53.入学後、初めての休日の一日(中編四)
本屋を出てからしばらく。昼食をはさんだ後、私たちは商店街の店を何店舗化回り、帰りの途についてた。
「楽しかったですね」
最初に商店街へのお出かけを提案したサントルが笑顔で話しかける。
「そうですね。いろいろなお店があって面白かったです。ほしいものも手に入りましたし」
それに応じるのはメリーだ。彼女は本屋で買った聖書を大事そうに抱えながら歩いている。
「それにしても、商品が豊富でしたね。あの商店街」
「そうね。まさか、あそこまでお店があるとは思っていなかったわ」
その後ろで私とメニーは会話をしていた。
メニーの手元には雑貨屋で買った小物がある。
結果として、商店街に行ってわかったことといえば、この学校においては学校関係者による……もっと言えば、生徒による学校周辺施設の運営が徹底しているところだ。
今日は言った店はどこも生徒が店主や店員を務めていたし、街を歩いているのも学校関係者と思われる人たちばかりであった。
そうなると、寮の売店や食堂で働いている人たちはどのような立場なのかという点が気になってくるのだが、おそらく、そのあたりの必要最低限の設備に関しては生徒に任せないという方針があるのかもしれない。
「本当にいろいろなお店がありましたね。また、次の休みに行ってみてもいいかもしれませんね」
「そうね……」
答えながら考える。もしかしたら、エミリーが言っていたバイトというのは商店街に並ぶ店舗で働くことを指していたのではないかと。
お金のやり取りがある以上はそれぞれの店舗で売り上げがあるわけで、売り上げがあるということは従業員に給料が支払われているということになる。ということは、あの店で働く人たちは店主を含めてエミリーのいうところのバイトなのだろう。
「帰ったら、エミリー先生に改めてアルバイトの話聞いてみようかな」
「そうですね。それがいいと思いますよ」
実際に商店街を歩いてみて、なんとなくこの学校の実態が見えてきたような気がする。
おそらく、この学校は教育のために必要な施設だけ学校が直接運営をし、それ以外の付帯する設備に関しては生徒たちが自由に運営しているのだろう。
もっとも、建物の用意など生徒だけではできないことに関しては学校側がなにかしらの形で関与してくるのだろうが……
そのような突っ込んだ事情に関しては、もっと上級生になって店を運営する側になるようなことがなければ、関わるようなことがないはずなのであまり考えなくてもいいだろう。
四人でワイワイを会話をしながら学生寮に帰ると、学生寮の前にエミリーが立っているのが見える。
「エミリー先生。こんにちわ」
その姿を見かけるなり、私は早速声をかける。
「ターシャか。ちょうどいいところに来た。ちょっとついてきてくれないか?」
「はい。わかりました」
バイトの話だろうか? そんな期待を持ちつつ、私は返事をする。
「それでは、私たちは先に部屋に戻っていますね」
「うん。わかった」
部屋に戻るメニーたちと別れて、私はエミリーの方へと駆け寄っていく。
私がエミリーの横までくると、エミリーは無言で歩き始め、私はその横について歩く。
「待たせてすまなかったな。今回呼び止めたのはバイトの件だ」
「やっぱりそうでしたか。それは、私でもできるようなアルバイトが見つかったっていうことですか?」
「あぁそうだ」
エミリーの言葉に私はほっと胸をなでおろす。正直なところ、自分のような新入生ができるバイトなどないのではないかと不安になっていたのだ。
これでバイトをして、給料をもらうことができるようになれば、私の生活水準が上がることは間違いない。それがどの程度になるかは今のところ未知数ではあるが……
「それで、アルバイトの内容はどんな内容ですか?」
「そんなに焦る必要はない。本校舎の教室でそのあたりについてはちゃんと話すよ」
「そうですか。わかりました」
どうやら、この場で話してくれないらしい。わざわざ本校舎の教室に移動するあたり、仕事先の関係者が教室で待っていたりするのだろうか?
そんな考えを巡らせながら、私はエミリーとともに本校舎へ向けて歩いていった。
*
本校舎の教室に入ると、上級生とみられる男女五人がいすに座っていた。
その中には朝一番に立ち寄った服屋の店主のカシミアの姿もある。
「彼らが新入生でも受け入れてくれるといってくれた商店街の店主たちだ。知っているかどうかはわからないが、商店街の店はすべて生徒の手によって運営されている。だから、店主はターシャの上級生だし、一緒に働くことになる店員も同じ学校の上級生たちだ。よしっそれぞれ自分の店の紹介をしろ」
エミリーが促すと、まず最初に立ち上がったのは一番奥に座っていたカシミアだ。
「朝あったけれど、服屋の店主のカシミアよ。仕事の内容は接客ね。私の店に来てくれたら……そうね。服を店員価格で売ってあげるわ。私は以上よ」
簡単な紹介を終えて、彼女が頭を下げると続いてその横に座っていた男子生徒が立ち上がる。
「薬屋のトーリだ。仕事の内容は薬の調合。給料は弾むぞ。俺からは以上だ」
トーリと名乗った男子生徒が座ると、続いて真ん中に座る女子生徒が立ち上がる。
「カフェを経営しているルフナよ。よろしく。仕事の内容は接客と厨房から選べるわ。働いてくれる時間に応じて賄が出るわ。私は以上よ」
ルフナが座ると、その横の男子生徒が立ち上がる。
「魔法雑貨屋のマックです。よろしくお願いします。仕事の内容は接客。してあげらえることは限られるけれど……そうだな。魔法学の勉強の補助ぐらいはしてあげれるかな。ボクはこれで」
マックに続いて立ち上がったのは、服屋の次に寄った本屋で掃除をしていた人物だ。
「本屋のレヨンだ。仕事の内容は接客だ。よろしく頼む」
そういって、レヨンが座るといよいよ全員のあいさつが終了したことになる。
「……とのことだ。ターシャ。君のバイト先に関してはこの場で決めてもいいし、あとから直接店舗を訪れてバイトをするという意思を伝えてもいい。ただし、一週間を超えても決められないようだったら私に声をかけてくれ」
そういいながら、エミリーが肩をたたく。一応、一週間という期限を設けたのは私がいつまでも決めずに、店主たちがひたすら待ちぼうけを食らうということがないようにしたいということだろう。
しかし、私の中ではすでにどこで働きたいかということが固まりつつあった。
あとは、決断をするだけである。
しかしながら、一通り紹介を聞く中で、私の気持ちはあるところで固まりつつあった。
「……決めました」
「……ちゃんと考えたのか?」
「はい」
エミリーからしたら、私がこの場で決断をするとは思っていなかったのだろう。彼女は意外そうな表情を浮かべて私を見ている。
「はい。ちゃんと考えて決めました。カシミアさん。お願いします」
私が指名をすると、カシミアは満面の笑みを浮かべる。
「あら。私のところを選んでくれるのね。ありがとう。こんなにかわいい店員さんなら大歓迎よ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
正直な話、接客だったり、服のセンスについては自信がなかったのだが、服の割引というところが魅力的に感じたし、何よりも五人の生徒たちの中で彼女が一番やさしそうだったということも決め手だ。
「それじゃあ。さっそくだけど、明日の朝9時にお店に来てもらってもいいかしら? 仕事の説明をしたいから。場所はわかるわね?」
「はい。わかります」
「元気な返事ね。それじゃあ、明日お店で待っているわ」
「はい」
そのあとはエミリーからバイトをするにあたっての注意を受けてから解散となる。
エミリーからの注意の内容としては、学業をおろそかにしないことということが中心で、私はそれをしっかり守ると約束をして、女子寮の自分の部屋へと帰っていった。




