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36.エミリーを交えた夕食と入学式へのカウントダウン

 自室で待っていたメニーを迎え、私とエミリーとメニーという三人組で食堂に向かった後、エミリーは食堂を取り仕切っているおばあさんに“スペシャルメニューを三人前”とだけ言って、席につく。


 私たちはそれに従って、エミリーが座った四人用の席に腰掛けた。


「……これはこれはターシャさんにメニーさん。エミリー先生ではないですか。なかなか面白い組み合わせですね。ご一緒させていただいてもいいですか?」


 そんなときに現れたのは、昼間職員寮への渡り廊下で会ったメリーであった。


 彼女は通常のメニューと思われるパンとコーンスープ、サラダ、何かしらの魚のソテーが乗った皿が並んであるトレーをもって、笑顔を浮かべている。


「おう。いいぞ」


 生徒との交流が大切だと考えているのだろう。エミリーはほぼ即答で彼女の申し出を受け入れる。


「それでは失礼しますね」


 そう言って、彼女はメニーの横に座る。その瞬間、メニーがなんとも言えないような表情を浮かべていたような気がするのだが、すぐに元の笑顔に戻ってしまったのでその感情までは読み取れない。


「ところで、スペシャルメニューって何が出るんですか?」

「それは出てからのお楽しみだ。さて、そろそろ準備ができた頃かな」


 エミリーがスッと立ち上がって配膳の受け渡し口の方へと向かう。それに従って、私たちも受け渡し口へと向かった。


「スペシャルメニューってどこがスペシャルなんでしょうかね?」

「さぁ? スペシャルって言うぐらいだからちょっと豪華だったりするのかな?」

「そうかもしれませね」


 もっとも、口ではそう言っておきながら頭の中ではいつものメニューにデザートが一品つくぐらいであろうという予想が展開されている。

 スペシャルメニューを食べられる条件というのはよくわからないが、頑張った子供へのご褒美的なものなら、その辺りが妥当だろう。


「ほら、これがスペシャルメニューだ」


 そして、受け渡し口でエミリーが指差した先には予想通りのものが鎮座していた。

 基本的なメニューは先ほど、メリーのトレーに乗っていたものと一緒だが、決定的な違いはそこに添えられているもう一皿だ。


 その皿の上には茶色のスポンジに白いクリームが乗っかっている小さなチョコレートケーキが乗っていて、小さいながらもかなりの存在感を放っている。


「ケーキですか。美味しそうですね」

「そうだろ。頑張った生徒にはちゃんと褒美をやらないとな。このスペシャルメニューは教師しか注文することができない。今日、練習までを頑張り、それを手伝っていたメニーに対する褒美だ。これを受け取って、本番に向けて鋭気を養ってくれ」


 まるで明日辺りに入学式がありそうな言いぐさであるが、実際に入学式が行われるのは明後日である。

 その事を考慮すると、褒美はやったんだから、明日の練習もちゃんとするようにという意図が感じ取れなくもないが、今はその事についてはとりあえず考えないでおく。


「ありがとうございます」


 メニーと二人揃って礼を言って、私たちは配膳用のトレーにそれらを乗せてメリーが待っているであろう席へと戻る。


「あぁ皆様。お待ちしていました」


 席に戻ると、メリーは食事に手をつけずに待っていた。


「すまないな。先に食べていても良かったんだぞ」

「いえ。皆様と一緒に食べたかったですから、こうして待っていたんですよ」

「そうか」


 私たちのことをわざわざ待ってくれていたらしいメリーは私たちが席につくと同時に修道女らしく、神への祈りを述べてからフォークを手に取る。

 それを見届けた私やメニー、エミリーも続けてフォークを手にとって食事を始めた。


「そういえば、メニーとターシャは学校に来る前からの知り合いだったそうじゃないか」

「はい。私が何度かターちゃんの……ターシャさんの家に遊びに行ってまして……それでその……友達になって、学校まで一緒に来ました」

「そうか。仲が良さそうで何よりだ」


 エミリーは柔らかい笑みを浮かべて私たちの姿を見る。

 彼女からしたら、私たちの友情というのはとても微笑ましく写っているのだろう。


「そうですね。私も羨ましいです」


 同じ光景を羨ましいものと捉えていたらしいメリーがそうつぶやく。


「確かに周りからすればそうかもしれないな。だが、この学校の生徒の大半は地方から集められていて、地元で友と別れて来た者も少なくない。だからというのもなんだが、友達作りはまだまだこれからだ。メリーもそうだし、ターシャたちもだ。これからはよく学び、よく遊び、大きく成長をして学舎を旅だってほしい。それが私の方針だ」

「……ありがとうございます」


 エミリーの方針に私は心から賛同する。ここで、友情も大切だが、勉学に励むようにとでも言われていたら、反発こそしないものの、多少なりとも気分が悪くなっていただろう。しかし、エミリーは遊ぶことの大切さを認めた上で学べといっている。これは、ただ単に学べと言われるのとは違う意味を持っていると言ってもいいだろう。


 もちろん、授業はちゃんと受けるし、テスト勉強ぐらいはちゃんとするのだが、学年主任という立場にある人間からその言葉が出てきたというのはある意味で大きなことと言えるだろう。


 学校の方針自体はよくわからないが、少なくともこの学年においては学年主任がそういった方針で動いているということだろう。


 それなら、私たちは安心して彼女の方針に市が立って行動すればいいだろう。


「私は私の方針を話したまでだ。礼を言われるようなことはない」

「そうですか。わかりました」


 そういって、私は小さく微笑む。


 エミリーが話した通りの方針を当たり前だと思っている間は私たちの学校生活は安泰だろう。

 最初こそ、怖い先生ではないかと不安になっていたが、そんな心配は不要だったようだ。


 そのあとは四人で談笑していたのだが、気がつけば食堂の閉鎖の時間が近づいて来る。


「今日は君たちと話せて楽しかった。また、会食をしようじゃないか」


 エミリーはそう言い残すと、トレーを持って去っていく。


「……なんというか」

「楽しい人でしたね」

「はい」


 三人でそんな会話を交わしたあと、私たちはそれぞれ返却口へとトレーを持って行き、別れのあいさつをして、それぞれの部屋へと向かう。


「ねぇメロンちゃん」


 自室へと向かう廊下を歩く最中、私はメニーに声をかける。


「どうしたの? ターちゃん」

「あの……言いにくかったら言わなくてもいいんだけど……メリーさんと何かあったの?」


 私が尋ねると、メニーは足を止める。


「何かあったのね?」


 メニーは答えない。

 何かあったとすれば、昨晩だ。私が寝ている間にメニーとメリーがどこかで会い、そこで何かがあったのだろう。

 私は自分の中でそう結論付ける。


「……あの……その、何もないですよ。私は大丈夫ですから」


 しかし、彼女は曖昧な笑みを浮かべてそう言うのみである。


「大丈夫? そうじゃないよね」

「どういうことですか?」

「無理には聞き出さないけれど、何かあった? それとも、本当に何もなかったの?」


 私が立ち止まれば、メニーもそれに従って立ち止まる。

 彼女はしばらくの間、押し黙ってからゆっくりと口を開く。


「……例えばですよ。二度と会えないって思っていた愛しい人ともしかしたら会えるかもって、会ったばかりの人に言われたらどう思いますか? つまりはそういうことです」


 メニーはそれだけを言い残して、走り去っていく。


「えっ? どういうこと?」


 廊下に取り残される形となった私は、状況が飲み込みきれずに呆然とその背中を見送る。


「……よくわからないけれど、とりあえず話は聞けて、何かはあったってことでいいのかな?」


 自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと、私は自室へ向けて歩き始めた。

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