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56.ターシャの初バイト(後編)

「……えっと……着替えましたけれど……これ、本当に制服なんですか?」


 私は更衣室の中にあったピンクのフリフリが付いたエプロンドレスに身を包んで外に出る。


「あら。似合っているし、それはちゃんとした制服よ。ほら、名札だってあるでしょう?」

「そうですけれど……」


 確かに制服の胸元には“ターシャ・アリゼラッテ”と書かれた名札があり、ある意味で制服としての要件は満たしている。


 しかし、ターシャからすれば、このフリフリが付いたエプロンドレスは屋敷でのドレスを思い起こさせて、どうしても恥ずかしいと感じてしまうところがある。


「あら、その制服は不満かしら? だったら……」

「あぁいえ、不満とかそういうのはなくてですね……ちょっと、戸惑っただけというかなんというか……」


 バイトにきて、いきなり制服が不満などというのは心証が悪い。なので、私は制服に不満があるわけではないと必死に弁明する。


「そう。それならよかったわ。確かに制服っていうともっときっちりとしたイメージがあるものね。さて、次にお店を開けるときの説明をしましょうか。ついてきてね」


 私が制服に不満がないといったことで満足できたのか、カシミアは笑顔で私を扉の方へと招き、店舗へとつながっている扉を開ける。


「まずは……」


 そして、その扉が開かれるなり、店を開ける際の準備についての説明が始まり、私は熱心にその説明に耳を傾けていた。




 *




 開店のための準備を経て、私はいよいよ接客デビューを果たすことになった。

 一応、何人かのお客様に対する接客の見本を見せてもらったうえで、次に来たお客様の相手をしてみて。という話になったのだ。


 私としては一人で接客をするのはまだまだ早いのではないかと思うのだが、この学園において服屋というのはこの場所しかなく、私の接客態度に不満をもってほかに行くという可能性がないからこその早いデビューなのかもしれない。


 店の奥でにこにこと笑いながら私の方を見ているカシミアを横目に見ながら、私は服の整理をして来客を待つ。

 前世でもそうだが、服屋の店員というのは簡単に服をたたんでいるように見えて、あの行動にはそれなりの技術がいるんだななんて思ってしまう。


 私の体に比べて、扱っている服が大きいということもあるかもしれないが、どうしても服を被ってしまって上手くたたむことが出きない。


「……ターシャちゃん。頑張ってー」


 そんな私を見て、カシミアはニコニコと笑うだけで、手伝ってくれる気配はない。


 カランカランという扉の上につけられた鐘が鳴ったのはちょうどそんな時だ。


「いらっしゃいませー」


 私はカシミアに練習させられた笑顔を浮かべて店の入り口の方を向く。


「あら。これは田舎者のターシャではありませんの。こんなところでバイトとは、田舎者の領主はお金もないんですわね」

「ちょっと、ローラさん。それはないんじゃないですか? ターシャ様にはターシャ様なりの事情があるんですよ」


 入り口に立っていたのはローラとサントルだった。

 何がどうなるとこのような組み合わせができるのか知らないが、とりあえずターシャは声をかける。


「あの……どのような服をお探しですか?」

「私に似合う服を探しに来ましたの。ほら、選んでちょうだいな」


 ローラからの要求は非常にざっくりとしたものだった。非常にざっくりとしすぎていて、どうしていいかわからないぐらいに。


「そう。だったら、私とターシャちゃんの二人でお二方に似合う服を選んであげるわ。そっちの子は昨日も来てくれたしね」


 私が困っているのが分かったのか、奥からカシミアが出てくる。


「あぁいや、私は……」

「いいからいいから。女の子はおしゃれを楽しまないと」


 自分はいいと遠慮をするサントルの手を引いてカシミアは店の奥に入る。


 そういった姿を見ていると、なんだかすごいなと思うと同時に、大丈夫かなとも思う。

 仮にローラとサントルが服を買うわけでもなく、ただ単に店を見に来ただけとかだった場合、ここまでされてしまうと買わないという選択肢を取りづらくなってしまうのではないかという不安だ。


 そんな心配をする私の視線の先ではさっそくカシミアがココットの服を合わせ始めている。


「……こちらはこちらでやりますか」


 それにしても、店に入ってきたときのやり取りからして、私のローラの間の仲がそこまでよくないことは察せられると思うのだが、なぜ私にローラの相手が任せられたのだろうか?


 そんな疑問を感じつつも、私は服選びを始める。


 はっきりといって、私のセンスは壊滅的な方だという自覚がある。屋敷ではメイドたちが服を合わせてくれたので気づかなかったが、屋敷を出てからは毎朝の服装選びで、メニーからその組み合わせはない。という言葉をよくいただく。


 もともと、服の数が少ないのでその中で一生懸命に合わせた結果なのだが、数少ない組み合わせでもメニーが合わせた方がなんかしっくりくるのは不思議な現象だ。


 そんな私がこの膨大な量の服の中からローラを満足させられるような服を選べるのか。そんな不安を抱きつつも私は服選びを始めた。




 *




「……なるほど。こう来たのね……」


 私が選んだ服を見て、カシミアがため息をつく。

 どうやら、私が選んだ服はローラには似合っていないようだ。いや、それとも単純に組み合わせが悪いのかもしれない。


「あの……」

「いいわ。最初だもの」


 カシミアは私に声をかけた後、ローラの方へと近づいていく。


「あら。お客様。そちらの独特な格好もいいですが……」

「独特? 確かに独特ですわね。私、ちょっと気に入りました」

「えっ」


 私だけではなく、カシミアの口からも変な声が出る。


 自分で選んでみたとはいえ、今の彼女の恰好は言葉では言い表せないほどダサい。自分で選んだくせしてこういうことをいうのは何なのだが、水色をベースに白い水玉を配置した服に黄色のズボンといういささか意味の分からない格好になっている。


 その恰好を気に入ったというローラのセンスはある意味で私と同じように崩壊しているのかもしれない。


「えっと……」


 そんなローラを前にして、カシミアも対応に困っている。服屋の店主として、自分が雇った店員の服のセンスが全然だめだなんて言えないだろうし、そもそも、似合っていなくても客が気に入っているのだ。ともなれば、下手に否定するのは悪手だといえるだろう。


「……ローラさん。服装はって……」


 とっくの昔に服選びを終えて、店内を見ていたサントルが戻ってくるなり絶句してしまった。当然だろう。私だって、友人がこんな格好をしてきたら同じような反応を帰すはずだ。


「気に入りましたわ。この服、買わせていただきますわ」

「えっと……ありがとうございます……本当にいいんですか?」


 ついにはこの服を一式買うと言い出したローラに対して、カシミアは何度も買う意思があるのか、あとで後悔をしないのかということを聞きながら会計をする。


「ありがとうございましたー」


 満足げな笑みを浮かべて商品が入った紙袋を持つローラが店を出て言った後、私はカシミアから服の選び方についてじっくりと教わることになり、バイトがあるたびに閉店後から寮の門限の時間に間に合う程度の時間まで服の選び方について勉強をすることになった。

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