閑話 メリーからの報告
ターシャとメニーが部屋に帰ってからしばらく。
メリーが部屋で紅茶を飲んでいると、彼女の目の前に光の粒が集まり、ルーチェが姿を現す。
「……今日は遅かったね。ルーチェ」
「すみません。ちょっと、ほかの子との話が長引いてしまって……それで、どうでしたか?」
白々しい。メリーはそう思う。
彼女のことだ。どうせ、ほかの巫女と話をする合間を見て私とターシャが話をしているところを見ていたはずだ。それでもなお、メリーにこういった言葉を投げかけるということは、ただ単にメリーの口から報告があったという実績が作りたいのだろう。
「結果は黒。当人曰く5歳の時から記憶があったみたい」
「5歳ですか。それはまた……つまりところ、あなたと会った時点で記憶があったと……もう少し前から監視をつけるべきでしたね。これは反省しなければなりません」
「……本当は私を監視に着けた時点で分かっていたんじゃないの? 彼女に前世の記憶がすでに芽生えているって」
「あら。それはどうしてですか?」
メリーの指摘に対して、ルーチェは不思議そうな表情を浮かべて首をかしげている。
「……いや、根拠はないけど、そんな気がしただけ。なんというかさ、私が彼女の記憶について気づくか試してたんじゃないかって気がしてさ」
メリーの主張に対して、ルーチェは目を少し見開いてから返事をする。
「そんなつもりはありませんよ。すでにあなたは巫女に選ばれているのですから、今ごろ選定する必要なんて……」
「あるだろ? 普通の巫女と違って、私は生まれながらの巫女だ。そうなると、苦労して巫女になった奴等から苦情が出る。だから、形式的に私に試練を出したんだろ? 他の奴等を納得させるために。これで私は見事に試練を達成し、他の巫女に対して、私は試練を達成した巫女だと宣伝することができる。違うか?」
メリーの指摘に対して、ルーチェは無言で返す。
「反論しないっことは当たりなんだな。あんたはターシャに前世の記憶があることを知っていて、私に監視を命令した。私がそれに気づいた時点でちゃんと神託が下るように考慮した上で。はっなかなか良くできた話じゃないか」
メリーが指摘した内容に対して、ルーチェは動揺を隠せていない。明らかにおどおどとし始めたルーチェを前にしてメリーはニヤリと笑う。
「……どこから気づいていたのですか?」
「きっかけは最初に二人に対する神託を告げたときだよ。なぜ、前世の記憶がないおまけにまで神託を下すのか。それが引っ掛かっていたが、ターシャの記憶が目覚めたのが比較的早かった時に納得が行った。ターシャに前世の記憶があって都合が悪いのなら、そんなに早く目覚める可能性があるのに監視をつけていなかったのはおかしいってね」
メリー主張を一通り聞き届けたルーチェはすっかりと押し黙ってしまう。それを見たメリーは小さく鼻を鳴らす。
「今度は黙りかよ。まぁいいさ。それで? 次はどうすればいいんだ? 女神様」
「そうですね。ターシャ・アリゼラッテに前世の記憶が目覚めたのが、生まれつきではないのなら……」
「……本来のターシャ・アリゼラッテはどこに行ったのか。ってとこか」
普通に考えれば、ターシャ・アリゼラッテと有栖川陸人の魂は同一なので、ターシャ・アリゼラッテに有栖川陸人の人格が芽生えた時点で上書きされていると考えるのが自然だ。しかし、ルーチェの口振りからして、必ずしもそうとは限らないのだろう。
「はい。本来、魂というのは一つの体に一つしか宿りません。これに他の魂が入り込むのがいわゆる悪霊にとりつかれたという状況です」
「でも、ターシャの場合は前世の記憶で今世の記憶が上書きされたって言う話だろ?」
ルーチェは小さく頷く。
「はい。なのでこのパターンには当てはまりません。私が考えている可能性としては、ターシャ・アリゼラッテという一つの魂に対して、有栖川陸人とターシャ・アリゼラッテという二つの人格が形成されている可能性です」
「つまり、有栖川陸人という人格が前に出たことによって、ターシャ・アリゼラッテの人格が上書きされたのではなく、新しい人格が出来て、それが表に出ているだけ。ってところか?」
「はい」
メリーは座っている椅子に背中を預けて深くため息をつく。
「そんなのどうしろってんだよ。まさか、それらを上手く同居させろとでも言うのか?」
「そうは言いません。私が調べてほしいのは、それによってどのような影響が考えられるかと言う点です。報酬は……そうですね。神の力をもってあなたが封印してもらいたいものを封印する。とかでどうでしょうか?」
女神としてはある意味で予定通りの展開なのかもしれない。
先にメリーに報酬として人の身に余る報酬を用意し、それを封印すると言う報酬を短い間隔で用意する。あまりにも単純明快な話だが、これに従わない訳には行かないだろう。
「そうかい。だったら、昨日もらったあれを封印してもらおうかな」
「お安いご用ですよ」
ルーチェの白々しい返事を背にメリーはビンを置いてあった棚の方へと向かう。
「えっと……あれは確かこの辺りに……」
昨晩はあとでちゃんと仕舞おうと考えながらも、適当に置いてしまったのでいまいち場所が思い出せない。
棚を一つ一つ探っていって、紅茶が置いてあるいくつかの棚の中で一番奥にある棚でようやくそのビンを見つける。
「……あぁあったあった。ってあれ?」
続けて、そのビンを手に取り、ようやくメリーは異変に気づく。
ビンの形は記憶と一致している。手元にあるのは、この世界の技術では実現できないだろう気泡のないきれいなビンだ。
それ自体は問題ない。問題なのはその中身だ。
「……えっ? あれ? 空に……なってる?」
飲んだ覚えはない。誰かに飲ませた覚えもない。しかし、目の前にあるのは空のビンだ。
「誰かが飲んだ? いや、まさか……」
目の前で発生した意味のわからない自体を前にして、メリーは少なからず動揺する。これをもらったのは昨日だ。そして、今日この部屋に足を踏み入れたのは……
メリーの背中を嫌な汗が流れる。
そうだ。自分はそこの棚から適当に紅茶をとれといったのだ。自分としては、一番手前の棚を指したつもりでいた。しかし、ターシャたちがその指示を棚すべてが対象だと勘違いしていたら? さらに言えば、ターシャがきれいなビンに入った紅茶色の液体が普通の紅茶だと勘違いしていたとしたら? 可能性はある。メリーにはその可能性が否定できない。
つまるところ、何が言いたいのかと言えば、ターシャが不老不死の薬を飲んでしまった可能性が高いと言うことだ。
メニーの方は前に飲んだ紅茶を探していたので、わざわざビンを手に取る可能性は低いだろうし、昨日の晩から今に至るまで訪れた客人は彼女たち二人だけだからだ。
これはまずい。非常にまずい事態だ。
「……どうしよう」
「何かあったのですか?」
ついに声が出てしまう。ここまで来ると、ルーチェも異変を感じ取ったらしく、メリーに声をかける。
「……ヤバい。ターシャが……」
「……ターシャが?」
「紅茶だと勘違いして飲んじゃったかも」
メリーが最悪の可能性について告げた瞬間、部屋の中は重苦しい沈黙に包まれる。
「えっ? ウソ……飲んだって……えっ?」
これは、ルーチェとしても予想外だったらしく、彼女も明らかに動揺した様子を見せる。
「……とにかく、明日確認してみる。それで、飲んでいたら……」
「わかっています。その場で私を呼んでください。とりあえず、上に報告してきます」
自体を把握したルーチェは光の粒となって消えていく。
その姿を見送ったあと、メリーは頭を抱え込んでその場にしゃがんだ。
「……ヤバい。これはやばすぎる。どうしよう」
自分があんなところに置いたからいけないんだ。もっと、ちゃんとしたところに置くべきだった。
メリーの頭の中をそんな後悔が支配していく。
結局、再びルーチェが降臨し、彼女に声をかけるまでメリーはその格好のまま頭を抱えていた。




