34.道具の購入と入学式へのカウントダウン
共有のエリアにある売店。
数々の道具や食品、娯楽品が並ぶそこはまさしく何でも屋といった様相を呈している。
そんな店の一角に作られている無料学習道具コーナーを私は訪れていた。
「……なるほど。お金を出すといい道具が買えるけれど、無料だと本当に最低限の物しかないと……」
「どうやら、そうみたいですね」
きらびやかというと語弊があるかもしれないが、いろいろと便利な機能がついた有料の文具に比べて、無料の文具は明らかに劣っていると言えるだろう。
詳しくはわからないが、説明書きを見る限りでは、無料の文具ばかりで揃えているとかなり不便そうである。
その事を知らなかった私としては、なぜ、こういった文具を買うためのお金すら持たせてもらえなかったのかと思うのだが、そこにはアリゼラッテ家の……もっと言えば、この世界における父親の考えがあるのかもしれない。あったとしても、こんな状況ははた迷惑でしかないのだが……
「それにしても、困りましたね。確かにお金はなくても、最低限の文具はもらえますし、食事も出ますけれど、お菓子や娯楽の道具に一切手が出せないとなると……」
確かに長い学校生活において、娯楽の道具というのはいずれ必要になってくるだろう。それは、自分のストレス解消だったり、友人との親交を深める場面だったりする。
そういった方向で考えてみると、ストレス解消だとか、周りとの親交だとか、そういったことを一切行わないで勉学に励めと言う意図が見えなくもない。見えなくもないのだが、普通ならそれは逆効果である。
何をするにしても、適度な息抜きは必要であるし、ずっと休憩もなしに勉学に勤しんでいたとしても、必ずいい結果が残るとは限らない。むしろ、適度な休憩を挟みながら勉学に励んでいた人の方が成績がいいこともある。
そう考えると、お小遣いを一切持たせずに遊ぶ機会を奪うと言うアリゼラッテ家のやり方は間違っていると言わざるを得ないだろう。
むしろ、うっかりお小遣いを渡し忘れていたと言われるぐらいの方がスッキリとするが、前日までかなりきっちりと準備していたのでそれはないだろう。
「まぁお金がないのは事実だし、最低限のものだけもらって、あとは考えましょうか……」
領主の娘とは思えないような発言である。事情を知っているメニーならともかく、私の肩書きだけを知っている誰かが聞いたらビックリしそうな発言である。
「なんだ? 小遣いをもらっていないのか?」
現に偶然売店を訪れていたらしいエミリーからそんな言葉が飛び出す。
「はい。そうなんですよ……って、話聞いていたんですか?」
「あぁいや、盗み聞きをするつもりはなかったんだが……ついつい聞いてしまってな……その、もしもお金に困っているなら、学園内でなおかつ新入生でもできるバイトを紹介しないこともないぞ」
「本当ですか? ありがとうございます」
最初に話を聞かれていたとわかったときはどうしたものかと思ったが、結果的にそれはいい方向に転んでくれた。
こんな小さな子供を働かせていいのかとか、仕事の内容はどんなものなのだろうか? など、様々な疑問が浮かんでは消えるが、学校の教師が学園内でできる仕事を紹介すると言っているのだ。たいした問題は起こらないだろう。
「よかったですね。ターちゃん」
「うん」
メニーと言葉を交わすと、私はエミリーの方へと向き直る。
「エミリー先生。お願いします」
「あぁ任せておけ」
そういうと、彼女は菓子が並べられている方へと去っていく。
「さてと。いい話が聞けたところで文具を選びましょうか」
「うん。そうだね」
最低限のものしかないと言っても、種類がないわけではない。機能は似たり寄ったりでも、デザインだったり、操作性といった点で少しばかり違いがあるようだ。
もっとも、種類はわずかであり、デザインの違いも、色違いでいくつかの商品が並んでいるという程度の話である。
そんな中から、私はなるべく便利な機能がついていて、なおかつかわいいデザインのものを選んでいく。
「あぁこれかわいいですね」
そんな私に合わせているのか、メニーも無料の文具のコーナーから文房具を選んでいる。
「メロンちゃんはあっちで選んできたら? わざわざ私に合わせなくても……」
「いいんですよ。私はターちゃんと一緒がいいんです」
無理に合わせなくてもいいという私の進言に対する答えはなんともかわいい、健気なものだ。それだけに、私のせいで彼女まで不便に思うことがあってはならないと思ってしまうのだが、あまりあっちに行けと言い過ぎると、逆に彼女を傷つけてしまうのではないかと思えてくるので、これ以上の進言は控えておいた方がいいかもしれない。
もしかしたら、彼女の中では私と差をつけたくないという感情があるのかもしれない。
それはそれで、なぜそう思うのかと聞いてみたくなるが、これは彼女がそういったのではなく、単なる自分の想像にすぎないので、口に出すことは出来ない。
「そうだ。せっかくですから、買う文具はお揃いにしませんか?」
そして、ある種の予想通りのお誘いが飛んでくる。
「そうだね。まぁ買うって言ってもタダのやつばっかりだけど」
「それでもいいじゃないですか。ちゃんと名前を書けば他の人のものと混ざることはないですし、何よりも同じ道具を持つということが重要だと思いますよ」
そう言ってメニーは笑顔を浮かべる。
「まぁメロンちゃんがそういうならいいけれど……」
私の事情でメニーまで巻き込んでしまっていいのだろうか? そんな思いが頭の中をよぎるが、おそらく、交渉したところで彼女が折れるということはないだろう。
そうなれば、無駄な努力などせずに素直に彼女の好意に従うべきなのだろうが、なにか引っ掛かるものがある。
「ねぇメロンちゃん。本当にそれでいいの? メロンちゃんだって欲しいものがあるんじゃないの?」
無駄だとわかっていても、一応こちらの要望を口に出してみる。
彼女の視線は明らかに有料の文具のところにあるとある道具にチラチラと向けられている。その様子からして、どうしても欲しいものがあるのだろうが、無理にこちらに合わせている感が否めない。
それをするぐらいなら、いっそのこと、私はあっちの方が欲しいから、買ってくる。ぐらい言ってくれた方がこちらも気持ちがいい。
「大丈夫です。私は、ターちゃんと一緒がいいんです」
しかし、メニーからの返ってくるのはある主予想していた答えだ。
その事に対して、少し悲しいと思ってしまう。
欲しいものがあるのに、その感情を殺してまで付き合ってくれなくてもいいのに。
そんな感情が私の中に生まれる。
結局のところ、メニーは私に気を使っているつもりなのだろうが、その気遣いが逆に私を傷つけていると気づけていないようだ。
「うん。わかった。だったら、一緒のを買おうか」
結果的に私はメニーの善意を受けとるという選択肢を選んだ。いくら交渉したところで彼女が諦めてくれるということは無さそうだし、何よりもここでの交渉に時間をかけてしまってはこのあとの台本の読み上げの練習に響いてしまう。それさえなければ、いくらでも交渉して見せるのだが、仮にそうしたとしても彼女を有料の文具のところに行かせることは出来なかったような気もするのだが……
結果的に私とメニーは無料のところから同じ文具を選び、形だけの会計を通して売店を後にする。そのとき、売店の店主とメニーがなにか話をしていたが、あまり大きな声ではなかったのでその内容まで理解することは出来ない。ただし、彼女が笑っていた辺り悪い話ではないのだろう。
私は店主との話を終えたメニーと合流して、自室へと向かった。




