39.入学式の夜の夕食会
入学式の日の夜は新入生のみで食堂に入り、夕食会が敢行される運びとなった。
これは毎年、新入生同士の交流を目的として行われているらしく、この場には新入生と食堂の関係者のみしか入れない。
ほかの生徒や教師の夕食はどうなるのだろうかと一瞬思ったが、そのあたりに関してはちゃんと考慮されているであろうから、深く考える必要はないだろう。
今注目するべきなのは目の前に並べられている料理だ。
普段、食堂で食べるものとは比べ物にならないぐらい豪華な食事にほかの新入生たちも目を奪われているような状況だ。
「おや、この程度の料理で目を奪われるとは……やはり、田舎の領主の娘は訳が違いますわね」
食事前のあいさつも終わり、さっそく食べようとしたその時、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「えっと……あなたは……」
振り向くと、金髪縦ロールの少女が口元に扇を当てるような恰好で立っていた。
「……まさか、覚えていませんの?」
「残念ながら覚えていないわね」
「このローラ・グローリエのことを忘れましたの?」
「あぁローラさんね。確かにそんな人もいたような……」
確かに会ったような気もするのだが、どこで会ったのか思い出せない。
「この田舎者! わたくしのことを忘れるなど無礼にもほどがありますわ!」
「ちょっと、ターちゃんのことを悪く言わないでくれますか?」
私がその存在を忘れていたことに対して、怒っているローラに対して、続いてメニーが怒り始める。
「何を言っていますの。私は事実を述べたまで……」
「事実でも言っていいことと悪いことがあります。そもそも、あなたがどこの誰だか知りませんけれど……ターちゃん。どこの誰ですか?」
「えっと、確か……帝都の近くの……」
「隣ですわ」
「……隣のリエ領の領主の娘さんだって」
「そうですか」
リエ領というのがどういう立ち位置にある領かしらないが、メニーの反応からして特別何かがある領ではないのかもしれない。それとも、私同様何か特別な領だとしても、メニーがそれを知らないだけなのかもしれないが……
もっとも、この世界において各領の間に優劣があるかどうかなどはわからない。しかし、彼女の態度を見る限り明らかにこちらを下に見ているわけだし、その行動にはそれなりの根拠があるはずだ。その根拠が彼女が口にしている地理的条件である可能性は否定できないのだが……
「まぁまぁメロンちゃん。落ち着いて。私は気にしていないから」
とりあえず、彼女がこちらを見下している理由の考察は置いといて、今必要なのはこれ以上事態を悪化させない努力だ。
このままローラとメニーのけんかがエスカレートするようなことがあれば、今後の学校生活にも影響が出てくる可能性がある。それは何としても阻止しなければならない。
「……ターちゃん。私にとって、ターちゃんを馬鹿にされることは大切な兄弟を馬鹿にされることに等しいことなんですよ。それなのに黙ってなんかいられません!」
「メロンちゃんの気持ちはわかったから。ほら、落ち着こうよ。ねっ?」
このまま放っておいたら、事態はどんどんと悪化していってしまう。
しかし、メニーが引く気配はないし、それは相手も同様だ。
この状況に関してどうしたものかと悩んでいると、どこからともなくメリーが姿を現す。
「……辺境だとか、帝都に近いだとかそんなことは関係ないのではありませんか? 私たちはこの学校においては平等に新入生という扱い。身分や出身地など関係ないはずですよ」
二人の会話内容を遠くから聞いていたのか、メリーは現れると同時にそのようなことを言い出す。
「部外者は黙っていてくださらない?」
仲裁に入るメリーに対して、真っ先に不快感を示したのはローラだ。
彼女はじっとメリーのことをにらみつけるが、メリーがそれに動じないでいると、やがてあきらめたらしく鼻をふんとならして踵を返す。
「今回はこの程度で許してあげますわ。せいぜい楽しむことですわね。田舎者のターシャ・アリゼラッテさん」
結局、最後の最後までターシャに対して、田舎者だと言い切ってローラは立ち去っていく。
「ターちゃん!」
彼女が立ち去ると同時にメニーが大きな声を上げる。
「ちょっと、メロンちゃん。落ち着いて」
「そうですよ。ここで怒っても利益がありません」
ローラの態度が気に入らずに腹が立っているらしいメニーを二人でなだめようとするが、メニーがそれを聞き入れる気配はない。
「だって! だってですよ! ターちゃんを田舎者だって言って、私たちの故郷を田舎だって馬鹿にされたんですよ! どうしてそんなに冷静でいられるんですか!」
「メロンちゃんの言うことはわかるけれど、いったん落ち着こう。変に反応するとさ、ほら……彼女の言うことを認めたことになっちゃうでしょ?」
どうすれば、メニーが落ち着くか。私は慎重に言葉を選びながら、彼女に冷静さを取り戻させていく。
「……しかし」
「メニーさん。人は時に我慢をすることも必要です。彼女の言動が度を越えるようであれば、先生に相談しに来ましょう。その時は、私も付き添いますから」
私とメリーの言葉によって、メニーは徐々に落ち着きを取り戻してくる。
「……わかりました。今日のところは我慢することにします」
私とメリーの説得が項をそうしたのか、メニーが落ち着きを取り戻す。
それにしてもだ。メニーがここまで怒りの感情を表に出すとは思わなかった。
それほどまでにメニーからして、私は大切な存在なのだろう。そう考えると非常にありがたいのだが、何かがあるたびにこれではそれをなだめる私が付かれてしまう。
そう思うと、先ほどのやり取りも少々考えものだろう。
「メロンちゃん。あなたが私のために怒ってくれるのはありがたいんだけど、私のことは私が解決するから、大丈夫だよ」
「しかしですね。私はターちゃんのことが心配で……」
メニーは私のことを相当心配しているのだろう。彼女の表情は子供を心配する母親のようなものだ。
彼女からしたら、私はそれほどまでに心配されるような対象なのだろうか? 昔から、彼女のことは知っているが、そんな風に過剰に心配されるほど彼女に心配をかけた覚えはない。
もっとも、覚えがないだけで彼女からすれば、私の行動が危うかったり、心配をかけるようなことがあったのかもしれないが……
「メロンちゃん。心配してくれるのはありがたいんだけど、それのせいでメロンちゃんがほかの人と仲が悪くなるようなことがあってほしくないの。だからね。私のことはちゃんと私で解決するからさ……ね?」
これからローラに会って、嫌みを言われるたびにこのようなことがあってはたまらない。
今回、メニーをなだめられたのはメリーの力があってこそだし、次にローラにあった時に都合よくメリーが現れるとも限らない。そう考えると、こういった不安の種は先に摘んでおいてしかるべきだ。
「ターちゃんがそういうのならいいですけれど……何かあったら相談してくださいね」
「うん。それは大丈夫。何かあったら、メロンちゃんにもちゃんと相談するから」
「必ずそうしてくださいね。私が一緒に解決策を考えますから」
「うん。ありがとう」
なんとかこの場を納めることができた。その事実に私はそっと胸を撫で下ろす。
「さて、食事にしましょうか」
「えぇ。そう……ですね」
ちょうどそんなタイミングでメリーが話題の転換を図る。
そんな彼女の言動に対して、メニーは少々不満そうにしながらも、ナイフとフォークを手にとって食事をとり始めた。
その様子を見届けた私もまた、ナイフとフォークを手にして目の前の食事に手を付ける。
「それでは、私は自分の席に戻りますね」
私たちが食事をとり始め、事態が解決したと判断したらしいメリーは笑顔を浮かべて立ち去っていく。
「……メリー。ありがとう。あと、ごめんね」
私が彼女の背中に声をかけると、メリーはこちらを振り向くことなく手をひらひらと降りながら返答をする。
「いえいえ。私が勝手にやったことなので……」
その言葉のあと、彼女の姿は思い思いに交流をする新入生たちの人だかりの中に消えていった。




