40.ターシャは元の世界の夢を見る
新入生たちの夕食会のあと、私とメニーは自室に戻って、ベッドの上で寝転がっていた。
「……ターちゃん」
「何? メロンちゃん」
「……ごめんなさい。私、ターちゃんが馬鹿にされていると思ったら悔しくて……思わず熱くなってしまいました……」
「大丈夫。気にしてないから」
どうやら、夕食会の間に完全に冷静になったらしいメニーは、夕食会での行動について謝意を述べる。
落ち込んで、目を伏せるメニーの頭に私はポンと手を置く。
「それに、私は嬉しかったよ。メロンちゃんが私のために怒ってくれて、私のために心配してくれて……本当にありがとう。でも、次からは方法を一緒に考えましょうか」
「……そうですね。ありがとうございます」
私の言葉でメニーは少し元気を取り戻したようだ。単純といえば単純だが、私と違って彼女は純粋な子供なのだから、そんなものなのだろう。
そこからしばらくは、私たちの間から会話がなくなる。
いっそのこと、信頼してもらっているお礼という意味も込めて、自らの身の上話でもしてみようか。
普通に考えれば、到底信じてもらえるような話ではなく、彼女からすれば質の悪い冗談にしか聞こえないかもしれない。今まで同じ年の普通の女の子だと思っていたら、その中身が高校生の男だったなんて、知らなければよかったと思うかもしれない。
だが、彼女が信頼してくれている以上はこちらも彼女のことを信頼して、ターシャ・アリゼラッテの……いや、有栖川陸人の身の上話をしてみよう。
「……ねぇ。メロンちゃん」
彼女に嫌われるかもしれない。彼女が離れてしまうかもしれない。
自らの中に生まれる恐怖と戦いながら、私は必死に口を開く。
「……むにゃ……ターちゃん……それは、それはさすがにダメですよぉ……そんなところ触っちゃだめですよー」
しかし、返ってきた答えはメニーの寝息と、どんな夢を見ているんだと聞き出したくなるような寝言であった。どうやら、私が黙って考えをまとめている間に眠ってしまったらしい。
「……寝ちゃったか……おやすみ。メロンちゃん」
私はそういって、メニーの頭をなでる。
すると、彼女は笑顔を浮かべて、少しだけ体を動かす。
起こしてしまっただろうか?
私は少し不安になるが、すぐに彼女は動きを止めて寝息を立てる。
「……私も寝ましょうか」
時間もそろそろいい具合だ。私は大きなあくびをしてから、そのまま目を閉じる。
そうして、私の意識は深く沈んでいった。
*
ピピピピピピッ。
規則正しい目覚ましの音が部屋に響く。
その音を頼りに手探りで目覚まし時計を探し、俺は……有栖川陸人は時計上部に設置されたボタンを押してその音を止める。
「……お兄ちゃん! まだ寝てるの!」
妹の有栖川胡桃が部屋の扉を勢い良く開けて飛び込んできたのはその直後だ。
「あと三年間……」
「そんなに寝ていたらミイラになるでしょ! 早く起きて!」
そういいながら、胡桃が毛布を引っ張る。
「おい! やめろ! お兄ちゃんを起こすんじゃない!」
「起こすよ! 朝食出来ているよ! ほら、雪が降っていて電車も遅れてるし、学校に遅刻しちゃうよ!」
「雪で電車が遅れてる? 結構だね。それを口実に俺は合法的に遅刻を……」
「バカなこと言ってないで起きてよ!」
俺は抵抗を試みるも、妹はそのまま布団を引っぺがしてしまう。
「全く……」
こうなっては起きるしかない。
なんだか、不思議な夢を見て眠れたような気がしないのでもう少し睡眠時間が欲しいところだったが、こればかりは仕方ないだろう。
「どうしたのお兄ちゃん? なんだか、いつもよりも眠そうな気が……」
「なんか変な夢を見て寝た気がしないんだよ」
妹の疑問に俺は素直に返答する。
「変な夢?」
「そう変な夢」
「どんな夢を見たの?」
俺の返答に対して、妹は興味を持ったのか目をキラキラと輝かしながらベッドの上に上がり、俺のすぐ目の前まで迫ってくる。
前の前にある妹の顔から少し目線を落とすと、緩めの寝間着の隙間から彼女の持つ双丘の一部が視界に入る。
「やめろ。近い! お前も高校生なんだから少しは考えろ」
「何を考えるのよ」
「なんでもいいから。少し離れろ」
妹には一応異性である兄に対して、恥ずかしいだとかそういう感情はないのだろうか? そんなことを考えながら妹を引きはがす。
「それで? どんな夢を見たの?」
俺の説得に応じる形でベッドの横においてある椅子に座った妹は興味津々といった様子で話を聞こうとしている。
「えっとだな……」
「うん」
「俺が異世界で領主の娘として生活する話」
俺が夢の内容を簡潔に話すと、妹の体が小さく震えだす。
「どうした妹よ?」
「あはっはっはっはっはっはっはっはっ! 異世界って! 領主って! 娘って! 何それ厨二病? それに女の子になるとか願望入りすぎでしょ!」
俺としては夢の内容を簡潔に説明しただけのつもりだ。しかし、妹はそれがツボに入ったらしく、大声をあげて笑い転げ始める。
「ちょっと、そんなに笑うことないだろ!」
笑い転げる妹に対して抗議をするが、彼女が笑い終える気配はない。むしろ、俺の反応でより燃料が投下されてしまったような格好だ。
「とにかく。そういう夢を見たが、俺にはそんな願望はない」
「本当に? 本当にそうなの? じゃあ女の子に飢えすぎて、女の子になる夢でも見たの?」
「それを女の子であるお前が言うか」
そういいながら、妹の頭をたたき、俺は起き上がる。
そこで俺の意識がふっとなくなり、沈んでいった。
*
「……ターちゃん。ターちゃん! 朝ですよ!」
「……あと……あと、五年……」
「そんなに寝たら、貴重な時間を無駄にしてしまいますよ」
「……それはわかっているけれど……」
目覚めたくない。普段であれば、すっきりと目が覚めるのになぜかそんな気がする。
「ターちゃん!」
「わかったよ。わかったから!」
ついにメニーが布団を引っ張り始めたので、私は不満ながらもゆっくりと体を起こす。
「……どうしたんですか? いつもは私よりも早く起きているのに」
「うん。なんだか起きたくなくて……」
「どうしたんですか? 学校行きたくないんですか?」
「そういうわけじゃないけれど……なんだろう、覚めたくない夢を見たというかなんというか……」
言いながら、どんな夢を見たのか思い出そうとするが、思い出せない。
しかし、なんだか懐かしい気がするあたり、前世の夢でも見ていたのかもしれない。
ただ、その内容を覚えていない以上は確信を持つことができないし、そもそも、懐かしい気がしているだけで夢を見ていたのかすら謎だ。
「……覚めたくない夢とはまた、さぞかし楽しい夢だったんですか?」
「……なんだろう。何というか……すごく懐かしい夢を見たような……」
夢の内容を尋ねるメニーに対して、私は今の感情を素直に答える。
すると、メニーは目を丸くして驚いたような表情を浮かべる。
「どうかしたの? メロンちゃん」
そのことに驚いて、私が尋ねるとメニーは勢いよく首を横に振る。
「いえいえ。何でもありませんよ。その……アリゼ領の夢で見ていたんじゃないですか?」
「うーん……そうかもしれないね」
正確にいうと、アリゼ領で生まれるよりももっと前の夢を見ていた可能性があるのだが、そのことに関しては言及しない。
昨晩はメニーに自らの前世での話でもしようかとも考えていたのだが、一晩寝て改めて考えてみると、どう考えても信じてもらえないし、信じてもらえたとしても彼女は対応に困るだろう。
そんな感情から、私は昨晩しようとしていた話を心の奥底へとしまい込む。
「さてと……とりあえず、朝食を食べに行こうか。あと、ちょっと遅れたけれど、おはよう。メロンちゃん」
「はい。おはようございます。ターちゃん」
私はメニーと手をつないでベッドから起き上がり、そのまま食堂へと向かった。




