は教科書にしたがって、様々なエピソードを交えながら話をすするが、内容はほとんど頭に入ってこない。
先生は、周りの生徒たちはどのような目で私を見ているのだろうか? 突然不老不死だとか言い出した頭がかわいそうな子だとでも思っているかもしれない。
そんなことを考え出したら、体に不調など起こるはずもないのに、なんだか胸の辺りが苦しい気がしてきて、私はうつむいてしまう。
私は本当にここにいていいのだろうか? このまま好奇の目にさらされて過ごさなければならないのだろうか?
「……ターちゃん。ターちゃん」
そんなとき、近くに座るメニーから声がかかる。
それによって、私は一気に現実に引き戻される。
「大丈夫ですか?」
「えっあぁうん……」
そうだ。私には大切な味方がいる。私は一人じゃない。
そう思うと、なんだか少しだけ心が軽くなったような気がして、私は顔を上げて前を見る。
「……ターちゃん。辛いなら、無理しなくても……」
「大丈夫。大丈夫だから」
心配するメニーに自分は大丈夫だと伝え、私はなんとか授業に集中しようとする。
「……であるからして、魔力切れは命の危機に晒される可能性もある。この先、授業に置いても魔力切れには十分注意するように」
そうして、聞こえてきた言葉は今の私とは完全に無縁な言葉だった。
命の危機。
この先、永遠の人生に置いて、絶対に訪れることのない事柄だ。
ハリー曰く、自分の体の限界を越えて、魔力を使うということは、自らの生命力を使うに等しく、危険な行為だというのだ。
要するに魔法を使いすぎると、自らの寿命を縮めることにも繋がり、最悪の場合は死に至るとのことだ。
この事柄をノートに書くという作業をしているとき、私はふと思ってしまった。
魔法を行使し続けることのリスクが、死ならば、その概念にとらわれない私は、どんな魔法でも使いたい放題なのではないかと。そう思ってしまった。
だからといって、たくさんの魔法を使い続けて、実際どうなるか試してみよう。何てことはするつもりはないのだが、これはもしもの時に役立つ知識かもしれない。
そこから、私は熱心に授業に聞き入る。
魔力の温存の仕方などをノートに書き写していると、あっという間に授業の時間が終了する。
「……ターちゃん。途中からすごい集中力でしたね」
「うん。なんだか楽しくなってきて」
一限目の授業も終えて、次の授業の準備をする間、私はメニーと話をする。
そこにサントルが現れて会話に加わる。
「ターシャ様、メニー様。昨日はお二方がいなくてさみしかったです。私、このまま二人が休み続けていたらどうしようかと……」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃありませんよ。本当に心配していたんですからね」
彼女は頬を少し膨らませて、手を腰に当てている。
「ごめんね。心配かけて」
「いいですよ。その、二人の顔もちゃんと見れましたし」
そういって、続いてサントルは笑みを浮かべる。
「ありがとう。サントル。心配してくれて」
私がお礼を言うと、彼女は少し恥ずかしそうな表情を浮かべて、小さくはにかむ。
「えっあぁはい。そうだ。そういえばですね……」
そこからはサントルたちと次の授業が始まるまで雑談を交わす。その間メリーや周りの生徒たちがチラチラと視線を送ってきたが、私はなるべく気にしないようにしながら、彼女たちと話し続けていた。




