6.初めての会食(前編)
ルナの日記を暖炉にたたきつけてから半年が経った。
あの出来事の後、適当な理由をつけてルナを専属メイドから外してもらい、今はサニーというメイドが私の世話と教育を担当している。
サニーは栗色の髪の毛を短く切り揃え、白い肌と青い瞳が特徴な少女だ。年齢はおそらく10代前半ぐらいだろうか? そんな彼女であるが、元専属メイドのルナと同様によく働くし、何よりも気が利く。その一方で添い寝はしないし、トイレの入り口で息を荒くさせながら待機しているということもない。いろいろな意味で安心できるメイドだ。
「ターシャ様。本日の予定ですが……」
ルナと違う点をあげるとすると、たくさんあるのだが、大きな違いとしては、サニーは真っ先に名前を教えてくれたものの、自らを魔法の練習台として使えと強要することはないというところだろう。むしろ、洗脳の魔法をあまり使わないで欲しいというスタンスにすら見える。
それが普通の反応と言えば、普通の反応なのだが、少し寂しく思ってしまうのはなぜだろうか? もしかしたら、普通の反応がさみしいと思う程度にはルナに毒されてしまっているのかもしれない。
「本日は将来のご学友である方との会食が予定されております」
「将来の学友って?」
「ターシャ様が学校にご入学されたときにいっしょに勉強をする人ですよ」
そういうことを言っているのではない。サニーと話をしていると、会話がどうも妙なかみ合わせになることがある。私は小さく息を吐いてから、もう一度問い直す。
「そのご学友っていうのはどんな人が来るの?」
私の問いに対して、サニーは少し空を仰いでから答え始める。
「今日来られる方はメロ州の州長の御令嬢であらせられるメニー・メロエッテ様が来られる予定となっています」
「そう。メニー・メロエッテさんね」
そうそう。欲しかったのはこういう情報だ。
ここまで来て、私の中でもう一つの疑問が生まれる。
「領と州ってどう違うの?」
自らの父親は領主だ。それに対して、今日来訪するのは州長の娘だ。そうなると、この世界……というか、国には少なくとも区分として領と州があるということになる。
「あーはい。領と州の違いは主に面積……つまり、治めている土地の広さと人口……人の数で決まります。この国では面積、人口ともに規模の大きな方から、領、州に区分されていまして、人口が特に多いところは都、面積が特に大きいところは道を名乗ります」
「そうなんだ」
日本風に言えば、都道領州といったところだろうか? とりあえず、この区分だと相手も対等の立場にいる人間ということなのだろう。そうなると、同じ学校に通うことになるとはいえ、それなりに礼儀やマナーについて気を付ける必要があると言えるかもしれない。
「ねぇ。会食ってどんな風にしてればいいの?」
「会食は食事をするということなので、出たものを残さずちゃんと食べてくださいね」
誰もそんなことは聞いていない。そんな言葉が喉元まで出かかったが必死に押さえ込む。
「残さず食べる以外は?」
「そうですね……今回はご学友となられる方との会食ですので、あまり気にする必要はないかと思われます」
どうやら、彼女は5歳児同士の会食にたいしたマナーは必要ないと考えているらしい。確かに今のところは相当行儀の悪いことをしない限り、注意されることはないし、食事のマナーについて勉強したこともない。つまりはそういうことなのだろう。
「わかった」
そこまで考えた上で、私は返事をする。
「それでは、今日はいつもよりもおめかししましょうね」
ただし、サニーはいつも以上に着替えに気合が入り、いつもよりも時間がかかったのだった。
*
時刻はちょうど昼前。
いつもよりも少しいい服に身を包んだ私は、来客時に使う専用の食事部屋で来客の到着を待っていた。
メニー・メロエッテなる人物が到着するのを待つ一方で私はふと考える。
サニーに経来る人物について詳しく聞いたのは正解だったのだろうか?
当初、サニーは客人が来る以上のことを伝えたがらなかった。それは、もしかしたら客人への配慮だったのではないだろうか? 私の場合、名前を知っているうえで目の前にその人物がいれば、洗脳の魔法がかけられてしまう。これに関しては、ルナを使って実証済みだ。ルナが目の前にいる状況で洗脳の魔法を使えば、洗脳状態になるのだが、ルナが近くにいない状態……詳しく言えば、視界に入っていない状態で、“ルナ。ちょっと来て”と言ったところで待てと暮らせど、彼女が来ることはなかった。おそらく、同じ名前の人など世界に何人でもいるから視界に入っていないと対象の人物を特定することができないのだろう。
つまり、何が言いたいかといえば、今回の会食では“名前を知っている”と“その人物が視界に入る”の両条件が達成されてしまうわけだが、そのあたりについては問題がないのだろうか? もしかしたら、そのあたりについてはある程度対策されているのかもしれないが、それでも気がかりなものは気がかりだ。もっとも、メニー・メロエッテが本名であるという保証はないのだが……
「……ターシャ様? 緊張されていますか?」
考え事をしていることが表情に出ていたのか、横に立つサニーから声がかかる。
「ううん。大丈夫」
「そうですか。それならいいのですが……」
相手はターシャという人物にとって初めての友達になる可能性がある人だ。それを踏まえて、サニーは私が緊張していると判断したのだろう。しかし、そのあたりについては問題ない。相手も同い年ということはあちらもまた5歳児ということだ。その遊びに付き合うのは大変かもしれないが、緊張する必要はないだろう。
「メニー・メロエッテ様のご到着です」
そこへ、別のメイドがメニー・メロエッテ到着の知らせを持って部屋に飛び込んでくる。
「通して」
それに対して、私の返答は一言だ。それを聞き届けたメイドは、深々と頭を下げて退室する。
それからしばらくして、男性二人とともに緩いウェーブのかかった黄緑色の髪の毛を首もと辺りで切り揃え、白い肌と青い瞳が目を引く少女が部屋に入ってくる。
服装は私のそれとは違い、柄のない真っ白なワンピースに身を包んでいる。
メニーは部屋に入ってくるなり、私の方へと駆け寄ってきて、両手をつかむ。
「初めまして。メニー・メロエッテです」
「ターシャ・アリゼラッテよ。よろしく」
「はい! よろしくおねがいします!」
なんというか。かわいい。それが私から見たメニーの第一印象だ。
タッタッタッと駆け寄ってきて、何度も練習したであろう敬語で必死にあいさつをし、それを終えてホッとした様子が何かの小動物を思わせるぐらいにかわいいのだ。
「さて、ここからはメニー様のご要望で二人きりにと思っておりますが、いかがでしょうか?」
メニーのあいさつが終わるなり、すかさずサニーから声がかかる。
「いいよ」
その問いかけに対して私は笑顔を心がけながら返事をするとともに、先方の態度に関して、一抹の不安を覚える。
こちらはメニーの名前をフルネームで知っているのだ。彼女の周りに人がいるのなら、私が魔法を使おうとしたときに止めることができるが、逆に私と彼女で二人きりの場合、私の洗脳の魔法を使おうとしても止める人がいない。
それにもかかわらず、二人きりにするというのはこちらをよほど信頼しているのか、はたまた別の目的があるのだろうか?
そんなことを考えている間にも私とメニー以外の三人は続々と部屋を出て、二人きりという状況が作られる。
「さぁターシャさん。料理が出るまで二人で話をしましょう」
そんな私の心情を知ってか知らずか、メニーはにっこりと笑みを浮かべて私に語り掛けた。