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46.体育の時間(中編)

 エミリーの指示で二つに分かれた後、今回は授業の前半と後半でチームを入れ替えてチェイスを行うことになった。

 エミリーの手による公正なくじ引きの結果、私やメニー、サントルが所属するチームは前半逃走者、後半は追跡者となり、逆にメリーが所属するチームは前半追跡者、後半逃走者となった。


「それではゲームを開始する。ゲーム時間は15分。ここにある鐘の音が一度なったら逃走者が逃走を開始し、二回目の鐘が鳴ったら追跡者が追跡を開始する。私が三回目の鐘を鳴らした時点でゲーム終了だ。それでは……開始!」


 エミリーがいつの間にか横に設置されていた鐘を思い切りたたく。

 それと同時に私たち逃走者は一斉に方々に散っていき、追跡者から逃れるために隠れる場所を探す。


 とりあえず、近くにあった手ごろな茂みに入ると、逃走者がスタートする合図である鐘の音が鳴り響く。いよいよ本格的にゲームスタートだ。

 このゲーム、ルールだけを見ると元の世界のケイドロに近いものがある。ケイドロにおける警察役が追跡者で泥棒役が逃走者といった具合だ。


 このゲームにおいて、逃走者として勝つためには二つの方法があると私は考えている。

 一つはかくれんぼの要領でどこかに隠れて追跡者の目を逃れ続けること。もう一つは鬼ごっこの要領で下手に隠れたりはせずに追跡者から見つかっては逃げ、見つかっては逃げを繰り返すことだ。


 後者に関しては私の体力的にきついものがある。


 そこで、私は前者のかくれんぼ作戦をとることにした。


 この作戦の欠点として、しゃがんだりしながら隠れるために見つかった時にすぐに逃げられない、隠れることに集中するために視界外など予想外の方向からの襲撃に対応できない可能性があるなどの欠点がある。しかし、15分間走り続けてへとへとになるよりは何倍もましだ。


「……しかし、チェイスか。苦手なんだよねー」


 そこまで考えたところで、唐突に男性生徒の声が聞こえてきたので私は息をひそめる。

 近づいてきているのが味方である可能性もあるが、複数で行動しているうえに男子相手となると相手が敵だった場合に圧倒的に不利になるからだ。


 本来なら、チームメイトの顔ぐらいは把握しておくべきなのだろうが、この学校に来てから日が浅い関係でまだクラスの人たちの顔と名前がちゃんと一致していない。そんな状況下においての授業なので近寄ってくるのは(メニーとサントルを除いて)みんな敵だと考えた方がいいだろう。


「……でも、追跡役なんてだるいよね……逃走車を見たら走らなきゃいけないし」

「だよなー」


 近づいてきているのは男子二人組で、会話の内容からして追跡者らしい。そうなると、なおさら見つかるわけにはいかなくなる。

 しばらくの間、息をひそめて待っていると足音は徐々に遠ざかっていき、会話も聞こえなくなっていく。


「……行ったかな?」


 ポツリとつぶやいて、茂みから顔を出す。

 すると、唐突に肩をポンとたたかれた。


「ひゃっ」


 そのことに驚いて、変な声が出てしまう。

 何が起きたのだろうか? 誰が私の肩をたたいたのだろうか? 恐る恐る振り向いてみると、小さく笑みを浮かべたメリーの姿があった。


「向こうの男子に集中しすぎたみたいですね。忘れているといけないので言っておきますと、私は追跡者ですよ」


 労することなく私を捕まえられたことがうれしいのか、笑顔でそう告げると彼女は無言で待機エリアとなっている白い線で囲まれた四角い枠を指さす。要は捕まったからそこに行けということなのだろう。


「……はぁわかったよ」


 私は立ち上がって、お尻あたりについた砂を払うとそのまま待機エリアへ向けて歩いていく。


「ほう。捕まったのか」


 そんな私に待機エリア近くに立っていたエミリーが声をかける。


「えぇ。隠れているところを見つかりました」


 私は簡単に見つかった時の状況を話すと、待機エリアの端の方で体育座りをする。

 正直なところ、胡坐とかの方が楽といえば楽なのだが、周りの目もあるのでそれは少しまずいだろうという判断をしたうえでの行動だ。もちろん、仲間が近くに来たら立ち上がるつもりでいる。(もっとも、仲間の顔をちゃんと覚えていないのだが……)


 それ以降は特に会話はない。エミリーとはもちろん、他に捕まっている人たちともだ。

 遠くにメニーの姿が見えたのはちょうどそんなときだ。


 助けに来てくれたのだろうか? 私はゆっくりと立ち上がる。


 他の人たちもその存在に気がついたのか、チラチラとメニーの方へと視線を送る。幸いにも、待機エリアの周りを監視している追跡者は気づいていないようだ。


 メニーもその状況には気づいているらしく、追跡者が少し離れたところを見計らって、茂みを出て勢いよくこちらへ向けて走り出した。そして、その存在に気がついた追跡者が待機エリアに戻るより前に私たちにタッチしていく。


 それによって、私たちは蜘蛛の子を散らすように追跡者から逃れていく。


「くそっほとんどやられた」


 追跡者の悔しそうな声を背に私は必死に走る。

 今の状況について、相手の主な敗因は待機エリアの監視役を一人だけにしていたことだろう。さらに言えば、理由はよくわからないが、待機エリアから少し離れてしまったことも要因のひとつとして考えられる。


 要するに相手の油断が今回の大脱出に繋がったことは明白であるということだ。


 私は追跡者が別の人を捕まえに行っている間に適当な茂みの中で腰を下ろす。


 今度は先程のようなことがないようにキョロキョロと周りを見回してみる。


 周りに追跡者らしき影はない。体内時計的にはそろそろ時間なので、今度は大丈夫だろう。


「……それにしても」


 メニーの足はかなり早かった。私が遅いだけとも言えるのだが、屋敷の周りで町の子供たちと遊んでいたというだけあって、茂みから出るときの瞬発力だったり、走る早さだったり、その持久力というのは素晴らしいと思ってしまった。


 そして、同時に思う。


 これが私のような箱入り娘とメニーのように外に出て遊んでいた子供の差なのだろう。


 しかし、だからといって自分を卑下するつもりはない。私は私なりにこの授業を楽しんでいるからだ。おそらく、それはメニーにも言えることで、私は私、メニーはメニーの楽しみ方がある。


 茂みの影から待機エリアを見てみると、逃げ切れなかったらしい数人がすでに捕まっている。その中にはターゲットにされてしまったらしいメニーの姿がある。

 その近くに立つエミリーが手元の腕時計に目線を落としている辺り、そろそろ終了の時間が近いのかもしれない。


 続いて、そこから少し離れた木陰に視線を移してみると、見学を命じられたローラの姿がある。彼女はそうしていることが当然かのように扇で自身に風を送っているだけでチェイスに興じる同級生たちへ興味を示す様子はない。


 彼女がどのような心情でいるのか知らないが、私があの立場になってしまったら心中穏やかではないだろう。遊びとはいえ、授業は授業なのだから、成績のことが気になるし、なによりも、周りの生徒たちとの交流の機会が減ってしまう。


 もっとも、そこまで頭が回らないから、今のような状況になっているのだとも言えるのだが……


 試合終了の合図である鐘が鳴り響いたのはちょうどそんなタイミングだ。


「終了だ。私が待機エリアの人数を数える。その間に集合するように」


 エミリーの指示にしたがって、ローラ以外の生徒たちが待機エリアの近くに集まり始める。

 結果は逃走者の勝利で、10分の休憩を挟んで逃走者と追跡者を入れ換えて二回目のゲームが行われることとなった。

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