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45.体育の時間(前編)

 翌日。

 私とメニー、サントル、メリーは学校指定の体操着を来て、学校前の広場へ向かっていた。


 入学式から数えて三日目の今日は体育の授業からスタートだ。

 着替え前、教室で体育担当のエミリーは「魔法を使うためには体力も必要。遊びながら体力をつける」と力説していた。

 その事ば通りだとすれば、体育の授業には何かしらの遊びを取り入れた授業内容が準備されているのだろう。


「一体、何をするんでしょうかね?」

「さぁ? でも、遊びながらっていうからには楽しいカルキュラムが用意されているんじゃないの?」

「そうだといいですれけど」


 サントルは小さく息を吐く。


 その様子を見て、メニーは小さく首をかしげた。


「サントルは……」

「サンちゃんでお願いします」

「サンちゃんは運動が苦手なんですか?」


 メニーの質問にサントルは小さく首を振ってから答える。


「いえ、そう言うわけではなくて……ただなんというか、その……授業内容がどうなるか不安というかなんというか……」


 どうも彼女の回答の歯切れが悪い。自分の中の彼女は意見をすっぱりというイメージがあるのだが、なぜ、この質問に関してはこうも回答に窮しているのだろうか?


「運動苦手なの?」

「えっあぁはい。まぁあまり体を動かすことがなかったので不安でして……」


 サントルが力なく笑う。


「そういうあれで行くと、私も運動してないな。メロンちゃんはどう?」

「私は屋敷の回りの子供たちとよく遊んでいたので……それなりに動いてましたけど」

「あーそういえば、そうだったね」


 屋敷から出してもらえなかった箱入り娘な私とは違い、メニーは割りと自由に外出をしていたような話を聞く。領主の娘という立場にある人間がそんな自由に外に出ていて、警備上の問題はないのだろうかと、疑問に思うが、その辺りについては何かしらの対策がとられていたのだろう。

 もしかしたら、今この瞬間もアリゼラッテ家やメロエッテ家などによる監視……もとい、警護が行われている可能性もある。


「あー広場に到着しちゃいますね……」


 あからさまに嫌そうなサントルの声で私は広場に繋がる出口が目の前にあるということを認識する。彼女の声がなかったら、そのまま考え事をしながら扉にぶつかっていたであろうという程度には目の前だ。


 私は木製の扉の前で一旦立ち止まり、息を整える。

 大丈夫だ。科目名こそ体育だが、中身はただのお遊びだ。そんなにきついものではない。と思いたい。


 前世において、得意な科目は体育だったのだが、今世においてはすでに苦手な科目ナンバーワンに立候補しているような状態だ。


「行きますか」


 そこまで考えたあと、私はもう一度深呼吸をしてから扉を開けた。




 *




「さて、新入生諸君。先程も教室であいさつをしたが、私が体育担当のエミリーだ。よろしく頼む。それでは、早速第一期のカルキュラムを発表する」


 この学校の一年は四つの期間に分けられている。そのうちの春から夏の休みにかけては第一期と呼ばれているのだが、そのすべてを費やすということは、それなりに練習がいるということなのだろうか? 私は息を飲んでエミリーの言葉に耳を傾ける。


「第一期のカルキュラムで行うのはチェイスだ。知っている人も多いだろうが、改めてルールを説明する」


 エミリーの言葉に呼応するように彼女のとなりに魔方陣が生成され、その上に淡く光る四角い物体が現出する。


「さて、この板に注目して欲しい。ここにチェイスのルールを記載する。チェイスは逃走者と追跡者の二つのチームに別れて行う。その一、追跡者は逃走者を追いかけ捕まえる。その二、捕まった逃走者は待機エリアに移動する。これにより、その逃走者は捕縛状態となる。その三、逃走者は追跡者の隙を見つけて待機エリアに侵入し、捕縛状態にある逃走者の体に触れることで、捕まっている逃走者を解放することができる。その四、待機エリアに逃走者が過半数いる場合は追跡者の勝利、それに満たない場合は逃走者の勝利とする。その五、競技中は緊急時を除き、魔法の使用を禁ず。以上だ」


 彼女の話すペースに合わせて、白い板にチェイスのルールが書き込まれていく。

 知っている人も多いという前置きを考慮すると、この世界では一般的な競技ないし、遊びなのだろう。


「さて、競技について質問があるものはいるか?」


 エミリーの問いかけにちらほらと手が上がる。なお、私もその中に含まれている。


「ターシャ。いいぞ」

「はい」


 早速指名されたので、私は返事をしてから前に出る。


「四つ目のルールの待機エリアにいる逃走者とは、捕縛状態にある逃走者だけですか? それとも、ただの逃走者……例えば、助けに来た人も含まれますか?」

「ふむ。いい質問だな。答えは逃走者の状態は問わないだ。他にあるか?」

「私はありません。ありがとうございます」


 私は頭を下げてからもとの位置に戻る。


「次、ローラ」


 指名されると、ローラもまた先生の近くまで出てくる。


「先生。私のような人間が庶民の遊びに興じる意味がわかりません」


 ここに来てもそれか。私は思わずため息をつきそうになる。

 別にローラが何を思って、何をしようと勝手なのだが、それによって私やメニーのように近い立場にいる人間が同一視されるようなことがあるとなると話は別だ。


 すでに一部では“これだから貴族は”なんて言葉が出始めているし、いくつかの視線がこちらに向けられているのも何となく感じている。


 つまりは“お前も似たようなものだろうという”そういう視線なのだろう。


 そんなことはないと声を大にして言いたいところだが、それをしたところで効果などないだろうし、むしろ、周りからは怒るということは認めたということだととらえられて、逆効果になる可能性すらある。


「なるほどな。ターシャ。ターシャ・アリゼラッテ。お前はどう思う?」


 エミリーから声がかかる。

 おそらく、今の状況を加味して同じ貴族として何か意見をしろということだろう。

 だが、この状況ではなるべく目立ちたくない。私はその場から移動せずに返事をする。


「……私たちは同級生であり、身分は関係ないので体育の授業の一環としてチェイスを行うべきであると思います」

「いい回答だ」


 私の回答は満点だったのか、エミリーは満足げな表所を浮かべてうなづいている。


「そういうわけだ。君たちは身分に関係なくこの場においては魔法学校の一年生だ。つまり、貴族だとか、庶民だとかそういうものは一切関係なく、平等に体育の授業を受けるべきだ。これでいいか?」

「納得がいきません!」

「納得しろ! ローラ。お前もここにおいてはただの学生だ。私の指示に従わないか!」


 納得がいかない。おそらく、身分が関係ないという下りが気に入らなかったのだろう。激高するローラに対して、エミリーは大声を張り上げてしかりつける。


「なんなのですか! 私に向かって!」

「私に向かっても何もない! ここの生徒はだれしも平等だ。お前だけの特権は認めるわけにはいかない」

「しかし、私は領主の娘なのですよ。そのような庶民の遊びに……」

「まだいうか。気に入らないなら参加しなくてもいい。見学していろ」


 ついにエミリーを本気で怒らせてしまったらしく、ローラは見学を命じられる。


「えぇえぇわかりましたわ。私は見学させていただきますわ」


 エミリーが怒っているという事実に気付いているのか、もしくはこの期において、エミリーが配慮をしてくれているのとでも勘違いしているのか、彼女は悠々とした態度で皆から離れて近くの木陰に座る。

 教室で彼女を取り囲んでいた取り巻きたちは少し迷うようなそぶりを見せたものの、彼女に従う様子は見せない。さすがにこれについていくのはまずいと判断したのだろう。


「さて、気を取り直してチェイスを始める。まずはチーム決めからだ。出席番号が半分より前の生徒は私から見て左側に。半分より後ろ側の生徒は右側に移動だ」


 先ほどまで怒っていたはずなのにすぐに平静を取り戻したエミリーの指示で、多少の動揺はあるものの生徒たちは指示通りにわかれていった。

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