43.初めての魔法基礎(前編)
「私が魔法基礎の授業を担当するハリーだ。よろしく頼む」
いかにも魔法使いですと言わんばかりの黒いローブと三角帽子と言った格好をした黒髪の男性は笑顔でそう語る。
ついでに言えば、丸い眼鏡をかけていたり、木の枝のような形をした杖を持っていたりと、ファンタジーからそのまま飛び出してきたような見た目をしている先生の名前は、どこぞの小説に出てくる魔法使いを思わせる。
「さて、前回の時間で自己紹介等は済ませてあるだろうから、早速授業を始めるよ。まずは教科書の配布だ。一人ずつ前に取りに来てほしい」
魔法学校の魔法の授業と言うぐらいなのだから、教科書を宙に飛ばして、生徒たちのもとへ届ける。何てことがあるだろうかと、思っていたのだが、そんなことはないらしい。
私たちは一人一人立ち上がって、前に教科書を取りに行く。もっとも、立ち上がったのは全員ではなく、私とメニーの分については、サントルが取ってきてくれたし、ローラもまた、取り巻きの連中が教科書を献上していた。
その状況を見て、ハリーが一瞬眉を潜める。おそらく、彼の目には領主の娘という立場を持つ貴族連中が取り巻きをいいように使っている風にしか見えなかったのだろう。
実際問題、ローラの方がそうだから仕方がない。ここに来て、サントラの好意が悪い方向でダメージを与え始めている。
「……さて、全員に教科書が行き渡ったみたいだし、授業を始めようか。まず、最初に警告しておく。魔法は自らの体の中にある魔力を発現する行為だ。適度に使えば便利だが、使いすぎは文字通り毒になる。魔法を覚えたとしても、くれぐれも使いすぎないように。これは常に頭に入れておいて欲しい。特にターシャ・アリゼラッテ。君の持つ特異な魔法は発現しやすい割には魔力を使う。緊急時以外は使わないことをおすすめする」
「えっあぁはい」
もともと、緊急時以外は使うつもりはなかったのだが、ハリーのした注意はある主もっともなものだろう。
私もを含め、周りに生徒たちは魔法を覚えたての子供になるわけであり、使い過ぎが体に毒になるという状況において、(おそらく)このクラスで一番魔法が気軽に使えるであろう私に注意をするのは至極当然の行為だ。
その注意に対して、“田舎者は魔法の使うタイミング一つ指南しなければならないようですわ”などといいながら、笑い始めたローラとその一角が注意され、授業が再開する。というか、ローラあたりはどうにかならないのだろうか? 私個人を攻撃するのは許容するが、それのせいでいちいち授業が中断するのはいまいちいただけない。どうせなら、休み時間に私のところまで来てそういう話をしてもらえないだろうか? いや、ただ単に子供ゆえにそういった発想に至らず、自分の成績がどうとか考えずに騒いでいるだけなのかもしれないが……
「さて、さっきも説明した通り……」
私はそこで施行を中断し、授業に集中するように気を付ける。別に魔法の授業だけが大切だとか言うつもりはないが、どれか一つでも赤点をとって落第をするようなことがあれば、それこそ笑いものである。
別に笑いものになるのが嫌だとかそういうことではなくて、ただ単にメニーと学年に差がついて、一緒に卒業ということができなくなるという事態を避けたいだけだ。
「……魔法というのは人間が体内に持つ魔力を使って発現する。その魔力についてだが、一般的には適度な休息や食事などといった体に良いことをすると回復をすると言われている。逆に言えば、魔法を使っていなくても過度の運動や病気などによって体が弱っていると魔法が発動できないなんてこともある。だから、魔法使いは常に体調管理に留意する必要がある。体調管理まで完ぺきにこなして、初めて一流の魔法使いだともいえるだろう」
魔力というのはすなわち、人間が生きる気力……精気のようなものなのかもしれない。生きるという力が強くなれば、それだけ魔法が強くなるし、病気などでそれが弱くなれば、その分だけ魔法が弱くなる。だからこそ、魔法を使ってへとへとになっても休息や食事をとればまた使えるようになるし、逆にそれらを怠れば魔法がどんどんと使えなくなっていってしまうということなのだろう。そう考えると、非常に単純な話だ。
「……というわけで、この授業では魔法を使うための基礎である魔力の管理について学んでいき、それができるようになってから魔法の使い方について学んでいこうと思う」
なるほど。魔法基礎という講義名を体現するような形だ。これは意図せず魔法を使ってしまう可能性がある私にとってはありがたい授業だ。サントルが次の授業は楽しめるはずだといった根拠ももしかしたら、このあたりにあるのかもしれない。
「……さて、まずは効率的な魔力の回復方法についてだ。一般的に魔法の回復に一番いいのはいわゆる人間の三大欲求を満たすことがいいとされている。その中でボクが推奨するのは睡眠だ。睡眠は疲れた体を癒すことができるからね。次に食事だ。これは使ってしまったエネルギーを回復させるのに有効だ……最後の一つについては……君たちがもう少し大人になったら説明をしよう」
人間の三大欲求といえば、睡眠欲、食欲そして性欲である。おそらく、ハリーとしては年端もいかない子供たちに性欲の話をするの早いと判断したのだろう。当然といえば当然の判断だ。
教室では、最後の一つが何なのかという質問が飛び、ハリーが“大人になってからのお楽しみさ”と笑顔で答えるという状況が続いている。
「大人だけができる魔力の回復方法。それは何なのでしょうか?」
「さぁわたしは存じ上げませんわ」
「わたくしも聞いたことがありません」
それはローラとその取り巻きたちも同じようで、どんな方法で魔力を回復するのかという話で盛り上がりつつある。
その一方で私は性欲を満たすと、どのような形で魔力が回復するのかと考え始める。
しかし、向こうの世界では童貞を貫いているし、当然ながらこちらの世界に来てからもそういった行為は一切していないので、そもそも、ちゃんとしたイメージがつかないので想像するのはやめておく。
様々な意見が飛び交い、ざわざわとする教室にパンパンという拍手が響く。
どうやら、ハリーが手をたたいているようだ。
その行為によって、教室の視線がハリーに集められたことを確認すると、彼は満足げに笑みを浮かべる。
「さて、次の話をしようか。教科書の3ページを開いて」
どうやら、ここからは教科書を使うらしい。
ハリーの指示に従って教科書を開くと、魔法を使う際の休息の重要性というタイトルがつけられた文章と、魔女のような恰好をした老婆が暖炉のそばに置かれた椅子で休んでいる挿絵が書かれていた。
「このページにはさっき説明したような内容が書かれている。これはテストにも出ることだから、僕がした話を思い出しながら読むように」
ハリーに促されて読み始めると、先ほど説明があった内容がもう少し難しい言葉を使って説明されていた。おそらく、彼はいきなり教科書を読ませては理解が進まないと判断して、先に内容をかみ砕いて話をしたのだろう。
教科書に書いている内容は大方、ハリーが話していたものと同様で、私はあっさりと最後まで読み切ってしまう。
「さて、読み終わったかな。読み終わったら次のページ。“魔法と食事の関係”についてだ」
私が読み終えてから少し経って、全員が教科書を読み終えたような動作を見せたのか、ハリーがそんなことを言い出す。
その指示に従って、私は教科書の次のページをめくった。




