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47.体育の時間(後編)

「いやはや、見事にやられてしまいました」


 みんなが集合しているところの近くで座っていると、メリーが近づいてきて、私たちに声をかける。


「それは私のセリフよ。隠れているところを捕まったときは驚いたわ」

「……そうですか。私もターシャさんがあまりに気づかないものだから逆に驚いていました。まさか、あれでうまく行くとは」


 メリーが笑顔を浮かべる。もしかしたら、私を捕まえられたことが嬉しかったのかもしれない。


「それでは、次もありますので私はここで」


 笑顔のままメリーは手をヒラヒラと振ってから立ち去っていく。

 私はその背中に手を振り返してから、メニーのところへと向かう。


「……すごい活躍だったね」


 メニーの近くに行くなり、私は彼女に声をかける。


「まぁ結局捕まってしまいましたけど……水飲みますか?」


 捕まったことが悔しいのか、曖昧な笑みを浮かべているメニーは私の方に水筒を差し出す。


「ありがとう」


 一応、自分の水筒もあるのだが、せっかくの好意だということで、私は水筒を受け取って口をつける……直前で動作を止める。


 話しかける少し前。メリーと話をしていたとき、視界の端で彼女は水を飲んでいた。そして 、渡された水筒はひょうたんのような形をした植物をくり貫いて作られていて、飲み口が一ヶ所しかない。


 何が言いたいかと言えば、このまま水を飲むとメニーと間接キスをすることになるということだ。


「……あの、私が直接口をつけて飲んだとか、そういうのを気にしてるなら私は気にしませんよ」


 動きが止まった理由を察したのか、メニーがそんなことを言い出す。それも、ニヤニヤと笑いながら。おそらく、ここまでの一連の流れを予測し、私の動きを見て楽しんでいるのかもしれない。


「いいじゃないですか。どうせ、()()()()()なんですなら」


 半分忘れかけていたが、私の中身は女の子ではない。メニーがその事を知るよしもないのだが……


「ほら、休憩時間終わっちゃいますよ」


 結局、メニーのその言葉に後押しされるような形で、私は水筒の水を飲む。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 なるべく、平静を保ちながら水筒を返すと、メニーは小さく笑みを浮かべながらそれを受け取り、躊躇することなく、口をつけて水を飲んで見せる。


「そろそろ、時間ですし戻りましょうか」


 メニーが立ち上がり、エミリーが立っている方へ向けて歩き出す。

 私もその背中を追いかけるような形で歩き始めた。


「後半は追跡側ですね」


 背後からサントルの声が聞こえてくる。


「そうね。お互い頑張りましょう」


 頑張ろうと言いつつも、私は不安に満ち溢れていた。

 そもそも、逃げる側は隠れていてもいいのだが、追跡側となると、敵を見つけたら、敵を走って追いかけなければいけない。そうなると、逃走者の顔を覚えるのは当然のこと、相手を追いかけるための体力が必要になる。


 この二点において、私は絶対的に不利な状況にある。

 同級生の顔はまともに覚えていないし、足は遅いし、持久力もないからだ。


 何が言いたいかと言えば、私は圧倒的に追跡者に向いていない。むしろ、ずっと逃走者になって隠れて時間を過ごしたい。


 残念ながら、前後でチームの役割を入れ換えるというルールが続く限りはその願望が叶うことはなさそうだが……


「さて、みんな揃ったな」


 全員(ローラを除く)が揃ったらしく、エミリーが声を張り上げる。


「……後半戦を開始する。ルールは一緒だが、逃走者と追跡者を入れ換える。それでは、スタートだ」


 逃走者の逃走開始の合図である鐘がならされる。それとほぼ時を同じくして、逃走者たちは広場の周囲へと姿を消していく。


 その頃になると、もう一度鐘が鳴らされ、いつの間にか待機エリアの監視役に抜擢されたらしいメニーを残して、私たちは四方八方に散っていく。


 そのタイミングになって、私は広場の大きさを把握していなかったことを思い出して、とりあえず捜索も兼ねて広場の端の方を目指す。


 エミリーはチェイスをどの程度の範囲でやるかという指定はしていないが、普通に考えたら広場の中で行われると考えた方がいいだろう。


 そんな考えのもとに5分程度歩いていくと、広場とその外を隔てているであろう柵に到達する。


「……なるほど。ここまでが範囲か……」


 そして、私は勝手に納得する。


 見たところ、柵は結構な高さがあるし、下から潜り抜けられるような気配もない。ともなれば、この柵が広場の周りに張り巡らされていて、その範囲内でゲームが行われている。というのが自然だろう。


 私はそのまま柵に沿って歩き始める。別に来た道を引き返しても良かったのだが、範囲がどのように設定されているか気になったからだ。



 歩いてみると、柵は絶え間なく設置されているようで、視界の先には柵が直角に折れ曲がっている箇所も見える。


「……エリアは四角なのかしら?」


 そうつぶやいたとき、角を曲がってきた人物……メリーと視線が交わる。


「「あっ」」


 私はもちろんのこと、メリーも予想外だったのだろう。互いに小さな声が出てから立ち止まる。


「そこで待ってなさい!」

「そんなことしませんよ!」


 立ち止まってから数秒。お互いに状況を理解したところで、唐突においかけっこが始まる。


 私はメリーの背中を必死に追いかけるが、彼女の背中がどんどんと遠くなっていく。


「……せっかく見つけたのに……」


 遠くなっていく背中を見ながら、声をあげる。

 ようやく見つけた逃走者の背中は角を曲がったところで見えなくなってしまう。


 もしかしたら、この辺りに隠れているかもしれない。


 そんな期待を持ちつつも、私の中は諦めの感情で埋め尽くされている。


 どうせ、見つけたところですぐに逃げられてしまう。彼女の体力がどの程度か知らないが、私のなけなしの体力では彼女を追い詰めることはできないだろう。


 しかし、諦めるのはまだ早かったようだ。


 辺りをぐるりと周り、茂みの中を覗いてみると息を潜めているメリー後ろ姿が見えたのだ。幸いにも彼女はこちらの存在には気づいていないようだ。


 私は物音をたてないようにゆっくり、ゆっくりとその背中に近づいていく。


 しかし、メリーはメリーで人の気配を感じ取ったのか、唐突にこちらを振り向く。


 二人の間に再び無言の時間が発生する。


「やばっ」


 沈黙のあと、メリーが立ち上がって走り出す。


「待って!」


 私はどう考えても無駄な一言を発したあとにその背中を追いかけ始める。

 しかし、先程走っていたということもあり、私の体力は当に底をつき始めていた。


 結局、私はメリーを見失い、それとほぼ時を同じくして終了の合図である鐘が広場になり響いた。




 *




 後半戦は、追跡者の勝利で終わった。

 聞くところによると、メニーが助けに来た逃走者をことごとく捕まえていったらしい。


 前半戦での大脱出劇を考えると、今回のチェイスにおいて、メニーの役割はかなり大きいような気がしてきた。


 逃走側に回れば脱出の手助けをし、追跡側に回れば脱出をことごとく防ぐ。絶対に敵に回したくないタイプだ。


「……注目」


 私の思考を中断させるかのように、エミリーの声が広場に響く。


「今回の授業で行ったチェイスは基本的に第一基の間ずっと行うことになる。しばらくはチームやルールの変更を行わないから、次回までに各チーム作戦を考えておくように。以上だ。解散」


 エミリーが解散を宣言すると、背後の校舎からちょうど授業の終わりを告げるチャイムが聞こえてくる。


 生徒たちはそれぞれ、友達同士でまとまりながら更衣室へと向かい始める。


「……ターちゃん。戻りましょうか」

「うん。そうだね」


 私とメニーは短い会話を交わしたあと、二人並んで歩き始める。すると、いうの間にか後ろにメリーとサントルが着いてくる。


 こうして、四人組になった私たちは扉を開けて、校舎の中へと入っていった。

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