44.初めての魔法基礎(後編)
魔法と食事の関係というタイトルがつけられたページには、パンの挿絵が描かれていて、私は早速そのページを読み始める。
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魔法と食事の関係というのは密接な関係にあることが最近の研究で明らかになった。
普段、不摂生な食事……つまり、バランスの取れていない食事をしている魔法使いと、栄養のバランスがしっかりと取れた食事をとっている魔法使いとでは、保有魔力量に大きな違いがあることがわかったのだ。
長年、魔法使いには三大欲求を存分に満たせるものが一人前への近道とされていたが、この研究結界によりそれが裏付けされたことになる。
また、バランスの取れた食事の中でも、自らが好きな食べ物を一品加えるだけで魔力がより高まるという研究結果もあり、食事バランスだけではなく、自らの好みも考えて食事は選ぶべきである。
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ざっくりといってしまえば、ただ単に食事をとるだけではなく、バランスを取りながら、自分の好きなものを食べろということなのだろう。
好きなものを食べろとだけ言われれば簡単だが、バランスよくといわれると途端に難しくなるような気がする。
私の場合は偏食はないが、例えば、野菜嫌いの魔法使いにバランスが大切だからといって無理に野菜を食べさせても、魔力回復の効果が薄れてしまうともいうことができるからだ。
そう考えると、一流の魔法使いへの道というのはなかなか厳しいものらしい。
「……さて、読んだかな? そこにも書いてある通り、食欲を満たすといってもただ単に食事をすればいいだけではなく、バランスが取れていて、なおかつ楽しく食事をするということが大切だな」
ハリーが教科書の説明を補足するような形でそういうと、一人の男子生徒が手を上げる。
「質問か? いいぞ」
ハリーに促されると、その生徒は立ち上がって質問をぶつける。
「教科書にはバランスと好きなものを食べてとしか書いていませんけれど、楽しくも大切なんですか?」
質問をぶつけられたハリーは満足げにうなづいてから返答をする。
「あぁそうだ。バランスの取れた食事、そして好きなものを食べて、仲間と談笑をして楽しい食事をする。それもまた、一流の魔法使いになるための近道と言えるぞ。ほかに質問がある人はいるか?」
先生が尋ねると、ちらほらと手が上がり始めて質疑応答タイムが始まる。
私も少し気になったところがあったので手を挙げて質問をする。それはメニー達も同様だ。
ちなみに私の質問内容は“一般的に体にいいとされているものを食べると、魔力がより回復するのか?”という質問だ。先生からの答えはイエスで、体の健康に寄与するものイコールより良い魔力を生み出すものという構図があるそうだ。
そのような質疑応答がしばらく続くと、授業の終わりを告げるチャイムが教室内に鳴り響く。
「さて、今日の授業はここまで。授業後は速やかに寮へ戻るように。以上だ」
今週はそれぞそれの準備や交流を目的に一日に二限だけ授業を行うことになっている。
そのため、今日の授業はこれで終わりだ。
「……さて、帰りましょうか」
「はい」
このまま教室に残って他の生徒立ちと交流してもいいのだが、私はメニーと共に部屋へ帰るという選択肢をとることにした。その理由は主にローラに絡まれるとまた面倒なことになると思ったからだ。
「部屋にお戻りになるのでしたら、寮までご一緒させていただいてもよろしいですか?」
メニーと共に席を立ち上がろうとしたその時、教科書を胸の辺りに抱えたサントルが近寄って来る。
「うん。別にいいけど……サントルも部屋に戻るの?」
「はい。部屋に戻って授業で習ったことの復習をしようとかなと」
「そうなんだ」
サントルは結構、勉強熱心な方らしい。彼女は教科書を抱えたまま笑顔を浮かべている。
「それでは寮に戻りましょうか」
サントルの言葉を合図にするように私たちは教室を出て寮へと向かう。
廊下にはたくさんの同級生の姿があり、それぞれ話をしたり、走り回って先生に注意されたりと至って平和な光景が広がっている。
「……ターシャ様はアリゼ領の領主の娘なんですよね。なぜ、我々庶民の方を向いているのですか? 確かに私たちも安くない入学金を出してもらっている以上、本当の意味で庶民と呼ばれる人たちとは一線を引いているように見えるかもしれませんが……」
「道具のことをいっているなら偶然よ。もう少し言えば、ここに来た理由や経緯はともかくとして、みんな平等に同級生だと思っているわ」
サントルの目からして、私はこの学校でいわゆる庶民と呼ばれる人たちに合わせようとしているという風に見えているのだろう。実際問題、屋敷にいるときは学校に通えるのは貴族などお金を払える人が中心だと聞いている。もっとも、それは少し間違っていて、実際に学校に入ってみると、そういった上流家庭の人間の姿は少なく、いわゆる中流家庭の人たちが多い。これは、私の推測だが、本当の意味で貴族ならば、自らが魔法を使う必要が少なく、魔法学校に通う意味が薄いのではないかと思われる。
断片的な情報になるが、帝都には魔法学校以外の学校もあるようで、大体の貴族は危険が伴う魔法ではなく、もっと安全な学問を学ばせる傾向にあるのではないだろうか?
もっとも、私のように生まれつきで特殊な魔法が使える場合は別だろうが……
そう考えると、メニーやローラと言った自分と似たような立場にいる人たちも、何かしらの事情があって帝都魔法学校に来ているのだろう。
「……ところでさ……今ごろだけど、なんでメロンちゃんは魔法学校に通うことになったの?」
私は素直に疑問をぶつけてみる。
すると、メニーは笑顔で答えを提示する。
「ターちゃんと一緒ですよ。私も一族に伝わる特殊な魔法があって、それをちゃんと使うために来ているんです。もっとも、私はターちゃんの魔法とは違って生まれつき使えるというわけではないですけれど」
「そうなんだ」
「……なるほど。領主一族となると珍しいなと思っていましたが、やはりそういう事情でしたか」
メニーの言葉にサントルが妙に納得したような表情を浮かべる。
「やっぱり、普通の貴族は魔法を学んだりしないの?」
「はい。普通は他の学校で語学や帝王学を中心に学ぶのが一般的ですね。この学校はいるのは、私のように魔法使いを目指す人間だったり、ターシャ様やメニー様のように特殊な魔法が使える貴族の方だったりと言ったところです。もっとも、後者の場合でも使う必要がないからという理由で魔法を学ばせないという選択肢を取る一族もあるようですけれど」
どうやら、私の推測は大筋で間違ってはいなかったらしい。となると、帝都近くの領の領主の娘を名乗っているローラもまた、似たような事情を抱えているのは間違いないだろう。一方で、シスターになりたいなどと言っているメリーの入学理由はいまいち謎になってくるのだが……
「……なるほどね」
魔法が存在する世界という前提がある以上、全員が全員魔法が使えるわけではないし、全員が全員魔法使いになりたい訳ではないということだろう。
例えるなら、科学が発達したあちらの世界に住んでいる人間が全員科学に精通してるかと聞かれると、そうでないというのと同じ話だ。
「しかし、ローラさんにも困ったものです。彼女のせいで授業が進まないですよね。ターシャ様もそう思いませんか?」
「えっと、まぁそうだけど……まっまぁでも、そのうち良くなるんじゃないかしら? それより……」
そこからは私とメニー、サントルの三人で会話を交わしながら寮へと向かう。
こうして、私の学校生活は幕をあげた。




