5.ターシャ様日記Ⅲ
洗脳の魔法が使えるようになってから約一ヶ月。
ルナに求められるような形で毎日、魔法を使っているが、今のところは魔力が切れたりといった症状は出ていない。むしろ、前よりも元気になっている気さえある。
そもそも、魔法で命令する内容がお菓子が欲しいや少し外に出たいとか、そんな可愛い内容だから疲れるもなにもないのかもしれない。
「ターシャ様。今日も魔法の練習ですよ」
ルナもルナだ。可愛い命令しかされないからと言って安心しきっているのか、今日も魔法を使ってくれとせがんでくる。
ここはひとつ、恥ずかしい命令を出して、その事についてじっくりと語るぐらいのことをした方がいいかもしれない。
「ねぇメイドさんメイドさんは日記を書いてる?」
「日記ですか? 書いてますよ」
「じゃあさ、ルナ。日記を見せて」
恥ずかしい思いをさせると言っても、服を脱がしたりとか、そういった辱しめは気が引けるので、日記を持ってこさせて、洗脳を解いた上で音読してみよう。そうすれば、少しは魔法の練習の頻度が減るかもしれない。
そんなことを考えている間に虚ろな目をしたルナが自室から日記を持ってくる。
私はそれを受けとると、その場でじっとしているようにと命令し、「ターシャ様日記Ⅲ」と題名がつけられた日記の適当なページを開いた。
*
◯月◯◯日
我が主、ターシャ・アリゼラッテ様はとてもかわいいお子さまだ。
どのくらいかわいいかというと、この世のありとあらゆるものがごみくずに見えるほどにはかわいい。
濃い緑色の髪の毛も白い肌もオッドアイの目も、いつもの無邪気な笑みも、時々みせる困ったような顔も、泣き顔も、見回りの名目で夜中にこっそり寝室に侵入して覗く寝顔も、食事をとる姿も……ターシャ様の何もかもが好きだ。
そんなターシャ様が最近、洗脳の魔法を使えるようになった。
今のところはお菓子が欲しいだとか、外出したいなどのかわいいお願いが中心だが、それもいずれ変化していくだろう。
その変化がどのようなモノかはわからない。
ただ、これだけはハッキリと言っておこう。
諸君、私はターシャ様が好きだ。
諸君、私はターシャ様が好きだ。
諸君、私はターシャ様が大好きだ。
居室で、寝室で、個室で、庭で、トイレで、お風呂で、ありとあらゆる場所で行われるターシャ様の行動が大好きだ。
あぁもう愛くるしくてたまらない。
それと、同時に今度はどんな命令をされるのかと考えると、興奮する。ものすごく興奮する。
いや、実は覚えていないのをいいことにエロい命令をされているのでは? 洗脳されて意識のない私にターシャ様があんなことやそんなことをすでにしていて、照れ隠しでお菓子を頼んだと言っているのでは? 年の割に聡明なターシャ様のことだ。きっとそうに違いない。
意識のない間、私がどのような目に遭わされているのかわからないが、それはそれでいい! すごくいい!
そのうち、ターシャ様は意識のない私では満足ができず、裸で拘束された状態で洗脳が解かれたりするのではないだろうか! あぁターシャ様の成長が楽しみだ!
*
私は日記をそっと閉じる。
”ターシャ様日記“という題名はまだいいとして、中身がひどすぎる。いや、ルナは真面目な使用人だ。ほかのどのメイドよりも仕事をきっちりとやってくれている。きっと、これは何かの間違いだ。なんというか、深夜テンション的な何かで訳のわからないことを書いてしまったのだろう。
自分に対して、必死にそう言い聞かせ、私は別のページを開く。
*
◯月◯△日
今日もターシャ様はかわいい。この地上に存在するありとあらゆるものよりも遥かにかわいい。
昔から幼い女の子は好きだが、ターシャ様はこれまで見た中で一番だ。
この前、ターシャ様と添い寝をしたが、何度も襲いそうになり、自制するのが大変だった。
*
私は再び日記を閉じる。と、同時に彼女に添い寝を……もっと言えば、夜の見回りを頼むのはやめた方がいいかもしれない。貞操の危機とはこういうことを言うのだろう。
い、いや、これもきっと間違いだ。ルナに限って私の寝込みを襲うなどということがあるわけがない……ないはずた……きっとない。
私はそんな願いを込めて次のページを開く。
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◯月△◯日
ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様ターシャ様
*
私は穏やかな笑みを浮かべながら、日記をそっと閉じて、暖炉の前に立つ。
そして……
日記をお部屋の暖炉にシュート!
超エキサイティング!
とあるCMを頭に思い浮かべながら、私はルナの日記を思いきり暖炉に叩きつけた。
「ルナ! 暖炉に火をつけて! 早く!」
今は春も終わり、季節は夏に向かっているようだか、そんなものは関係ない。とにかく、今は目の前にある暖炉に火をつけるのが最優先だ。こんなものは記憶から消し去ると同時に存在そのものをなかったことにした方がいい。
虚ろな目をしたルナは一旦部屋を出ると、小さな札を持って戻ってくる。
彼女がその札を軽くさすってから暖炉の中に投げ入れると、みるみる札が燃え出し、すぐに大きな炎になる。
よかった。これでひとつの邪悪が消え去った。と、安心したのもつかの間。ターシャはあることに気がつく。
あの日記の題名は「ターシャ様日記Ⅲ」だ。ⅢということはⅠとⅡがあるのではないだろうか?
「ターシャ様。暖炉に火をつけて何をしているのですか?」
暖炉に火をつけるという動作を終えたことによって、意識を取り戻したルナに私は大声で命じる。
「ルナ! ターシャ様日記ⅠとⅡを暖炉に投げ入れろ! いますぐ!」
この体になってから初めて使った強い命令口調での指示は問題なく進行し、諸悪の根元であるターシャ様日記はきれいに灰になった。
とりあえず、今後は他人の日記を見るなどという悪趣味なことはやめると同時に、ルナとの接し方を少し考えた方がいいかもしれない。
なお、数日後、夜な夜な「日記がない。日記がない」と呟きながら徘徊するメイドが屋敷の七不思議のひとつに数えられるようになったのはまた別の話。