58.衝撃的な事実
メリーからの話を聞いた次の日、私たちは再びメリーの部屋を訪れていた。
「やっやぁいらっしゃい……よっようこそ」
メリーの部屋に入るなり、非常にぎこちない態度でメリーが出迎える。
「……どうかしたの?」
考えてみると、今日は一回も話しかけてこなかったし、話しかけても逃げるように去っていってしまった。
昨日の話の関係だろうか? それとも、他の何かがあったのだろうか?
「……あの。昨日、紅茶……飲みましたよね。どれを飲んだか覚えてますか?」
「……えっと、銘柄の書いてないビンに入ったやつだけど」
私が告げた途端、メリーがその場で膝をつく。
私がまずいと思って飲んでいた紅茶は、そうなるほどに貴重なものだったのだろうか? だとしたら、彼女の今日の行動は私に対する怒りの現れだったりするのだろうか?
「あっあのーメリー……」
何と声をかけようか。迷っている私を前にして、メリーは天を仰いで手を振ってから、正座をして、そこから頭を下げ、土下座の姿勢を取る。
「えっ? どういうこと」
「……これが、向こうの世界での最大限の謝罪の姿勢だと聞いたので」
頭を下げたままメリーが解説する。
訳がわからない。
状況が飲み込めない私とメニーの前に光の粒が現れる。
「……何これ」
土下座をしているメリーのことを気にしつつも、光の粒の方を見ていると、それは徐々に人形になり、やがてブロンズの髪を持つ美女の姿を形成する。
「えっ? ルーチェ様?」
目の前に現れたその美女は壁画で見た光の神、ルーチェそのものである。
神々しい光と共に登場した彼女はメリーの横で膝まづくと、そのまま土下座の姿勢を取る。
「えっ? どういうこと?」
これはさすがに予想外すぎる。神様(?)が降臨したかと思ったら行きなりのジャパニーズ土下座である。
「これがあなたの記憶にあるなかでの一番の謝罪の姿勢だと思うので」
そして、私の疑問に対する答えは、メリーからされたものと似たような返答だ。
「ちょっと、二人とも頭を上げてください! 何があったんですか!」
神様に失礼があってはいけない。こんな状況で失礼も何もあるのかわからないが、私は敬語で二人に頭をあげるようにと呼び掛ける。
すると、二人は仲良く同じタイミングで顔をあげる。しかし、そこから立ち上がろうとしない。正座を保っている。
「あの……ターシャ・アリゼラッテさん。あの……その……」
とりあえず、ルーチェが私に用事があるのはわかった。しかし、彼女はおどおどするばかりで、なかなか続きの言葉を紡がない。
「あのー何かあったんですか?」
そんな状況を見かねたのか、部屋に入ってから完全に空気になっていたメニーが声をかける。
「あのー実はですね……」
メニーに促されるような形でルーチェが重い口を開く。
「あの……すみませんでした!」
しかし、その口から出た言葉は謝罪の言葉のみで、ルーチェは再び頭を下げてしまう。
「いや、頭を上げてください。謝罪だけされても何がなんだか……」
その姿を見て、私の中で小さな不安が生まれる。
もしかして、私に前世の記憶があるのは、手違いで、その記憶を消しに来たのではないか。と言うものだ。
それをされると、どのようになるかわからないが、少なくともメニーのことを胡桃と呼ぶことはできなくなるだろう。
そんな不安を抱えだした私よ前で女神が頭をあげる。
「……あの。昨日、あなたが飲んだ薬のことなのですが……」
「えっ? 私薬なんて……」
「あの、この部屋で飲んだやつです。はい」
昨日飲んだやつ。というと、あの無味無臭の紅茶のことだろうか?
「えっと、あの変な紅茶のこと?」
薬。というからには紅茶ではなかったのだろう。しかし、それが何かしらの薬であると確信するのが怖かったので、私はあえて、紅茶と聞き返した。
女神が自ら、土下座で謝罪するほどの薬だ。ルーチェが頭を下げている理由はいまだにわからないながらも、私が飲んだのは相当な劇薬なのかもしれない。よくよく考えれば、今朝からなんか体が異様に軽い気がしていた。偶然、調子がいいのだろうぐらいで考えていたのだが、なにか関係があるのだろうか?
「……もしかして、私死ぬの?」
女神自らの謝罪の上、なかなか言い出せない。
このことから、自分は生命の危機に瀕しているのではないかと考えて尋ねる。
「……いえ、その……なんというか」
「ハッキリ言ってください。私の余命はあとどのくらいですか?」
重い病気を宣告された患者ってこんな気持ちなんだろうなと思う。
死と言う圧倒的な絶望を前にして、逃げ出したいぐらいだが、それでも勇気を振り絞り、私はルーチェの言葉を待つ。
「……あの、むしろあなたが考えているのとは逆と言いますか……何と言いますか……あのー病気はしないし、怪我をしても、その瞬間は痛いけれど、すぐに直っちゃうようになったというか、なんというか……」
「一生健康体になれる薬ってこと? それなら……」
病気、怪我を一切考えないでいいとはなかなかありがたい薬だ。ということは、なぜあんなところにあったのか、と言う点は差し置いて、人の身に余るものを与えてしまったということを謝罪したいのだろうか?
「えぇまぁその……一生健康体ですよ。終わらないですけど」
「はっ?」
相手が女神だと言うことも忘れて、強気で聞き返してしまった。終わらない。と言うのはどういうことなのだろうか?
「あの、ですから、終わらないんですよ。なんというか、あなたは病気、怪我だけではなくて、成長や死とも無縁になったわけでして……はい。不老不死の薬なんですよ。あれ。その、そういうわけで、すみませんでした! 私のできることならしますので許してください!」
再び女神が頭を下げる。その横で、メリーも同時に頭を下げる。しかし、今度は頭をあげてとは言わない。
「つまり、私は死ぬことも成長することもないと? 未来永劫このロリボディのまま成長しないと」
「はい。つまりはそういうことで……」
ルーチェの返答を聞いた途端、私の中で何かが切れる音がする。
「ふーん。そうなんだーじゃあさ」
言いながらルーチェの前にしゃがむ。
「分けてよ」
「はい?」
私の言葉に反応して、頭をあげたルーチェの顔は訳がわからないと書いてあるのではないか、と錯覚するぐらいに分かりやすいものだった。
「だから、分けて。神様の力」
「……それはその……いいですけど、なんというか、それをするためには私の汗とか唾液とか、排泄物とか体液を接種してもらう必要がありまして……人形でいるうちは人間と同じようにそれらが出せるので……その、どれがいいですか?」
女神があげた中で一番スタンダードなのは汗だろうか? 金髪美女の汗を接種するために身体中をなめると言うのは、中々出来ない体験だ。その次の候補は唾液。おそらく、長い長いキスをして唾液の交換といったところだろう。近い場所から出るもので鼻水もあるが、論外である。
排泄物に関しては、私にそんな趣味はないのでそれも論外だ。
あれやこれやと考えながらも、私の視線は少しずつ下に下がっていく。
「あのーもしかして、そういう趣味が……」
「ない。ないけどさ……ルーチェ様って今は人間の女の子と同じような体の構造をしているんだよね?」
「はい。そうですけど……何か?」
私の質問にルーチェは素直に答える。
私はメリーとメニーの視線があることも忘れて、ルーチェの方へと近づいていく。
「……じゃあさ、私の言うとおりにしてくれる?」
私は小さく笑みを浮かべながら、ルーチェに語り掛けた。




