42.初めての授業(後編)
本日、二話目の投稿です。
私たちが教室に到着してからしばらく。
授業時間ぎりぎりに駆け込んでくる生徒(メリーほか数人)が席に座って準備をしているのを見ながら待っていると、語学の授業を担当すると思われる男性教師が教室に入ってくる。
「はい。静かに」
男性が告げると、ざわざわしていた教室が一気に静まり返る……ごく一部を除いて。
「ローラ・グローリエ。お前もだ」
そう。教師の言うことを聞かずに騒いでいるごく一部というのはローラとその周辺だ。
全く、学校に何をしに来ているのだろうか? ただでさえ、それなりのお金を親に払ってもらってこの場にいるというのに最初の授業から初歩的な注意を受けているようでは先が思いやられる。
男性に注意され、ローラの周辺が静まり返ると、男性は改めて私たちの方を見る。
「語学の授業を担当するダグラスだ。よろしく。それではさっそく授業をといいたいところだが、まずはクラス内での交流を深めてもらうために互いの自己紹介の時間としよう。一人ずつ、名前と出身地、あとなにか一言述べるように。まずは君からだ」
彼は向かって左手側の最前列に座っているサントルを指差す。
「はい」
指名を受けたサントルは動揺するような様子も見せずに立ち上がり、一礼する。
「帝都出身のサントル・ロノワールです。素敵な生徒になれるよう努力いたします」
簡潔に自己紹介をすると、頭を下げてから着席する。
次に続く生徒たちもそれを手本にするように振る舞い、やがてメリーの番が来る。
メリーは前の生徒立ちと同じように立ち上がってから、深々と一礼をし、自己紹介を始める。
「帝都出身のメリーです。教会のシスターに憧れています。以上です」
魔法使いを養成する学校なのに出たまさかのシスターに憧れているという言葉に教室が少しざわつく。しかし、それもすぐに収まり、次の生徒の自己紹介が始まる。
それからしばらくして、いよいよ私の番がやってくる。
「アリゼ領出身のターシャ・アリゼラッテです。えっと、よろしくお願いします」
私が自己紹介を済ませて、一礼をすると主にローラが座ってるあたりから笑い声が聞こえてくる。どうせまた、田舎者がどうとか言って笑っているのだろう。
こうして、ローラたちは再び注意を受けて、教室は再び静まり返る。本当にこのクラスは大丈夫なのだろうか?
教室が静かになったのを確認すると、続いてメニーが立ち上がり、一礼する。
「メロ州から来たメニー・メロエッテです。友達をたくさん作ることが目標です。よろしくお願いします」
メニーの自己紹介は良くも悪くも無難なものだ。これに関してはなにかが起こるということもなく、次の生徒にバトンが渡される。
そのあとは、何人かの生徒を挟んでからローラの取り巻きの自己紹介があり、一番最後にローラの自己紹介が始まる。
彼女はこれまでの生徒たちとは頭を下げることなく、自己紹介を始める。
「ローラ・グローリエ。いずれはこの学園すらも治めるつもりですわ。どうぞよろしく」
まさかの自己紹介に取り巻き以外は呆然とする。そんな中で、彼女の取り巻きは暑い拍手と声援を送っているのだが、この集団はいろいろな意味で大丈夫だろうか?
夢が大きいことはいいことかもしれないが、彼女のそれはあまりにも壮大で非現実的だ。
お嬢様感全開ではあるが、子供ゆえに身の丈というものをちゃんと理解しきっていないのかもしれない。
そんな自己紹介をダグラスは軽く笑顔で流しているが、一部の生徒……特にサントルあたりは怪訝そうな表情を浮かべている。
「まっまぁそれぞれの自己紹介が終わったところでさっそく授業に入ろう。まずは教科書の配布から……」
そこからは教科書がそれぞれの机の上に置かれ、語学の授業が始まる。
内容としてはハッキリと言ってつまらないものだったが、これも必要な勉強だと割りきって授業を受ける。
前半の自己紹介もあり、今回の授業の内容は少な目に終わったが、次からもこういった調子で続くとなると、少しきついななどと思ってしまう。別に語学を学ぶのが嫌だとかそういうわけではない。ただ単にダグラスの授業の進め方が単調でつまらないのだ。
なら、どのような授業なら面白いのかと聞かれると難しいところだが、次の授業が楽しいものだったらいいなと願っておく。
「やっと終わりましたね」
メニーも似たような感想を抱いているのか、私の方を向いてそんなことを言い出す。
「……うん。終わったね」
「……楽しい授業でしたね。ターシャ様、メニー様」
サントルが私たちの会話に授業が楽しかったなどといいながら割り込んでくる。
それはないと否定したいところだが、なぜかそれはしない方がいい気がして、私たちは押し黙る。
彼女がどういう思考からあの授業が楽しいという結論に至ったのか知らないが、サントルとしては楽しいと思える点がきっとあったのだろう。
「ターシャ様は授業がつまらなかったのですか?」
「……うーん。正直なところ、単調すぎて……」
しかし、サントルが授業がつまらなかったのかと尋ねてくるので、私は素直な心情を伝える。
「そうですか。ターシャ様の楽しい授業の基準はわかりませんが、次の魔法基礎は魔道学校らしい授業になりそうですし、楽しいのではないでしょうか?」
「……魔法基礎ね。確かに面白そうだけど……」
魔法の授業ならまさしく、異世界らしい授業だと言えるだろう。
しかしながら、どれだけ興味があってもダグラスの授業のように淡々とやられてはつまらなくなってしまう気がする。
「……ターシャ様は勉強することがつまらないのですか?」
「そういう訳じゃないんだけど……というか、様とかつけなくてもいいよ。むしろ、呼び捨てされた方がいいかも」
「いえいえ、そんなわけにはいきません」
勉強をしたくないわけではないと言いつつ、様呼びをやめるようにと促してみるが、彼女が受け入れる様子はない。
「とりあえず、次の授業がありますので、私はこれで失礼します」
あくまでも、笑顔を保ったままそう告げると、サントルはそのまま立ち去っていく。
「……なんだか」
「……変わった子ですね」
「うん」
二人してその背中を見送ったあと、私たちは揃って次の授業の用意を始める。
もっとも、用意すると言っても準備するのは事前に買っておいたノートだけで、教科書は語学の授業と同様に先生自らが配ることになっている。
準備が完了すれば、あとは授業開始を待つばかりなのだが、自分の方をじっと見つめる視線に気がついてしまう。
おそらく、その視線の主……ローラは休み中ずっとこちらを見ていた可能性すらあるのだが、私たちは目の前のサントルに気をとられて気づいていなかった。
そんなに熱視線を向けられたところで、対応に困るのだが、こういうときはどのように振る舞うのが正解なのだろうか?
こちらも睨み付けるべきか、はたまた気づいていないふりをしているか……
「……はぁめんどくさい……」
ため息混じりにつぶやく。
彼女が突っかかってくる理由は何となくわかる。しかし、わかったところでどうしようもないし、相手がいくらこちらにちょっかいをかけたところで無駄だとさとるまではこの状態が続く可能性がある。
あまりにもこれが続くようだったら、魔法で大人しくさせてしまおうか。
そんな考えが頭の中をよぎるが、頭を降って懸命にかき消す。
それをしてしまえば、自分の中で歯止めが聞かなくなってしまうかもしれないし、何よりも魔法をかけられるかもと恐れられて周囲から人がいなくかなってしまうかもしれない。それはどうしても避けたい事態だ。
あれでもない、これでもないと考え込んでいるうちに休憩時感の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
それを合図にして、私は無理矢理頭を切り替えて、次の授業へと意識を向けることにした。




